第4話 月下の密会
各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。天蓋付きベッドに愕然としたのは真だけではないはずだ。真は、豪奢な部屋にイマイチ落ち着かない気持ちになりながら、それでも怒涛の一日に張り詰めていたものが溶けていくのを感じ、ベッドにダイブすると共にその意識を落とした。
数十分後、真は扉をノックする音に目を覚ました。
真はこんな夜更けに誰だと思いつつ、扉を開ける。そこには制服姿の雫が立っていた。
「何か用か?」
真は目を擦りながらいぶかしむ目で、雫に尋ねた。
「ちょっと、玉座の間で起こったことについてあなたの意見が聞きたくて。いいかしら?」
「まぁ、いいけど」
真は、渋々雫を部屋に招き入れた。
男の部屋に何の抵抗もなく入る雫は、窓際に設置されたテーブルセットに座った。
真はなぜ自分に相談するのだろうか?と思いながら無意識にお茶の準備をする。といっても、ただ水差しに入れたティーパックのようなものから抽出した水出しの紅茶モドキだが。雫と自分の分を用意して雫に差し出す。そして、向かいの席に座った。
「ありがとう」
やっぱり嬉しそうに紅茶モドキを受け取り口をつける雫。窓から月明かりが差し込み、美しい黒髪を照らす。ポニーテールの赤いリボンがよく似合う。
真は、欲情することもなく純粋に神秘に彩られた雫に魅られた。雫がカップを置く「カチャ」という音に我を取り戻し、気を取り直して自分の紅茶をイッキ飲みする。ちょっと気管に入ってむせた。
雫がその様子を見てくすくすと笑う。真は恥ずかしさを誤魔化すために、少々、早口で話を促した。
「それで相談したいことって何だ? 玉座であったことで何が気になった?」
真の質問に雫はさっきまでの笑顔が嘘のように真剣な表情になった。
「あのサルワという国王。魔族の男が刺されて死んだ時、顔が笑っていたわ。私、それを見て恐ろしくなったの。あのサルワという男、信じられると思う?」
「俺もあのサルワという男は信じない方がいいと思う。魔族が一方的悪いと言っていたが情報が疎い分、本当かもわからない。今は従順なふりをしてこの世界の情報を集めた方がいいだろうな」
「確かに今の段階で反旗を翻すのは得策じゃないわね。私達はこの世界に来て間もないぶん、情報も少ない」
「そうだ」
「それにしても、随分あなたは冷静なのね」
雫がこの状況下においても真の落ち着いた雰囲気に怪訝な目を向けた。
「そうでもないさ。表情に出ないだけで、今でも心臓はドキドキしっぱなしさ」
「本当かしら」
雫はカップを持ち、一口すすり、再びテーブルに置く。
「ところで、渡部君って、好きな子とかいるの?」
「唐突だな」
「いるのいないの?」
雫が身を乗り出して、尋ねた。真は近すぎる距離に困惑する。
「いないよ」
「ふ~ん」
「なんだよ」
「別に~」
雫のからかうような態度に、真はため息を吐く。雫が足を組んで顎に手をつく。
「これから私達、どうなるのかしら」
「さぁな。でもこれだけは言える。俺は死ぬつもりはない。何としても生き残るつもりだ」
「へぇ。何かやりたいことでもあるの?」
「昔、ガキの頃、約束したことがあってな」
「約束?」
「ああ」
「何の約束よ?」
真は静かに語り出した。
「小学生の頃、、親が共働きで家に帰ってくるのが遅かった。俺は夕方まで公園で過ごすことが多くてな。そんなある日、数人に囲まれて苛められている奴がいてな」
「あ、わかった。渡部君が助けたってわけね」
「ああ」
「もしかして女の子だった?」
「いや。男だった」
「ふ~ん」
「それで毎日遊ぶようになってな。色んなとこ行ったけ。浜辺で遊んだり、木登りしたり、セミを捕まえたりしてな。でもそんな日は長く続かなかった。ある日、突然、その子が待ち合わせの公園に来なくなってな。でも、ブランコの座り板の下に書き置きが張ってあったんだ。『数年後、大人になったらまたこの公園で会おうって』。だから、俺は生きて元の世界に帰る」
「むこうはもう忘れてるかもよ」
「それでもいいさ」
「随分とその子と仲がよかったのね」
「俺が唯一接してもいいと思える裏表のない人間だったから」
二人の間に静寂が流れる。
「もうこんな時間だし、そろそろ戻るわ」
そう言って、雫は立ち上がって、扉に向かう。
「あ、そうだ」
雫が扉の前で立ち止まって、真に詰め寄った。
「くれぐれも私が渡部君の部屋に訪れたこと、黙っておいてよ。特に伊織には」
「えっ? なんで篠塚?」
「はぁ。頭はいいけどこっち方面はダメね」
