海の豚

みやにし

水を得た魚

 私には好きな女性がいる。

 彼女は頭がよい。きっとエレベーターのように良い大学へ良い職場へと昇進していくのだろう。私では、高嶺の花で手が出せないほど。

 だが彼女は無関心なのだ。はたからみたら優しく見えるほどに。

 彼女にとって他人とは、こんにちはと言われるとこんにちはと返す。それだけの関係。あまり遊ばない会社の同僚のような、そんな関係。

 無論私も皆と同様優しいスルーをされる。

 彼女にとっては私もしょせん他人だから。

 だが私はこれで良い。既に言ったが、彼女は私にとっては高嶺の花なのだ。

 目標は目標でなければならない。百ないことだが、もし彼女が私と付き合ってしまえば私は浮気をするだろう。

 クズにはなれまい。

 霞んだ良心が笑いながら語ってくる。手なんて出せないと知っているから。

 それに、私は挨拶をするだけの関係でも満足なのだ。もしこれが文なら声すら聞けない。顔すら見れない。

 そんな言い訳を自分に言い聞かせる。

 私は結局水を得た魚にすぎない。

 今の状況ですくすくと生きる。

 向上などしない。

 今の環境が心地よいからと、満足気な顔をしながら生き生きとする。綺麗な淡水に憧れた海水魚だ。

 彼女が鮭なら良いのにと。

 私は彼女が堕落することを望んでしまう。

 こんな風に、ふとだったとしても、私は誰かの足を引っ張ることを考えてしまう。

 私はフグなのだろう。腹に一物抱えた魚。

 誤った調理法の私を一口でも胃に運べば死に至る。

「ああ、だからか」

 声が漏れる。

 彼女を好きになった理由が分かった。

 調理して欲しいのだ彼女に。

 私の毒を誰かに。

 私の体を誰かに。

 ゆだねて、一緒に生きたいのだ。

 だったら、彼女である必要などない。

 瞬間、彼女への恋心はなくなる。

 まるで役満を放たれた気分だ。

 私の所持していた恋心が、私の大事にしていた恋心が、彼女への恋心が、彼女への恋心のおかげで、彼女への恋心が消えた。

 さようなら。私の初恋。

 そして初めまして。私の歪んだ愛情よ。

 私はフグだ。ただし海水フグ。

 河の豚にはなれない。汚れた海で、綺麗な川魚にすくってもらいたい、フグなのだ。

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海の豚 みやにし @amino3_acid

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