第一章 竜払い

第一章 竜払い(1)

 岩だらけの平原に風が吹いていた。この島では、一年中、ほとんどさびしい風しか吹かない。

 けれど春はあった。短いけど春はある。いまだ。

 いま、この時期だけは、風に、豊かな心があるように感じた。さびしくない風が吹く。いつもは気にとめず、足早に過ぎる岩だらけの平原に、大事な春の風が吹き、弱そうな雑草を揺らす。そして、その平原を見渡せる場所に立って眺める。春の風は、いつまでも見ていられた。

 上空には竜が飛んでいた。

 あまり大きくない、黒い身体をしている。落ち着きはあった、猛りはない。

 たぶん、飛んでいるあれは、標的の竜じゃない。

 竜は剣で直接倒すしかない。火薬や銃器は使っていけない。竜に対して、専用の剣以外で少しでも傷つければ、大陸中から他の竜を呼ばれる。最悪、群れでやってくる。そうなれば竜の口から吐かれる炎で、大陸は焼き尽くされて終わるかもしれない。

 実際、大陸すべてが焼き尽くされることは、むかしはよく起こったらしい。しかたない、竜に対して、どうしていいかわからない世代がいた。誰も教えてくれるはずもなく、どうしようもなかった。むかしの人たちはまず竜を剣以外で倒そうとした、自分たちの得意な武器で戦った。当時はまだ、剣以上に威力のある武器はいくらでもあったみたいだったし、強力な駆除方法もたくさんあったと聞く。けれど、それをやった大陸の人々は、大陸ごと竜たちに焼かれた。この島からそう遠い島での話だ。

 竜をある材質でつくった剣で倒せば、仲間を呼ばれないと知ったのは、膨大な犠牲の上でのことだ。

 竜の骨からつくった剣で竜を攻撃しても、竜は他の竜を呼ばない。

 竜の骨は高温を与えると、鉄みたいとけて、鉄みたいにかたちを整えられる。不思議なことに、一度、人が加工すると、二度と、同じ高温でもとけなくなる。つくれた剣は島のどんな岩よりも固い。

 剣を背負い直して、深呼吸する。

 春の風をもう一度眺めた。

 この大陸は端から端まで、大人の足で歩いて十日ほどかかる大きさだった。かたちは比較的丸い。どこも岩だらけで、ふたつ前の世代のひとびとが、海藻と砂をからめて土をつくり、じゃがいもを育てることに成功してから、ようやく人の暮らしはすこし安定した。人口も増えた。

 晴れる日は貴重だった。このあたりの島々では、よく世間話で「今日の太陽はきれいね」って、会話をしている。妙な会話だな、と他所の島から来た人の指摘でそれを知った。他の大陸では太陽がずっと出ていて、むしろ、迷惑に思っているところもあるらしい。本では読んだことはある。けれど、どんな世界なのか、うまく想像はできずにいた。

 大陸から出たことはない。出る用事もなかった。

「ヨル」

 せんせいが呼んでいた。

 考え事のせいで反応が遅くなり、見上げると、丁度もう一度「ヨル」と呼んだところだった。

 せんせいは丘の上に立っていた。空を見ている。

 このまえ、せんせいが丁度、じぶんの二倍の年齢だと知った。三十二歳。頬の大きな傷がある。実際には、体中に傷があった。けど、竜と戦う腕はこの大陸では一番だった。剣はいつでも使えるようにしている。

 けれど、まるで竜を倒すような顏をしていない。いかにも小さな子供を教える学校の先生みたいな顔をしていた。本来はそっちの方が似合っていそうだった。

 だから、あだ名で、みんな、せんせい、と呼んでいた。

「はい」

 名前を呼ばれ返事する。せんせいは、空を見ていた。

「離れててください、聞いてた話よりひどい」

「ひどい?」

 その部分を切り取って聞き返す。せんせいは、そんな生徒の粗雑な聞き方にも、不機嫌にはならず「うん」と、空を見ながらうなずいた。

 いったい、どこを見ているのか。竜といえば、つい、さっき空を横切ったのが一匹いただけだった。挙動から、あれは危険な竜ではなさそうだった。それにまずい状態の竜は、口の端から炎がかすかに漏れて揺らめいていたりする。他には目が緑色の目が、赤くなってたり、見た目でわかる。