「は?」
「もう行くわ。じゃあね」
そう言って、雫は部屋を出ていった。
「やれやれ。寝るか」
そう言って、真は天蓋付きのベッドに再びダイブした。
真は横になりながら、思いを馳せる。なんとしても元の世界に帰還しなければならない。約束を守るために。真は決意を新たに眠りについた。
深夜、雫が真の部屋を出て自室に戻っていくその背中を無言で見つめる者がいたことを知らない。その者の表情が醜く歪んでいたことも知る者はいない。
その頃、サルワ王は、囚人を使った奴隷を闘技場にて魔物と戦わせて、観戦を楽しんでいた。ちなみに、闘技場は、教会本部の地下にある。
「ぐわぁああああ!?」
ワインを飲みながら、囚人が魔物に喰われる様を笑顔で鑑賞するサルワ王。
「ふむ。このワイン、中々に美味だな」
隣にいたメイドが、おかわりのワインを注ぐ。と、そこにセバス教皇が、現れた。
「おお、セバス教皇殿。一緒にワインはどうですかな?囚人が喰われる様を見ながら飲むワインは最高ですぞ」
「そうですな。なら、私も一杯もらいましょうかの」
サルワ王が、側に控えていたメイドに告げた。
「おい、セバス教皇にワインを注いで差し上げろ」
「かしこまりました」
メイドは、豪奢な椅子に腰かけたセバス教皇にグラスを手渡し、高級ワインを注いでやる。セバス教皇は、注がれたワインを口に含んだ。
「おー、これは確かに甘味があって美味い」
「であろう。ワシのお気に入りのワインだ」
セバス教皇が、不意に、サルワ王に言葉を投げ掛けた。
「ところで、召喚者達は、魔王を倒せると思われますかな?」
「勇者ならば可能でしょう。まぁ、もし負けて死んだのなら、次の召喚を行えばよいのでは?」
サルワ王の言葉に、セバス教皇は、「ふむ。エヒカ神様次第でしょうな」と呟く。
「エヒカ神様と言えば、今度の捧げ物には何がいいかのう?」
サルワ王の問いかけに、セバス教皇は、おもむろにしばし考え、答えた。
「そうですな。若い奴隷を二百人ほどでどうでしょうかの?」
「ふむ。二百人か。奴隷は吐いて捨てるほどいるからな。すぐに見繕わせましょう」
バルハザード王国には、奴隷にされている国民が、一万人ほどいて、そのほとんどが、重たい労役に従事させられており、子供も例外ではなかった。
「しかし、エヒカ神様は、なぜ異世界人を召喚して、魔王を討てと命じたのかの?」
サルワ王の問いかけに、セバス教皇は、「ほっほっほ!」と笑ってみせた。
サルワ王は、怪訝そうな表情で、首を傾げる。
「セバス教皇?」
「いや、失礼。エヒカ神様のおっしゃることは全てにおいて優先されます。我々はただエヒカ神様に従うのみです」
「そうじゃの。エヒカ神様、万歳じゃ!」
サルワ王は、そう叫んで、ワインを飲み干したのだった。
召喚された者達は、深い陰謀があるとも知らず、呑気に眠り呆けていた。
その筆頭格の富崎は、取り巻きどもと共に王城を抜け出し、夜の城下町へと繰り出していた。
富崎が、舌を舐め回して、遠目から通りすぎていく女性らを見つめていた。
「へへ。いい女が、いっぱいいるじゃねぇか」
「おい、伸二。さっさと声をかけようぜ」
隣にいた官田が、荒い息をはぁ、はぁと吐きながら我慢仕切れない感じで、そう言った。
「焦るなって。祐也。まずは、俺が声をかけるぜ」
富崎が、そう言い、ちょうど歩いてきた二十代前半くらいの女性に歩み寄り、声をかけた。
「よう。君、可愛いね。俺とちょっと付き合ってよ」
「なにあんた? もしかして新手のナンパ? 悪いけど、年下には興味ないの」
女性は、そう言い、富崎の前から歩き去っていった。
「このブス女! とっとと地獄に落ちろ!」
富崎が、捨て台詞で、女性の背中にそう叫んだ。犬の遠吠えというやつだろう。
と、官田らが、富崎に歩み寄ってくる。
「どんまい。伸二。次、行こうぜ」
「ああ、そうだな」
官田の前向きな言葉に、富崎は、コクリと頷いた。
と、そこにカップル連れの美男美女が、歩いてくる。
「ねぇ、ジェラルド君。今度、海に行かない?」
「いいよ。行こう」
「やったー。私、新しい水着を買ったんだぁ」
富崎が、熱々カップルの会話にイラッとし、立ち塞がった。
驚いて立ち止まるカップルの二人。
「なんだね?君は?邪魔だよ。そこを退きたまえ」
富崎は、イケメン男に、勝負を持ちかけた。
「俺と喧嘩で勝負しな」
「なに?」
「もし俺が勝ったらその女をもらうぜ」
富崎の勝負持ちかけに、イケメン男は、不敵に笑った。
「ふん。いいだろう。身の程をわからせてやる」
イケメン男は、自信満々にそう言い、高そうなガウンを脱いで、恋人に渡した。
