竜払い
サカモト
竜払い
序章
その日
父さんと最後にした会話を覚えている。
やっぱり竜の話だ。
「川は人を助けてくれるだろ、畑の水に使ったり、物を運んだり、人を運んだり。人は昔から川のそばに住んだ。きっと、海のそばに住むより先にだ。けれど、時々、ひどい嵐で川の水が溢れる、そのまま人や家を流してしまう。災害だ。川は人にとって恐ろしいものになる、ほら、まえにいっしょに見たろ。それに、川はってのは、こう、曲がりくねってたりするだろ、みぎとか、ひだりへとか。いいや、いまは、まっすぐに工事したものも多いけどね、まえは曲がっているのもかなりあった。そのかたちが、むかしの人には蛇に見えたらしい。そしてその時代、整備されていない川の水害はひどかった、家族を奪う。それで、人は、川みたいにまがりくねった身体をした蛇を、災いを示す生き物って思うようになった」
「ヘビからするといやだね、めいわくだ」
そんなことを言った記憶がある。
ああ、と、父さんはうなずいた。
「竜は蛇をもとにして想像されたって話がある。災いを示す生き物、蛇を、より強い災いを招くものに発展させた。ほら、悪魔って、あるだろ? 悪魔の姿っていうのはさ、昔から、別の生物の身体の一部と、別の生物の一部を組み合わせた姿が多いんだ。人の身体に、獣の頭をつけたり、牛みたいな角をつけたり、背中に鳥の羽根をつけてみたり。悪魔の姿は人間の知っている動物の一部を組合せててあることが多い。みんな本当に見たこともないものだけで描かれたものには、ピンとこないのさ」
「そうか」納得した。「だから竜も?」
「うん、歴史のどこかで人は蛇の身体に翼をつけた、いや、足が先かな? それから角もつけたり、堅い鱗で覆ったり、牙は………もともと蛇にもあるか、炎を吐かせるようになった。その時代の不安の種類に合わせて、その姿に何かを足していった。蛇に足が生えて走ってくるのは、災いが足を生やして追いかけてくるような不安、翼は海や山を越えてやってくるんじゃないかって不安、かな」
「いまの竜には、翼もあるし、前足も後ろ足もある。牙もあるし、火も吹くよ。山みたいに大きいし」
「あの姿はすべて人が造ったんだ」
父さんが遠くを見た。さきには、小高い山があった。
「人が大陸で生きていくために、むかし、人が造った竜だ」
なんとなく知っていることだった。けど、父からあらためて教えてもらえることは、知ってることでも、いつでも新鮮な感覚がした。
「竜は、人が長い時間をかけて完成させた、無条件に人が目にして怖くなる姿にした。昨日、今日から怖いものじゃない、克服の方法もわからない、ただ、怖いようにつくられた」
「でも、父さんは」聞きかけて、やめた。けど、けっきょく聞き方を変えただけだった。「父さんも竜が怖いの?」
「怖い」
こちらの不安を和らげるように、落ち着いて、静かに告白してくれた。
「なら、なんでいままで戦えたの?」
「さあね」
心の底から、検討もつけてないみたいだった。
それが、父さんとの最後の会話だった。
いい会話だったのか、まだわかっていない。
話をしてすぐ、父さんは竜をひとりで払いにいって、命を落とした。
父さんが払うことを失敗した竜は、そのまま街までやってきて、口から放った炎で町のほとんどを焼いた。
生き残った街に人たちは、泣いていた。
あのとき目にした光景の記憶は、たぶん生涯消えることはない。
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