 飛んでいる竜に、それらの兆候はなかった。

 でも、もしかして、じぶんが何かを見逃しているのかもしれない。

「あそこで飛んでる竜ですか」

「そうです」

 うなずかれ、大丈夫だと思ったじぶんが、とたん恥ずかしくなった。距離があるから、表情に出てしまったぶんは、多少は誤魔化せたとは思う。

「どうしてあの竜が危ないってわかるんですか」

 ただ、知りたいという気持ちが反射的に言わせたその質問で、けっきょく、わかっていなかったことを自らバラしていた。

「私たちの周りを旋回してます」

 かんたんなことだった。そして、教えられて、その視点で観て、ようやく気づいた。たしかに、竜は弧を描いて旋回している。頭上を竜にぐるぐると旋回されるのはm狼の群れに周囲を囲まれるより、生きた心地がしない。狼ならまだ同じ重力の上にいる。こちらからも仕掛けることはできる。けれど、竜は空にいる。こちらの時は支配されているとおなじだった。

「猛っている」

 ひどい、とはその状態のことを示したものだった。猛っていたのか。猛っていないと思っていた。じぶんはわかっていなかった。

「誰かが攻撃したんですか」

「さあね、竜同士でたまにじゃれ合ってああなることもある」理由をさぐっている時間はなさそうだった。せんせいは「竜が旋回してつくっている円の外側まで離れてるんだ」そう指示した。

「じぶんに手伝えることはありますか」

「無理だ、無い」

 いつもなら柔らかい言い方をする。そのせんせいが、短く、厳しい答えで返した。

 もしかしたら、いますぐ怒鳴ってでもこの場から遠ざけたいくらいの気分なのでは。

 余計な想像をして、数秒を浪費した。

「やるんですか」

 そのうえ、さらにわかりきったことを聞いている。はじめての本格的な現場に立ち、あがっている証拠だった。

 振舞いを間違えれば、死ぬかもしれない。

「ああ」

 せんせいは怒鳴らなかった。こっちを見ていないだけだった。

「片方の羽根に傷を負わせて追い払う。それなりの傷を与えれば、怪我を治すためにしばらくこの近くにはこなくなる」

 人や町に近づいて来る竜を払う。

 その仕事を《竜払い》という。

 それがせんせいの仕事だ。人里に近づいた竜を攻撃して、怪我を負わせ、なるべく遠くへ追い払う。

 そして、じぶんはこの仕事に志願している。せんせいの弟子だった。

 竜払い。職業として人気はある。けど、成れる者は少ない。ほとんどの人間は本物の竜を間近で見てあきらめる。町に住む人たちでも小さい竜なら見たことはあるが、大きい竜は一生に一度も見ないまま人生を終えることさえある。大きな竜は、竜払いが、必ず人里から遠ざけるからだ。

 だから、大きな竜の実物を知らないまま、誰かが追い払ったときの冒険談を聞きつけ、それを動機の元手にして、この仕事に志願する。けれど、本物を見て、動けなくなってやめてゆく。じぶんの同期もそうだった。他に、六人いたが、みんな辞めてしまった。

 竜はほかの動物とは明らかに違う。おなじこの惑星で進化した気がまったくしない。その存在そのものが生理的に堪えがたくなって、竜払いになる前にやめてしまうこともある。しかも、とうぜん、命の危険は他の仕事に比べ、遥かにあるし、大陸全体で管理されている仕事で、たいして儲かりもしない。そのくせ、勇気と才能は山のように必要だった。他の仕事でその才能を使えば、それなりに儲けることもできるはずだった。

 けれど、じぶんには竜払い以外なさそうだった。

 子供の頃に決めたんだ。

 気づくと、剣の柄に左手が伸びていた。これまでのことを思い出し、興奮していた。落ち着け死ぬぞ、と自身へ言い聞かせ、呼吸を整える、ゆっくりと柄から手を引きはがす。

 あくまで今日は、せんせいの仕事を見学するだけだ。それに徹するんだ。余計な動きをすれば、せんせいの邪魔になって、せんせいも死んでしまうかもしれない。

 剣はある。竜の骨で作った剣だ。

 でも、だめだ。落ち着け。

 ぶざまだった。がんばらないと、じぶんの気持ちを抑えこめない。

 竜を追い払う方法で、最も使われる手段は竜の骨でつくった得物で負傷させることだった。払う武具の形態は剣の場合が多い。使い勝手がいいし、たとえ誰かに託しても、剣という広く共通の形態なら、問題なく使える場合が多い。

