ブラック企業をぶちのめせ!
板野かも
『ブラック企業をぶちのめせ!』本編
第1章 不当解雇をぶち破れ!
第1話 弁護士はどこだ!
職業小説コンテストに相応しい作品がない?
――だったら、わたしが書いてやるわよ。
生徒用の歓談スペースを見渡す教務カウンターの内側で、
勤務二ヶ月目になる
素晴らしいことである。休み時間は休むためのものだ。断じて、好きでもない同僚や上役たちと、行きたくもない飲食店のテーブルを囲み、上辺だけの笑いを取り交わすためにあるのではない。
――さて、と。職コンの既存作品群がなんだって?
志津は改めてスマホの画面に目を走らせ、匿名掲示板の住人達が好き勝手書きなぐったテキストをざっと黙読した。小説投稿サイトで職業小説コンテストの作品受付が始まって二週間になるが、掲示板の書き込みに曰く、賞を取りそうなものがどれ一つとしてない。現時点でのエントリー作品には、創作文芸とは呼べない職業チュートリアルに終始しているものや、コミカルなファンタジーに寄りすぎて職業小説の本分を見失っているもの、あるいは小説以前の
そうかそうか。なるほどなるほど。
志津は書き込みの羅列から目を離し、今度は小説投稿サイトの現物をスマホのブラウザで開いた。トップバナーから職業小説コンテストのページに飛び、応募作一覧を確認してみる。……ふむ。
そこには色々な職業を題材とした投稿小説が並んでいるが、なるほど確かに、読者評価点は未だ小粒のものが多かった。暫定ランキングのトップクラスに食い込んでいる数作品ですら、せいぜい数十人の読者票しか集めていない。
……あれ? これ、今から参入すれば楽勝なんじゃない?
ひとたびそう思ってしまった以上、志津は今すぐにでも執筆を開始したい気持ちを抑えられなかった。もともと、今回のコンテストは見送るつもりだったが、こういう状況なら話は別だ。
よしよし、そうと決まればすぐに書き始めよう。創作意欲というやつは思い立った瞬間が一番熱く燃えているものだ。ひとまずスマホのメモに冒頭部を書き留め、終業後にのんびり家のパソコンで続きを書けばいい。昼休みはまだ三十分もある――。
と、志津が勇んでスマホのメモ帳をタップしたところで、彼女の意欲に水を差す者があった。
「
この小さな会社のツートップ、でっぷり太った教務部長と、小柄で頭の禿げ上がった校長すなわち代表取締役である。
「なんでしょうか?」
「まあ、ここじゃナンだから、ちょっと」
教務部長が奥の部屋に来いと手招きするので、志津は渋々スマホを閉じて立ち上がった。
「さっきも校長と話していたんだけど、まあ、不動先生には試用期間限りで勤務は終わりということにしてもらおうかと」
「……ハァ?」
机の向かいに座る教務部長が息苦しそうな肥満体から絞り出した言葉に、志津は思わず頓狂な声で反応してしまった。
そんな彼女をじとりと嫌な目で見て、ハゲ校長が続けて言ってくる。
「まあ、勤務態度がね、不動先生は良くないよね。生徒からも、ちょっと苦情が出つつあるからね」
突然のことに、頭を巨大なハンマーでガアンと叩かれたような衝撃は否めなかったが、それでも志津は目の前の二人が述べていることの内容をなんとか冷静に理解することに努めた。
――わたしが? このわたしが、勤務態度の悪さで生徒から苦情を受けているだと?
「わたしの勤務態度の何が悪いんでしょうか」
彼女が反論の声を上げると、いやぁ、と首を振って校長が答える。
「そういうところだよ。不動先生はちょっと、ウチには向いてないと、ね、思うわけだよ」
「ほら、不動先生は新人なのに昼休みも一時間きっちり休もうとするじゃない。他の先生がその時間に何してるか知ってる?」
ブタの教務部長が厭味ったらしい口調を志津に向けてきた。バカかこいつは、と志津は思う。
周りのノロマどもは教材や資料の準備にわたし以上の時間をかけているから、昼休みにまで仕事が食い込んでしまうだけだ。わたしは連中よりも素早く仕事を終わらせ、規則に認められた休み時間を取っているだけなのに、それの何が悪い。
「それに、不動先生はこないだアルバイトの講師達とトラブルを起こしたでしょ。そういう人は、やっぱりウチには要らないというのが、まあ、試用期間を通して校長や僕が至った結論なんでね」
ブタの使う誤った日本語に志津の苛立ちはいよいよ頂点に達した。「わたしが」、アルバイト講師とトラブルを「起こした」だと?
あれはバイトの
「それ、それ、そういう目だよ、不動先生。上司の前でなんていう目をするの」
「まあ、会社としてはね、そういう決定なんでね。不動先生は今日はもう帰ってくれていいよ。明日以降のことは、追って部長からね、メールで指示するんでね」
校長の言葉を最後まで聞くが早いか、志津はがたっと音を立てて椅子から立ち上がっていた。
「失礼します」
すたすたと奥の部屋を出て、自分のデスクからカバンとスマホを引き掴む。
ブタの言葉通り、昼休みを早々に切り上げて教務資料の準備をしていたノロマどもが、彼女を遠巻きな視線で取り囲んでいた。
――無能しかいないこの職場に決して愛着が湧いていたわけではない。だが、先程のハゲとブタの言葉は決して納得できるものではない。こんなノロマどもでも試用期間を終えて一年、二年と勤務を続けているのに、わたしが、このわたしが、役に立たないとみなされて放り出されるだと?
同僚達の視線を背中に浴びながらビルを出て、志津はつかつかつかと駅に向かって闊歩した。雑居ビルが立ち並ぶ都会の風景。彼女の目は無意識に、電柱や建物からせり出た無数の看板の文字を追う。
この状況で頼るべきものは何だ? わたしが駆け込むべき先はどこだ? そう、それなら決まっている。このまま終わってたまるか。わたしが無能な厄介者だったということにされてたまるか。必ず奴らに過ちを認めさせ、わたしへの不当な処遇を謝罪させてやる。
――弁護士は、どこだ!
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