第四章 竜を殺す竜

第四章 竜を殺す竜(1)

 フリントが仲間になった。

 そして彼はビットへ言った。

「白い竜をきみの島へ渡らせたのはわたしの部下たちだ。わたしには奴を始末する義務がある」

 これまでの緩い口調ではなく、神妙なもので告げ、その印象の反転は、そばで聞いていて、ひどく利いた。

 とはいえ、いきなり仲間になると言われても、彼は海賊だし、この船長で、さすがにいますぐ信用しろと言われても難しいところである。正直、いきなり異物を飲み込めと言われている気分だった。でも、ホーキングがそれから放った「こいつはだいじょうさ」という発言を信じることにした。ホーキングは数日前からフリントと話し合い、あの爆弾騒ぎの計画を立てていたという。そのやり取りのなかで、彼になにかしらの確信を得ている様子だった。 

 それから、すぐにみんな、それぞれ船の持ち場が与えられた。なにしろ、船を動かしてた海賊たちをすべて降ろしてしまった。航路の残り一日ぶんは、とりあえず自分たちで船を動かすしかない。とたん、リスは不満を言った。「あとさき考えて生きないから人に迷惑かけるだよ、あんたらはそうやって他人の人生を喰い尽くす」

 しかし、言いたいことを言ったらすっきりしたのか、その後、リスは割り当てられた持ち場に従事した。

 あたりまえな話、船での仕事は未経験な者たちばかりだった。されたのは口頭で、かんたんな説明で、いわゆる訓練なしの実戦投入で、おれたちは何をするにもわかりやすく慌てふためき、多くのしくじりもした。「で、この道具は何に使う?」から「おい、ひっぱったら壊れたぞ」とか。おおよそ、つかえない新人が口にするだろう発言を大量生産しつづけた。最後の方は「しょぼい船だ」誰かがただ悪口も放っていた。

 それでもなんとかなり、翌日の昼には目的地の港へつくことができた。心配になった、こんなところで奇跡を消費してしまったいいんだろうか。

 着いたのは古代派美術の都、と呼ばれる有名な町の港だった。むかしから、古代派美術と呼ばれる種類の芸術が盛り上がっている町らしい。

 じゃあ、その古代派美術とはなにかというと、正直よくわからない。まったくもって知識不在だった。ただ、やはり甘噛み程度の知識しかないというリスのよわい記憶だけの解説と、町のあちこちにある町の成り立ちの説明看板によれば、はじまりはこの町で成功を収めたひとりの貿易商の男が、きわめて個人的な趣味で、事業の儲けを投じ、かつて世界から失われた芸術や建物を町に再現しはじめたことがきっかけだという。そして、いつの間にか、その趣味は、なにをきっかけは不明だけど、町の全体の流行になり、成功者の嗜み的になっていった。そして、それら成功者たちを客にする芸術家や、自称芸術家など、とにかく、各地の大陸から仕事の機会を得るため、大勢がやってきたらしい。ただし、失われたかつての芸術の再現と言っても、当初こそは残っていた資料や、発見されたもののなかから、むかしの芸術品や、建物を正確に復元しようとしていた。けど、町が大きくなるにつれ、狂っていったらしい。まず、そもそも正確に再現するのはお金がかかりため、多くの人が再現に手を抜きはじめた。やがて正確な情報を元にせず、ただの想像や印象だけで美術品や建物をつくる者たちも現れ、そこが崩れ始めると数はいっきに増え、混ざり合い、そして、いま現在では収集がつかなくなり、でも、まあそれはそれでいいじゃないかと寛容さといい加減が蔓延り、いまに至っている。

 それに町にはいまでも貿易によって潤っているため、町全体への芸術の増築は常に重ねられ続けている。絶えず変化し、増殖するこの町は、行楽地としても人気まで出ている。

 そのため、港には多くの船が繋げられていた。客船、商船、海軍の駐屯地もある。

 あまりに船が多いため、一隻ぐらい海賊船が港にあったところで、誰も気にしないとフリントは語っていた。そんなこともないだろうがリスに「どーせ捕まるのはあいつだけだよ、ほっとこ、あたしらにゃ、完璧にばっくれれるだけの優れた技術がある」と、リスに言われ、放っておくことにした。

 いずれにしても、当初に乗り込んだ客船も、目的地はここ、古代派芸術の都だった。日数は、予定よりも数日食ってしまったが、なんとかたどり着けた。

 船を降りる準備をしながらリスが指摘した。

「ねえ、つか、この子の島って」ビットを指差しながら言う。「この大陸のちょうどはんたい側の海にあんでしょ? だったら、この船で大陸沿いに海いけばいいじゃないの? 如何わしくても船は船だし」

 たしかに。じつは、はじめに乗っていた船もこの都までしか航路がなく、それで、しかたなく、この港からは、あとは陸路で大陸の真反対側まで行くしかないと思っていた。

 けれど、いまは自分たちで好きに使える船があるともいえる。彼女の言う通り、このまま大陸沿いを船で行けばいい気もした。

「そいつは無理だ」

 ホーキングが布に包んだ鯨銛を担ぎながらいった。

「こっからさき、大陸沿いは悪名高い荒海だ。どんな手練れぞろいの船員がいる船だって、けっこう沈んじまう。昨日、俺たちが進んだ優しい海はここでおしまいなのさ」

「………ああ、そういうこと」

 ふと、リスが何かに気づいたらしい。

「そっか、だからか地図で見たとき、この大陸の反対側はほとんど町がなかったのは」

 合点が得たのは「なるほどなるほど」と、ひとりうなずき、鞄を背負った。

 つまり、船が安全に航行できる海域にある港は、この古代派芸術の都、というのが唯一で、だから、一点集中で、この港が栄えたのか。そういえば、この港の位置は、近隣の大陸とのやり取りもよさそうな位置にあるように見えた。

 素人考えで想像しつつ、おれは生涯はじめての海賊船を降りた。

 ひさしぶりに地面に立つ。

 生まれ育った大陸以外に立つのは、一度、学校で行った学習旅行依頼はじめてだった。そのときは、すぐ隣の大陸だった。

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