 竜の骨でつくった得物で傷つけられた竜は仲間を呼ばすにどこかへ飛んで逃げてゆく。そして、せんせいが言った通り、怪我が治るまで、そこでじっとしているらしい。羽根なら三年は、目なら十年以上、回復に努めて動かなくなるらしい

 せんせいは竜と戦う準備を始めていた。剣を抜く、竜の骨で出来た刀身は真っ白で光っていた。光りの反射で、虹のような揺らめきが見えることが特徴のひとつだった。大陸の上、人に与えられた、竜と正式に戦える唯一の手段。

 せんせいと頭上で旋回する竜を交互に見上げながらその場を離れる、緩やかな丘を下った。竜の頭から尻尾までは長い、元が蛇だというのがうなずける。蛇に翼が生えて、足をつけたものが、空を飛んでいた。たいていは翼を含めて家ほどの大きさをしている。じつは胴体が細い。堅い皮膚だが、腹は少したるんでいて、内臓が入っているのがわかる。胸の動きを見ると、呼吸しているのもわかる。

 あれは生き物だ。

 空を見上げながら言い聞かせる。

 生き物だから、必ず倒せる。

 けっきょく、いつの間にか、経験も実力も忘れて、じぶんがやるつもりになってしまっている。

 せんせいは首に紐でかけていた笛を口に咥えた。竜の骨でつくった笛だった。それを吹くと、竜に反応させることができる。飛んでいるあの竜を地上へ呼び寄せるつもりだ。

 やり方を見逃すまいと、視線を定めながら、せんせいの邪魔にならないようにもう少し離れた。

 竜が空にいる間は安全だ。竜は炎を吐くが、炎は身体の大きさに比例した距離しか飛ばせない。だいたい、竜は自身の全長の半分くらいの距離まで炎を放てるらしい。けれど、炎が最も攻撃力を発揮するのは竜の口元あたりで、炎の端くらいでは、触れてもじつは火傷することもないらしい、衝撃波に近いものだと教えてくれた。あの竜の大きさだと、きっと、炎の端に当たると、それなりの体格の大人から体当たりされたくらいの衝撃があるそうだ。竜が地上まで滑空してきたときは最大の注意が必要になるらしい。炎を吐いて来る。大きく開かれるのも危ない、牙が生えていて、食べられはしないが、攻撃には使って来る。尻尾も、翼の先もそう。

 けれど、じぶんはそれらすべて未体験だった。あの大きさの竜と戦ったことはまだない。手持ちの経験といえば、これまでは、人間の大人くらいのおおきさの小さな竜を、何匹か町の遠くまで誘導したくらいだった。竜が近くにいて家畜が怯えているから追い払ってほしい、恐怖で鶏は卵を上手くなったりする。そんな依頼ばかりだった。とにかく、あの大きさとは戦ったことはない。

 竜以外の生き物は、ほとんど例外なく竜に怯える。竜は何もしないが、そばにいれば牛の乳は出なくなる。人はただただ、不安な気持ちになる。日常を過ごせなくなる。

 人が竜を攻撃すれば、竜は人を攻撃してくる。でも、竜が理由もなく、人を攻撃し、町を攻撃することはまずない。そのことはみんな知っている。だから、同じ大陸内に竜がいても、人は追い詰められて暮らしてはいない。

 でも、やっぱり、どうでも近くにいると不安になる。竜を人里から遠ざけるのは、気分の問題が大きい。放っておいてもだいじょうぶなはずだが、遠くに行って欲しい。それに、もし、間違えて竜を傷つけてしまっては惨事になる。仲間を呼ばれ、群れを成し、消えた町が、ここ十年でひとつある。

