第三章 はじめての海賊(10)

 翌日、まえの船と合せて船の旅も三日目。朝からずっと考えていた。

 あの牢屋に入っていた船長と言っていた男の存在を、みんなのまえで思い出したふりをして問いかけようか。

 いや、心配はしてはない、昨日目にしたときには充分に元気そうだったし。自分で自分を励ませそうな難のありそうな陽気さもあった。だいじょうぶだろ。けど、人としてのどうかという部分が働き、気にはしていた。いっぽう、誰も言い出さないし、一晩寝かせてみるのもありなんじゃないかという言い訳に屈して、翌日まで持ち越した。

 そして、その問題はきっともう熟成している頃だった。ここまま放っておけば、ただ朽ちてゆく不安がある。

 甲板の上で朝の海を眺めながら考えていた。みんなわざと話題にしないようにしてたのか、それとも。

「気になっていた」

 背後から声をかけられる、気配は感じ無かった。唖然として振り返ると、ヘルプセルフがいた。

 相手が敵だったら、ぜったいに死んでいた。

「剣を二本背負ってる」

 かんぺきに虚をつかれているおれへそれを訊ねる。その通り、剣を二本背負っている。父さんから受け継いだ剣とせんせいの剣。

「剣を二本使うのか」

 問いかけられる。あたまはついていかなかった、それで「あ、え」とたたらを踏むような音を口から発した後「………おはよう」なぜか挨拶が出た。

「おはよう」ヘルプセルフも挨拶をして返す。

 するんだ、挨拶とか、と思った。

「両手に剣を持って竜と遣り合うのか」

「あ、いや………」

 使っているのは父さんの剣一本で。せんせいの剣はただ常に持ち歩いているだけだった。竜の骨の剣は貴重だし、どこかに置いておいて失くしてはいけないし、預けておける相手もいない。

 いずれは誰か、相応しい人間に引き継がせるべきだとわかっているが、そんなひとのどこで、どう出会って、どう判断すべきか見当もついていなかった。なにより、まだおれ自身が、どんでもなく未熟だった。

「構えてみせてくれ」

 考えて答え遅れたせいで、ヘルプセルフが勝手に話を進めた。後ろに下がる。

 はじめは説明して回避しようかとした。でも、剣を二本使う。自身では、考えもしなかった発想を、少し面白いかとも思ったりもした。やったことない、できない、そんな想像しただけで失敗とするより、ためして失敗する方を選んだ。

 とりあえず、甲板の広がった場所へ移る。背負った剣の柄に手を伸ばす左手で父さんの剣を抜いた。柄を片手で持てば素早く切りつけられる、柄を両手で持てば叩きつぶるように使える、場面によって使いやすい剣ではあった。それから右手でせんせいの剣の柄を掴む。不慣れなせいで、うまく抜けず、少し手間取り、おそらく見る者をひどく不安にさせる挙動になった。

 それでもなんとか鞘から抜いて、両手に持った。せんせいの剣を手入れ以外、武器として抜いたのは、はじめてだった。

「どう構えるんだ」

 わざとか自然なのか、ヘルプセルフはこっちがじつはやったことないと弁護する時間を与えない間合いで問いかけてきた。

 そして、こっちもこっちで少し悪乗りも働いて、なんとなく、それっぽい構えをしてみせた。

 左手を肩よりやや下の位置にして前へ、右手は肩の位置ちょうどで後ろにひく。

「手合わせだ」すると、ヘルプセルフは腰さげていた自身の剣を抜いた。白い抜身が朝陽に反射する。そして、剣を完全に抜き切った後「いいか?」と聞いて来る。

 順番が逆だった。相手の許諾を得てから剣を抜くべきだ。

 人と戦うための剣術は知っている。竜払いなら、誰だって心得があるべきものだった。竜を払う者は、とうぜん、人よりも強くあるべきだ。

 誰が決めたかわからないその教えは、竜払いの基礎教養とされていた。

 けれど、大きな問題がある。対人戦闘の稽古は、せんせいとよくしたが、真剣で遣り合ったことはない。

 しかも、揺れる船の上で、朝陽を浴びながら。やったこともない、二剣を使い。

 全身黒づくめで仮面をかぶり、竜殺しとして名高い相手と。

 だめだった。

 少し高まっている自分がいた。

「征く」

 ヘルプセルフのひと振りで、剣が二本とも弾かれて手から剥がれた。

 反応できなかった。

 そして、両手から剣を失い、がら空きなったみぞおちへ右の掌を打ち込まれる。身体は勝手にその場へ膝をついていた。苦しいと感じはじめたのは、その後だった。呼吸ができない。

 とはいえ、幸い、仕事がらこの苦しみは体験済みだった。なんとか、錯乱状態にはならず、苦しいながらも、使える意識は保てた。なにしろ、もっと、ひどいめに合ったことがある。 

「いいところがない」

 ヘルプセルフは剣を握ったままそういった。

「正解を探そう。もう一度相手を頼む」

 なぜか、まるで自分の修行不足のようにそういった。

 そして、おれはそれに従っていた。打たれた腹は痛いし、呼吸もまだまだ満足にできない。なのに、考えるより先に剣を拾いにいっていた。剣が海に落ちなくてよかったと思いながら拾って、また、なにひとつ完成されてない両手に剣の構えをつくった。

「征く」

 そして、やはり剣は吹き飛ばされ、遠慮なくみずおちを打たれた。

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