第3話 戦争参加の覚悟

 セバスに連れられて、真達は星教教会の正面門にやって来た。下山し、バルハザード王国に行くためだ。


 途中、セバスからここが地球ではなく異世界であると聞かされた。にわかには信じられない真達だったが、先程の富崎の拳を痛めさせた透明な壁を目撃したことから、信じざる得なかった。


 バルハザード王国は星教教会と密接な関係があり、星教教会の崇める神ーー創世神エヒカの眷族であるゼルダ・バアルなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。


 荘厳な正面門を潜ると、そこには雲海が広がっていた。


 高山特有の息苦しさなど感じていなかったので、高山にあるとは気づかなかった。おそらく魔法で生活環境を整えているのだろう。


 真達は、太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通る青空という雄大な景色に呆然と見惚れた。


 どこか自慢気なセバスに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。


 台座には魔方陣らしき紋様が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡していると、セバスが何やら唱え出した。


「彼の者へと至る道、信仰とエヒカ様の御業をーー〝神道〟」


 その途端、足元の魔方陣が燦然と輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。ある意味、初めて見る魔法に生徒達がキャッキャッと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。


 やがて、雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな町、否、国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。バルハザード王国の王都だ。台座は、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているようだ。


 王宮に着くと、真達は真っ直ぐに玉座の間に案内された。


 教会に負けないくらいきらびやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けてくる。真達はなぜそんな眼差しを向けてくるのかわからかなかった。


 美しい意匠の凝らされた両開きの扉の前に到着すると、その両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がセバスと勇者一行が来たことことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。


 セバスは、それが当然というように悠々と扉を通る。勇等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。


 扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子ーー玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。


 その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。


 国王の名をサルワ・バルハザードといい、王妃をルルペチカというらしい。金髪美少年はランドルフ王子、王女はリリーナという。


 王座の手前に着くと、セバスは真達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。


「セバスよ。ご苦労であった」

「はっ」

「して、どの者が勇者か?」

「あの者でございます」


 セバスが錫杖で勇をさす。


「ふむ。勇者よ。余の前に来ることを許す」


 勇は緊張した面持で、国王の前に進み出る。


「さて、勇者よ。名前はなんという?」

「古野勇です」

「勇者古野勇よ。そして、勇者お付きの者達よ。今、この世界は危機に陥っている。魔王という怪物がこの世界を滅ぼそうとしておるのだ。この難局を救えるのは勇者である古野勇とそのお付きの者達だけだ。我々を世界をどうか救って欲しい」


 サルワ国王の演説を聞き、半ば呆然とする真達。周りの生徒達が口々に騒ぎ始めた。


「うそだろ? 俺達にわけもわからない敵と戦ってか」

「冗談だろ。っていうか家に返せよ」

「どうでもいい世界のために命をかけろとか。ふざけんなよ!」

「いい加減にしろ!」


 パニックになる生徒達。


「静粛に。王の御前ですぞ」


 セバスが、錫杖で床を叩き、じゃらじゃらと鳴らす。


「あの、サルワ王。私達は戦いのない平和な世界から来た者達です。とても役に立てるとは思えません。元の世界に帰してもらえませんか?」


 綾子先生が、サルワ国王の前に進み出て言った。


「ふむ。それは聞けぬ相談だ。それに元の世界に返す方法はない」

「そんな」


 サルワ国王の言葉に、綾子先生は絶句する。


「うそだろ? 帰れないってこと?」

「俺達、ずっとこの世界にいなきゃってこと?」

「冗談じゃないぜ!」

「僕には弁護士になるって夢があったんぞ!」


 周りの生徒達が口々に不平不満を漏らした。


「静粛に。王の御前ですぞ」


 セバスは、再び錫杖をじゃらじゃらと鳴らす。


「心配せずとも、戦い方を教えてくれる者を用意してある。戦士長ワルド・ヘルクレス前へ出ろ」

「はっ!」


 サルワ国王の呼び掛けに、甲冑を身につけた二十五、六位の男が、玉座の前に進み出た。甲冑の隙間から長年鍛えられ引き締められた筋肉だとわかる。相当鍛えてるのだろう。


「この者が勇者とそのお付きの者達を鍛えてくれる。そうすれば魔王など恐るるにたらん。そうだな?」

「はっ! その通りであります!」

「訓練は明日より行うそうだ。今宵はゆるりとするとよい」

「サルワ王、あれを」

「そうだそうだ。忘れる所だった。あれを持ってこい」


 セバスの言葉に、サルワ国王は何かを思い出し、近くの兵士に指示した。


 数分後、命じられた兵士が、檻かごを引いてくる。檻の中に、明らかに人間とは違う肌(灰色)をした者がいた。歳は十六位の男で、耳が尖っている。人間と戦争の際に捕虜となった魔族だ。