 竜とせんせいから離れて続けていた。

 やがて、ある場所まで来ると、空を飛ぶ竜と、丘の上に立つせんせいとが、ひとつの視界に収まった。

 せんせいが笛を吹いた。笛はちゃんと人間にも聞こえる音を出せるようにつくられている。近くで、竜払いが、竜と戦っていることを、伝える意味も込めた音だった。

 言葉だけではあの大きさの竜を倒す方法も教わっていた。倒すといっても傷をつけるだけだが、基本的な戦法はわかりやすい。

 竜が空で吠えた。勢いで、口から少し炎が漏れていた。

 それからせんせいへ目掛け滑空してくる。

 滑空にはある程度、高さがいる。注意してみていれば、必ず兆候はつかめる。

 せんせいは丘の上に立ち、待ち構える。

 白い剣先が草原をかすめていた。

 充分にひきつける。ここでは恐怖との戦いだと言っていた

 人は竜に決して慣れることはできない。

 慣れていると思ってはいけない。

 竜がせんせいへ迫る。

 空から地上にいる者へ、竜が攻撃する方法は大きくわけて三つ。

 最接近したとき、口から炎を放つ。

 そのまま、口をあけ、咥えてあごで砕く。

 敵を後ろ足でつかんで、そのまま飛び立つ。そして、締め上げて砕くか、高い場所まで持ち込んで落とす。

 この三つが多い。

 たまに、体当たりして来るとも聞いた。その場合、竜自身も地面へ激突して、傷を負う可能性も高いため、まともな状態の竜ならまずしない。

 空から迫り、地上付近で攻撃を仕掛け、再び、空へ戻る。

 なにしろ、竜は一度、地上に降りると、空へ戻るにはかなり時間がかかる。翼をつかい自力で空まで戻るのは、体力の消耗も激しい。

 だから、竜はたいてい、切り立った高い崖の上にいる。そこから、飛び降りて、翼をひろげ、風をとらえて飛ぶ。

 身体が大きければ、大きい竜ほどそうしている。

 小柄な竜の方が、体重もちいさいし機動力がきく。

 だから、竜の大きさから、おおよその対処方法は測れるとも教えてもらった。

 そして、いまからそれを目する。もう間もなくだった。高い空の上からせんせいを目指す竜は、最初はゆっくり、けれど、だんだん近づき、次には隕石みたいな理不尽な速度になってせんせいを目指す。

 炎か、牙か、足か。それとも。

 一瞬で、どれが来るかみきわめ、判断が必要だった。

 けれど、なにが来ようと、決まっている。

 目前まで迫った竜が口を大きくあけた、炎の兆候はない。

 牙だ。竜は地面ごとえぐるようにせんせいの全身を口へ収めようとする。喉の奥の闇にうすらとうかぶ、襞も見えた。

 決まっている。避けしかない。

 せんせいは身をかがめ、大きく左へ避けた。

 竜は土だけを喰らった。丘が削れて、地形が変わった。

 そのまま竜はふたたび、空へ戻る。

 粉砕した丘の土が雨のように降って、竜の起こした風には、竜の硫黄みたいなにおいが混じっていた。

 その風に髪や服の端々がたなびく。

 せんせいは丘の上で態勢を整え直す。

 人間ひとりで、あの空で吠えるあの巨大な生き物を追い払おうとしているその様子は、誰が目にしても、無謀なことにしか見えないはずだった。これが仕事だという、こんな仕事は、きっと誰にもやらせてはいけない。でも、人はこの仕事をつくりだし、せんせいがそれを請け負っている。

 けれど、せんせいは続ける。辞める様子はなかった。怖いし、つらいこともある、まったく楽ではない。が、この生き方以外を知らないと、いつか語っていた。じぶんが一番役だっている気になれるし。他のことで、これ以上に、誰かのために役立てる気もしない。

 この仕事は誰かがやらなければいけない。でなければ、かくじつに、たくさんの人たちが竜の危険にさらされる。

 自身の人生に大きな意味を与える仕事だ。どの町でもそうやって煽る。たしかに、その言葉のまま、導かれるものが多く含んでいる。おおげさな話し、にんげんという生き物の単位でいっても、花形の生き方のひとつにされている。でも、やっぱり、成れる者は少ない。最後までやりぬくには困難があり過ぎる。