恋人が、心配そうにイケメン男を見やる。
「ジェラルド君、大丈夫なの?」
「ああ。心配しないで。僕は、これでも幼少期からあらゆる格闘技を習っててね。こんな若造に負けるわけがないよ」
「おい。早くかかってこいよ」
富崎が、そう言い、ジェラルドに手招きし、挑発する。
「ふっ。数秒で終わらせてやる!」
ジェラルドが、そう叫んで、富崎にいきなり殴りかかった。
富崎は、自身の右拳をカウンターでジェラルドの顔面に叩き込んだ。
「ぐへっ?」
ジェラルドは、鼻の骨が折れて、鼻血を噴き出し、仰向けに倒れた。
アホ面を浮かべて、ピクピクと痙攣している。
「ふん。ざまぁみやがれ。クソイケメン野郎」
富崎は、ペッ! とジェラルドの顔に唾を吐いた。
「おい、女。今夜は、俺らと付き合ってもらうぜ?」
「ひぃ!?」
女性は、富崎の野獣のような目つきに、びびり、一歩あとじさる。
「おっと。どこに行こうってんだ」
官田が、そう言い、女性の背後から両肩を掴み、退路を断った。
富崎が、怯える女性に歩み寄り、女性の顎を手で上げて、じっと顔を値踏みする。
「ククク。中々の美女じゃねぇか。クソイケメン男には勿体ねぇ」
「ペッ!」
女性が、富崎の頬に唾を吐いた。
「これは調教しがいがありそうだ」
富崎が、そう言い、官田らに命じた。
「その女の腕を拘束しろ」
「ああ」
官田と川村が、左右から女性の腕を逃がさないように掴んだ。後ろから古池が、見張る。
「行くぞ。まずはホテルだ。こっちでは宿屋か」
富崎を先頭に、一同宿屋に向かう。
集まっていた野次馬連中に、富崎が、怒鳴る。
「見世物じゃねぇぞ!
散れや!」
富崎の怒号に、野次馬連中は、びびって散っていく。
富崎が、睨みつけている女性に問いかける。
「ククク。お前の名前は?」
「誰が教えるか!」
「そうかい。ならじっくりとベッドの上で聞いてやるぜ」
「このクソ野郎が」
「ククク。その強気な面がいつまで続くか楽しみだ」
女性は、富崎らに宿屋の部屋まで連れてこられる。
富崎が、ニヤニヤと女性に命じた。
「服を脱いで膝まづきな」
「はぁ。下らない男ね。あなたって」
女性は、飽きれ半分といった表情で、そう呟いた。
富崎が、ギロっと女性を睨む。
「なに?」
「あら、気に障ったのなら謝るわ」
富崎が、イライラとしびれを切らし怒鳴る。
「いいからさっさと脱げや!」
「はいはい。わかったわよ」
女性は、そう言い、コートを脱ぎ、それを富崎に投げて頭から被せた。
「なんだこれ!」
富崎は、慌ててコートを床に投げつけ、女性を見やる。
と、そこにいたのは、黒い忍者装束を着た女性だった。
「なんだその格好?」
「何って、私、盗賊だから」
「えっ?」
女盗賊は、一瞬で富崎の間合いに入り、しょうていを食らわした。
「がはっ」
油断をつかれた富崎は、前のめりに倒れた。微動だにせず、気絶したようだ。
側にいた取り巻きらが、呆然と女盗賊を見つめていた。
いきなりの事態に、頭がこんがらがっていたようだ。
女盗賊は、一瞬で取り巻きの背後に回り込み、うなじに打撃を与えて、気絶させた。
「意気がってたわりに弱いわね」
そう言い、女盗賊は、富崎と取り巻きらの懐を探り、あり金を全て巻き上げた。
女盗賊は、奪った金を懐にしまい、富崎らが着ている装備品を見やる。
「こいつらの装備品も結構、高く売れそうじゃない?」
女盗賊は、ベッドのシーツを剥ぎ取り、床に置く。そして、富崎らの装備品を取り除き全てシーツの上に乗せて、それを包む。
「ふぅ。これは大金になりそうだわ。金持ち風の男がのされた時は、計画が台無しにされたと思ったけど。こうして新しいカモが引っ掛かってくれるんだから。ついてるわよねぇ、私って」
女盗賊は、シーツの包みを肩に担ぎ上げ、窓を開ける。不意に、倒れている富崎らを見た。
「これにこりたら、ナンパみたいなバカな真似は止めることね。それじゃあね。坊や達」
女盗賊は、そう言い残して、窓から飛び降りたのだった。
人物紹介
ミネルカ・セネガル
年齢、20歳。天職、女盗賊。髪型は、腰まであるカーブのかかったブラウン。
顔は整っており、妖艶な雰囲気に美人。スタイルはモデル並み。お宝を盗んで荒稼ぎするトレジャーハンター。
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2021年10月31日。0時00分。更新。
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