第六章 夜明けに落ちる(3)
彼女は浜辺にいた。
崖の上で杭を設置していたあの女性だった。
たぶん、おれとそう歳は変わらない。きれいな人だった。
「姉さん!」
ビットは叫んで浜辺を駆けだした。彼女の方もビットへ迫ったが、足取りがおぼつかない。それでも懸命に近づこうとする。やがてふたりは正面から両手をつかみ合う。抱き合いかけたが彼女の方が、その場にゆっくりと座り込みだした、ビットがささえようとしたが、けっきょくともに、砂の上へ沈んだ。
抱き合うような体力や気力がもう残っていないようにみえた。彼女は憔悴した表情で「ビット………」と、小さくつぶやき、目をつぶってうつむいた。けれど、手が喰い込むほどの強さで、ビットの腕を掴み続けている。
すると、ビットは震える声で「だめだよ………やせすぎだ………」といって、悔しそうな顏をした。
壮絶な体験が彼女にあったんだ。この島は、最悪の状態だったんだ。憶測が働きかけたとき、ホーキングが周囲を警戒しながらビットと彼女の傍へ歩み寄った。
「わるいな、ビット。それからビットの姉ちゃん。みんなをいますぐ休ませてやりてえが、理不尽ってやつで、もしかすると、このあたりのどこかに奴がいるかもしれねえ、白い竜だ。隠れて俺たちを見ているかもしてねえ。せっかくよ、せっかく再会したとこで、ホントにすまねえが、一緒に移動を頼む」
ホーキングは過剰にも思えるほどの警戒していた。けれど、白い竜の恐ろしさを知っている彼がそうなっているなら、それだけの相手なのだろう。もちろん、船で島へ到着するなり他の竜とはいえ、襲撃されたことは、かなり精神心にも体力的にもきいている、それはおれたちも同じだった。
竜が人は襲うこともある。たいていは人が竜を攻撃した場合だ。だけど、あの二匹の竜は、自発的に攻撃してきたようにしか思えない。しかも、生命の危機を賭し、海の上を飛んでまで。
異様な出来事に見舞われている最中だった、この島ではもう何が起こるかわからない。
ホーキングが継続させている強い警戒は、おれだってとうぜん持つべき水準の警戒だ。なのに集中力の働きがあやしい。いつもあるはずの、心の手ごたえが内部にない。竜払いとして機能不全だとわかっているのに立て直せない。自分がものみたいになった気分で、器だけになった気分だった。中身はどこだ、まずいことに探す気力が起きない。
「姉さん、行こう。この人たちはね、ここにいるみんなは信じていい人なんだ、竜払いなんだよ」
ビットが懸命に彼女へそう伝えた。
彼女はうつむいたまま、顏を左右に振った。それから「いないよ」と、いった。
どういう意味で言った。みんなか彼女を見た。
「この島にはもういない」
「姉さん」ビットは戸惑い、手立てがないように彼女のことを呼んだ。
「白い竜はもうこの島にはいない」
言って、彼女が目をあけ、顏をあげた。
「もういなくなった」
ひどく傷んだ前髪の向こうにある、彼女の大きな目には、涙が浮かび、太陽の光りに反射する海から放たれる光りを得る、その目はこの世界のなによりきれいに煌いてみえて、目が離せなくなった。唇が割れ、素肌も傷つき、汚れにまみれ、着ているもの戦場を駆け抜けた後のように朽ちかけている。
いまこう思うことに罪悪を感じながら、それでも思ってしまう。
彼女の目は、きれいだ。
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