「ひと思いに殺せ!」


 檻の中の魔族の男が鉄柱を掴み叫んだ。


 周りの生徒達は、その異様さにびびって動けなかった。


「この者は魔族といって、我ら人間の敵だ。よく覚えておくとよい」


 サルワ国王が、怯える周りの生徒達に諭した。


「セバスよ。勇者に例の聖剣を」

「はい」


 セバスは、教団の者から豪奢な白い鞘に納められた剣を受け取る。鞘には竜の彫刻がなされていた。


「勇者殿。これを」


 セバスは、聖剣を勇に渡す。


「これは?」

「この剣は魔王殺すことができる唯一の剣。その名を聖剣エクスプローラ。勇者にしか扱えぬ剣です」

「聖剣エクスプローラ」


 勇は聖剣エクスプローラをじっと見つめる。


「勇者様。そこにおる魔族をその聖剣でお切りください」

「え?」


 突然のセバスの言葉に、勇は困惑する。固まって動かない勇に、セバスは早くするよう促す。


「どうしました? さあ、早く」


 綾子先生がセバスに食って掛かる。


「待ってください! 彼に人殺しをさせる気ですか!」

「異なことを。彼は人でありません。憎き敵、魔族ですぞ」

「でも!」


 綾子先生とセバスが言い争う中、ワルドが突然、腰にあった剣を抜き、魔族に突き刺す。魔族は緑色の血を吐き、死に絶える。


「陛下、出すぎた真似をして申し訳ありません。ですが、これ以上は時間の無駄だと思いましたゆえに」

「もうよい。その薄汚い魔族の死骸を早く片付けよ」

「はっ」


 そう言って、ワルドは魔族の死骸を檻ごと引っ張っていった。


「勇者古野勇とそのお付きの者達を部屋にご案内せよ」


 サルワ国王は、兵士達にそう命じた。


 真は、この一連の光景を見て、サルワ国王を信じるのは危険だと感じたのであった。


 その頃、ワルドは、人目のない裏庭で、檻かごから魔族の亡骸を引っ張り出す。


「もういいぞ。目を開けて動いても」


 ワルドの言葉に、魔族の男は、ゆっくりと起き上がる。血止めで出血を防いでいた。


「わざと急所を外して刺したが、上手くいってよかった」

「ふん。俺が魔族じゃなかったら、出血多量で即死だったろうよ」

「そういうな。助かったんだから」


 魔族の男が、ワルドに不思議そうな表情を向ける。


「なぜ、俺を助ける? あんたにメリットとかないだろ?」

「そうだな。ないな。ただ、小さい娘と奥さんが国元であんたの帰りを待っていると知ったら、どうしても逃がしてやりたくなってな」

「あんた、甘いよ。よくそれで戦士長なんて勤めてられるな」


 ワルドは、苦笑いを浮かべて、言った。


「はは。よく部下から言われるよ」

「俺の名は、ガルシアだ。あんたは?」

「俺はワルド・ヘラクレスだ」

「この恩は一生忘れないよ」

「恩はいいから、検問所はどうやって通るつもりだ?」


 ワルドの問いかけに、ガルシアは、小瓶を口から吐き出した。


 どうやら、兵士に取り上げられないよう腹の中に隠していたようだ。


 ワルドが、怪訝そうにガルシアに尋ねる。


「なんだ、それ?」

「これは一時的だが、人間に姿を変える薬だ」

「ほぅ。そんなものがあったとはな」

「見てろ」


 ガルシアは、そう言い、小瓶の蓋を開けて、グイッと飲み干す。


 すると、肌の色が段々と白くなり、尖った耳が縮んでいき、見る見る人間の姿に変わる。


「どうだ? 凄いだろ?」

「ああ。そんな薬品、誰が作ったんだ?」

「詳しくは言えないんだ。すまない」

「いや、俺は人間側だからな。気にするな。もう行け」

「ああ。世話になった」


 ガルシアは、ワルドに頭を下げて、駆け足で去っていった。


「俺は戦士長失格だな……」


 ワルドは、ガルシアの去っていった方を見やり、そう言葉を漏らしたのだった。


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2021年10月31日。0時00分。更新。

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