第9話 喧嘩

「これから、俺達は魔王を倒すために、旅に出ることになる。いろいろな土地をめぐるから、その中で、聞き込んでいけばいいんじゃねーか?」

「そうですね。それ以外、手立てはなさそうですね」

「自分の主人がどうなってんのか分からねーのは不安だよな……。すまねー、たいしたこと言ってやれなくて……」


最初見た時は、ただヤンチャな青年に見えましたが、本当はとても優しい人物であると感じます。


「いいえ。貴重な情報をありがとうございます」


これから始まるであろう旅をしながら、お嬢様を探そうと改めて誓った、その時でした。



「オイ、この野郎!俺の酒、こぼしやがって!弁償しろや!?」

「……す、す、すみませんっ」


何やら不穏な声が、辺りに響き渡りました。

見ると、カウンター席の方で、揉め事が起こっているようです。

怒鳴り声をあげているのは、モヒカンに、ムキムキの体躯をこれでもかとさらけだした大男。

そして、おどおどと謝っているのは、濃紺のローブを頭から深く被った人物。


「は……払います、から。どうか……許して下さい」


そう言うと、濃紺のローブの人物は、服から銅貨を取り出すと、カウンターテーブルに置きました。

深々とローブを被っているので、顔が全く見えませんが、声からして女性のようです。

しかし、その懇願に、モヒカンの大男は嘲笑を浮かべました。


「こんな端金で済まそうってのか?俺の濡れた服、結構高いんだぜ?これじゃ、足りねーだろうが?」


ムキムキな体に、申し訳程度に羽織ったベストが、それほど高価とは思えません。

いわゆる、これは因縁です。


「ご、……ごめんなさいっ。今は、これしか持ち合わせが……」

「だから、これじゃ足りねーって言ってんだろうがぁ!?」


モヒカン男は、テーブルに置かれた銅貨を荒々しく払いのけると、ローブの彼女の肩を鷲掴みにし、揺らしました。


「ひっ……!」


掴まれた彼女が、恐怖から、声にならない声を漏らします。

それを見て、私はカウンター席の方へ向かおうとしましたが、ラルクに制止されました。


「カキザキは、この世界にもまだ不慣れだ。こんなイザコザに、わざわざ首つっこむことねーよ。俺に任せろ」

「お気遣いありがとうございます。ただ、私自身が、女性をあんな風に扱う輩を見過ごせませんので」


ラルクの優しさをそっと解いて、私は荒れ狂うカウンターテーブルへと近づきました。


「何だぁ、テメーは?」

「通りすがりの執事です」


モヒカンの大男が、眉間に皺を寄せながら、睨み付けました。


「……あ?ナメてんのか、テメェ」

「その女性を離してください」

「お前には関係ねーだろがぁ!」


男は一層いきり立ちます。


「関係ありますよ。私には、女性は全て、お嬢様という信念モットーがございますので」

「執事喫○かよ!ふざけんじゃねー!!」


沸点に達したモヒカン男が、ローブの女性を離しました。こちらの思惑通りです。

ラルクに視線だけ送ると、彼は頷き、そっとローブの女性を庇いながら、私達から離れました。


「モヤシみてーなお前が、俺様に叶うわけねーだろ?」


そう言うと、大男は私の目の前まで来ました。

確かに、この男は、180センチ程の身長の私でも、見上げるほどの体躯です。

一体何を食べたら、このようにワンパクに育つのでしょうか?


「やってみないと、分かりませんよ?」

「あぁ?どっから、その自信がわいてくるんだ?……その減らず口、黙らせてやるぜ!!」


モヒカン男は、筋肉が隆々とした太い右腕を勢いよく振り上げると、私の顔面めがけて付き出してきました。

周囲から、短い悲鳴が聞こえてきます。

けれど、次の瞬間。


「………………………んン?」


モヒカン男が小さな声を漏らしました。

そして。


「あ……うぅ……ぐっ」


大きな体躯をぐらつかせた後、「バターン!!」とものすごい音を響かせて、酒場の床に倒れ込みました。


「勝敗は、体の大きさではありませんよ」


相手の動きよりも速く、こめかみに打撃を与えました。かなり強めに入れましたので、平衡感覚が麻痺し、しばらくはまともに立ち上がれないでしょう。


「一撃かよ!やるじゃねーか、カキザキ」


そう言ったラルクに軽く微笑んだ後、その傍らに立つ、濃紺のローブの女性に視線を向けました。


「大丈夫でしたか?お怪我はありませんか?」

「……え、あ、は……はい。あ、ありがとうございます……」


先ほど男から受けた恐怖が残っているのか、まだ体が震えています。


「荒くれ者がまだいるかもしれませんし、宜しければ、しばらく私達とご一緒に、いかがですか?」


何となくまた一人にさせてしまうのは、私自身が不安に思えましたので、そう提案してみましたが。


「……け、結構です。ま、またご迷惑が、かかるかも……しれませんし!」


受け入れてはくださらないようです。


「そ、それでは……失礼しま、す……!」


なるべく早くその場を離れたいかのように、慌てローブの女性は、私達から遠ざかろうとしました。

しかし、ローブの裾を自らの足で踏んでしまったようで、床に転んでしまいました。


「……痛っ!」

「大丈夫ですか?」


再び彼女に近づいた時に、転んだ拍子に捲れたローブから現れた顔が見えました。


「……!?」

驚きで、一瞬言葉を失いました。


「キャ……ッ!」

「何だよ、あれ!?」

「もしかして、あの女、魔物か……!?」


周囲にいた人々も、彼女の顔の異常に気付き、小さな悲鳴や、驚きの声が漏れました。


彼女は、背中半ばまでの長い金髪に、翠玉エメラルドの瞳と美しい容姿でしたが……顔の約右半分が、黒みがかった紫色の血管が、網目のように浮き出た異様な肌をしていたからです。


「あぁ……っ!」


ローブの女性は、見られてはならない物を見られたかのように、震える手で右半分の顔を覆いました。

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