第5話 トウメイナカノジョ
朝、目を覚ますとトントンッとテンポの良いまな板で何かを刻む音がする。
「んーーっ、あのまま寝てたのか」
俺は伸びをしながら思い出す。昨日は最中で疲れて寝てしまっていたようだ。その証拠に俺は今全裸だった。何か着るものをと思って見渡すと、既に綺麗に畳まれた下着と着替えが枕元に用意されていた。
本当に隣子はしっかりしている。
晩御飯は毎日作ってくれるし、洗濯とか洗い物も全部してくれる。正直このままなら俺はダメになりそうだ。
「あ、望実! 起きてたんだ。もうすぐ朝ごはんできるからまっててね!」
俺は着替え終わってキッチンを見に行くとエプロン姿で包丁を握る隣子の姿があった。
「そういや今日は日曜だけど、どっかいくか?」
「本当!?嬉しい!……けど、今日はどうしても外せない用事があって……ごめんなさい」
隣子は申し訳なさそうに俺に謝る。普段いつも俺のために時間を使ってくれているんだ、そんな日もあるだろう。
「いや全然構わないよ。むしろいつも来てくれて感謝してるよ。今度隣子の家にもいってみたいな」
「え、ウチ!? 来て欲しいけどめっちゃ散らかってて……ハハハ……またそのうち、ね」
隣子は慌てた様子でそう言う。俺ん家は掃除したりして綺麗にしてくれてるのに自分の家は汚いなんて少し意外だったが。
「それよりも、もうすぐできるよ! ほら用意しよ?」
「あ、ああ、うん。わかったよ」
こうして今日は2人で朝食を食べた後解散することになった。家まで送らと言ったのだが、気持ちだけで十分とやんわりと断られてしまった。あんなに俺のためならと言ってくれてるのに何故かあまり家には来てほしくないようだった。
♢ ♢ ♢
午後8時、真っ暗な部屋の中で唯一光を灯しているのは風呂場だった。
「ふぅ、流石に大人の男は時間がかかるわね」
裸の女が腕で汗を拭う。しかしその結果、腕についた赤い液体を顔に擦り付ける事になる。風呂場で裸の女。なんの変哲もない普通のことだ。女が血まみれでなければ。
四つある黒いゴミ袋、その中でひとつだけ蓋の空いた袋の中にはサイコロステーキサイズほどにカットされた肉が詰め込まれていた。女はその袋の蓋を縛り、風呂場の外へと運ぶ。
「ふぅ、もう8時か。ちょうどいいくらいの時間ね」
女はもう一度風呂場に戻り、シャワーを浴びる。お湯に混ざって女の体から赤い液体が洗い流されていく。その様子が写った鏡を見て女は呟いた。
「こんな姿、望実が見たらなんて言うかな……」
女は体を洗い終わると身支度を済ませ、袋を一つずつ外の車へと積み込んでいく。そして一つの袋は残し、三つの袋を乗せ終えると自分は運転席に乗り、車を発進させた。
車を走らせること3時間。県外のとある田舎町に来ていた。あたりは山や田んぼばかりで民家も少ない。地元の人でないと迷ってしまいそうな道を女は何の迷いもなく進んでいく。そしてある山の近くで車を停める。
「よいっしょっ!と」
女は車内から袋をひとつ取り出し、山の中へと消えていく。昼間でも暗いであろう木々の生い茂る中、かすかな月明かりを頼りに道なき道をかき分け、川にたどり着く。女は袋の肉を川へ流す。そしてまた車まで戻り次の袋を運ぶ。それを繰り返し最後の肉を流し終わると、ポケットの中から煙草を取り出し、それを咥え火をつける。
「ふぅー……疲れた」
女は肉の沈んだ川を眺めながら紫煙を燻らす。
「そういや明日バイト朝からだった。だるいなぁ……。でも、もうちょっとゆっくりしてから帰りますか。……明日喜んでくれるかな〜、望実」
深夜の山中で風の音、虫の声すらない暗闇、その中で煙草の火だけが怪しく光っていた。
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