 竜が三度、空へ戻った。旋回する。

 せんせいは抜身のまま待つ。

 空中で竜が滑空をはじめた。

 せんせいは充分にひきつける。じぶんに教えた通りの対応を見せてくれていた。

 一度目の襲撃で竜の動きを確認した。二度目で一度目の見極めが正確なのかを確認した。

 三度目の襲撃に、答えをぶつける。

 竜が目前に迫った。牙か、炎か、爪か。

 炎だった。口元が虹色に光る。

 竜が炎を吐くときには必ずためがある。腹から炎を吐き出すように、喉が動き、首が少し後ろに引く。

 でも、炎はそんなに遠くまでは飛ばせない。地面を焼くなら、腹が地上へ触れそうなほど低い位置まで来ないといけない。

 せんせいは身を低くして、竜の下へ飛び込んだ。ありったけの勇気が必要な行動だった。

 そのまま、せんせいは剣で竜の腹部へ刃を当てにゆく。竜はさっきまでせんせいがいた場所へ炎を放つ。

 渇いた草原が広く燃えた。ただ、竜も自分を焼くわけにもいかない。顎から下に炎はない。

 かん、と、金属同士が衝突する音がした。せんせんの剣は竜の堅い身体に弾かれた音か。じぶんのいる場所からでは、音の正体はわからなかった。

 せんせいは竜の下に潜り込んで、羽根のうすい部分を素早く剣で切る。

 そう思っていた。

 直後、せんせいの身体が空へ飛ばされていた。藁で作った人形を投げたみたいだった。

 丘からこちらへ向かい落ちた。受け身はなかった。ゆるやかな草原の斜面をごろごろと転がり、やがて地面から浮き出た岩にぶつかってとまった。

 目にした光景に、身体も脳も何ひとつ反応できなかった。あまりにもあっけなく、それは起こり、現実としてとらえられない。

 竜が攻撃を仕掛けたせんせいの身体を吹き飛ばした。やられたのだ。頭のなかがすべて白くなった。

 なんだこれ、現実か。そこをまず疑っていた。せんせいがやられた。おい、まてよ。そんな。

 どうにか目の前の現実を消そうと、なにかに訴えかけていた。何かに頼んで時間を巻き戻してもらおうとしていた。

 けれど、無力あるのみだった。時間が巻き戻るはずもない。

 見上げると竜が空へ戻っていく姿があった。せんせいは岩の後ろで倒れたまま動かない。離れた場所からでもわかった、せんせいが、嫌な倒れ方のまま動かなくなっている。

 竜は空で旋回していた。さらに攻撃を仕掛けてくるのか。

 呼吸を忘れていた。だから、かんたんに呼吸困難に陥っていた。

 せんせいがやられた、竜払いとして、大陸内では誰でも知っているあのせんせいが、あまりにもあっけなく。

 いや、せんせいは立ち上がるはずだ。と、竜から視線を外した。だが、せんせいは嫌な状態で倒れたまま動き出す気配はない。

 竜払いが命よりも大事にする剣も投げだしたまま。

 死んだ。竜に殺された。

 なぜ、今日、せんせいは竜に殺された。どうして。

 どこかの何かへ問いかけていた。

 でも、現実は何も待つはずがなかった。竜が再び滑空しようとしているのが見えた。

 せんせいに留めを刺すつもりか。いや、こっちに来るんじゃないか。

 どうする。迷っている間に、竜はせんせいへ向かって落ちて来た。口元には虹の揺らめきがみえる。敵を灰も残さず焼く気だった。

 せんせいを助けなければ。

 いや、もう死んでいるはずだ。

 飛び込んでゆく理由を、飛び込まないためで即座に打ち消しにかかっていた。

 ちがう、助けるんだ。わずかにそっちが上回った。あの時とは違う、じぶんも剣を持っている。

 愚かかもしれない過信が、そちらに動きを傾けさせた。

 鞘から剣を抜いて走り出す。丘を駆けあがった。

 作戦は何も無かった、体当たりの気持ちだけだった。ありったけの無謀を勇気へ無茶に変換させていた。

 竜が空から迫る。

 せんせいは動き出す気配はない。竜の喉がうねった、炎を吐く気だった。

 もろとも焼かれる、と思ったとき、地面にせんせいの剣が落ちているのに気づいた。

 とっさに片手で拾い、そのまま迫る竜へ投げつける。

 投げた剣は幸運をおびて、近づいてきた竜の顏に迫った、迫る刃に、竜は反射的に頭部を背けながらも炎は吐いた。

 そして、炎は不完全な狙いのまま、丘一帯を赤く覆い尽くし、一緒に、炎に包まれた。

 痛くはなかった。

 熱くもなかった。

 ただ、身体は大きく、後ろへ吹き飛ばされた。

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