第三章 はじめての海賊(12)

 誰がやったのかは知らなかったが、その誰かの再計算によれば、目的地までは乗っている海賊の船で、一週間かかると示された。そして、その一週間、ヘルプセルフとの剣の稽古が続くことになる。

 もちろん、たった一週間の稽古で、どれだけのものを収められるかという話は充分にあり、しかし、稽古ぐらいしかやることがなく、かくじつに勉強にはなかった。

 そういえば、昨日、リスはヘルプセルフへ「ところで、竜ってどうやって殺すの?」と、問いかけていた。すると、彼は「蟹を食べる時の方法に似てる」と言い出した。

 どうしよう、なにもわからない。この後の補足で、ありがたかったり、かっこいい比喩になっていく気もしない。希代の困った答えが返って来た。という表情で、リスも横で聞いていたおれも見返してると、ヘルプセルフは「堅い皮膚ではなく、間接を狙って切るんだ、そこなら刃が入る」そう続けた。

 反応が芳しくなかった蟹についての発言は、静かになかったことにしていた。

「誰にでも考えつきそうなことだ」

 リスが堂々と失礼な返しをしていた。

 堅い皮膚ではなく、刃の入る身体の節目を狙う。けれど、それはべつに竜を払う場合でも基本的な方法だった。とにかく、竜に攻撃を与える。そして傷の程度によるけど、手負いの竜は、おそらく回復のために人のいない場所へ逃げてゆく。それで竜払いは終わりだ。

 ヘルプセルフは竜を払うではなく、竜を殺すことを生業としている。竜を殺すものを竜払いは嫌う。いや、竜払いに限らず、人はなぜか竜を殺すことに嫌悪感を覚える傾向があった。感覚的なもので、なんとなく嫌で、やってはいけないと思ってしまう。いや、なんというか、さだまらない頭で表現すると、そう、竜を殺そうとすることは、まるで人を殺すことへの嫌悪感にも似ているのかもしてない。

 リスは「いや、殺さないってのは、もし竜をぜぇーんぶ殺したら、竜を払うあんたたちの仕事なくなるから嫌ってのも入ってない?」そう指摘していた。

 それはそうだった。竜をすべて殺すという発想は寓話的だけど、たしかに竜は殺せば減るし、減れば竜払いの仕事はなくなる。だからといって、不幸にして目の前で竜に人が殺されているのを何度も見た竜払いすべてが、自分たちの生活のためにその竜を生かし続けてやろうと思ってはいないだろうし、竜を殺してしまいたいときもある。

 けれど、やはり、どうしても抑止がかかる。竜を殺すことには抵抗がある。

 それでも竜を殺せる者たちがいる。もしかすると、それは、竜を殺す、ではなく、竜を殺せる者たちなんじゃないか。

 そんな表現も聞いたこともあった。竜を殺すとこに、先天的か、好転駅か嫌悪感を覚えない者たちがいる。

 なんだん、行き止まりに向かっている気持ちになって、空を見た。

 青い。

 この世界は竜たちの存在によって保たれている部分が絶対的にある。いっぽうで、竜によって、この世界には封じられている部分もいつも感じてる。塞がれていて、ひらくこと許されない気がしている。

 なぜ、この世界に竜がいるのかは、本当の理由を知っている者はいないらしい。いや、まだ、わかっていないというべきか。ただ、竜は、むかし、にんげん自身がつくったという話だけは伝わっている。どうして竜をつくったのか、きくと、だいたいみんな似たようは想像をしてる。つまり、竜はこの世界の制御装置なんじゃないか、そのあたりを。なにしろ、竜がいるからにんげん同士では大きな戦争ができない。大きな戦争をすれば竜の怒りを買うことを避けられない。

 竜が減ると、にんげん同士の問題が増えるのは目にみえている。竜は、どんな立場のにんげんへ対しても平等の脅威だった。

 その竜を殺す。ヘルプセルフはそれをやってきた。それで名を馳せて来た。実際はわからないけど、もしかすると、彼も竜を殺すことに、理窟のない嫌悪感を覚えない者なのかもしれない。

 正直なところ、この竜は殺せると思ったことは何度かあった。竜を手負いにして、命をとれそうな場面もあったけど必ず逃がした。きっと竜を殺す方法よりも、竜を殺したくない、その無意識の抑止を振り払えるかどうかに掛かっている気もする。

 ただ、これから向かい合う白い竜はひどく残忍だと教えられた。残忍な竜なんて出会ったことがない。

 手持ちの経験では想像するのも困難だった。

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