第七章 ある、限りは(2)

 白い竜はもうこの島にはいない。

 ビットの姉さんからそれを教えられたとき、ホーキングは動揺があった。でも、今回は叫んだり、相手に掴みかかりはしなかった。それでも、自分の感情を、強く押さえ込みながら聞き返しているのがわかった。ここまで海を渡り、旅をしてきた。昨日の夜、彼と白い竜の話を聞いた。彼が今日、この朝まで、どんな気持ちを抱えて生きて来たのか。想像するだけで、やりきれない。だが、今日ふたたび、白い竜へ生命をぶつけることで、その世界の出口をみつけられるのではない、そう思っていたかもしれない。けれど、それは空振りに終わった。

 ビットの姉さんはホーキングを見上げて同じ答えを与えた。あの竜はこの島にはもういない。

 そんなバカな、とホーキングは衝撃を受けた後で、じゃあ、どこへ、と迫った。

 彼女は「三日まえ、飛んでいきました」と、海の向こうへ視線を投げた。

 それは、おれたちがさっきまでいた大陸の方だった。

 白い竜は、飛んで、向こうの大陸へ渡ったという。

 自らの翼で飛んでいった。背筋が凍った。竜が死ぬほど嫌いな海を飛んで渡った。

 いや、たしかに、向こうの大陸までの距離なら、そう長く飛べない竜の飛行能力でも渡り切れるかもしてない。けれど、竜は海の上を飛ぶのをひたすら嫌う、竜が海に着水することは確実な死を意味する。

 本能を超越して、飛んだのか。信じたくないことだった。ただ、たったいま、この朝、海の上で竜に襲われる例外を体験したばかりだった。彼女の話は、信じることができるだけの強度があった。

 ビットがひどく申し訳なさそうに「姉さんはうそをつきません」と、いった。ホーキングは一瞬だけ、完結できなさそうな表情をしたけど「ああ、わかったよ」と、うなずいた。

 その話は、いったいそこまでだった。でも、別の問題もあった。いきなり襲ってきた二匹の竜のことだった。

 おれたちは上陸まえに、いきなり襲われた。竜が人を襲うことはあるが、それは人が竜を攻撃したときで、おれたちには、まだ心当たりがなかった。

 直接的ではないけど、間接的にそのあたりの情報をビットの姉さんに訊ねたのはヘルプセルフだった。憔悴している彼女の負担にならないように、でも、みんなの生命にかかわる情報なので、きいておかなければいけないということを。「島にはあと何匹の竜がいる」そういう聞き方だった。

 二匹だけ、と彼女は答えた。二匹しかいない。ビットが事前におれたちに教えてくれた数と同じだった。

 ヘルプセルフは「二匹とも仕留めた」と、彼女に伝えた。

 彼女は疲れ切った表情で、じっと、ヘルプセルフを見ていたが、やがて、なら、もうこの島にはいない、といった。

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