25話——街へ

 アルラウネの元で、ハクの糸をカスタマイズする為の素材を教えて貰い、3種類の魔力を手に入れたアマネ達。

 ドワーフ国の水源で見つけた超古代種竜の卵を孵化させる為、アマネはハクに作って貰った炎の毛糸で、現在マフラーを編んでいる。

 今最後の玉を編んでいる所なので、もうすぐ完成だ。


 糸はベージュと白と赤を錬成して貰った。

 家事の合間にベルンの洋服へ刺繍をしたり、自分の部屋のカーテンに模様をつけたり、食事をする椅子に置くクッションに皆んなのイニシャルを刺繍したりと、裁縫を楽しんでいる。

 ベルンにと、ハンカチーフに前世の記憶を頼りに飼っていた猫の刺繍とベルンのイニシャルの『 B』を施した。瞳を潤ませて喜ぶベルンは使うのが勿体ないと言いながら、ポケットに入れて持ち歩いてくれている。


 ライジン達がハクの家も改造してくれて、部屋が綺麗で広くなった。シングルサイズだったベッドも大きくなったし、寝室の家具も新しくしてくれた。リビングにはふたり掛けのソファが置かれ、お尻が痛くならないから縫い物も編み物もゆったり出来るようになったのだ。


 ライジンが作った揺り椅子は、座り心地が本当に抜群で、手仕事に没頭してしまうだけで無く、ついうたた寝するにも気持ちが良くて、気が付いたらハクに運ばれているなんて事もあった。



「出来たー!!」


 ついに炎の毛糸で編んでいたマフラーが完成した。

 どれどれー? 等と自分の首へ巻いていたヴォルグが「あっつい!」と、放り投げたくらいだから、ドラゴンの卵が孵るだけの熱がありそうだ。

 シドから火鼠の毛皮を分けて貰いクッションを作ると、マフラーを巻いた卵をその上に乗せる。どれくらいで孵るものなのかは分からないが、アルラウネが大丈夫だと言ったから、きっと大丈夫なんだろう。

 ふたりの魔人に「どうなることやら」と言われながら、ベルンとふたりで楽しみに待つ事にする。


 ペディが作ってくれた家庭菜園も順調に育ってきている。ただ実るまではまだもう少し時間が掛かりそうだ。


「こっち側が寂しいね」


 ベルンが視線を落とす先は、土が剥き出しのままの畑だ。ドワーフ国から貰った種を全部植えても、畑の半分程が空いてしまっている。


「種買って来て貰おっか」


「え?」


「布も欲しいと思ってたし、おつかい頼みましょう」


 と思って伝えたら、「皆んなで行こうよ」とヴォルグが言い出した。


「いや、でも私……」


 婚約者から逃げて来てこの森に隠れているのに、街へ出るのは抵抗がある。

 ベルンだって、街へ出て怖い目に会っているのだ。人が大勢いる所に出て行くのは勇気がいる筈だ。


「街でばったり仲間のエルフに会っちゃうかもよー? プリちゃんだって、自分で使う物なら自分で選びたいでしょー?」


「うーん…」

「………」


「オレらも行くし、大丈夫っしょ! 心配なら行った事ないトコにしよーよ」


「何でオレも行く事になってんだよ」というハクの抗議はスルーされた。

 ヴォルグがアマネの耳元に顔を寄せてくる。


「デート。したくない?」


「…え…」


 思わずハクの方を見てしまう。

 自分の気持ちを自覚してしまってから、側にいるだけで心臓が平常心を失ってしまう。思いを悟られないようにしないといけないのに、挙動が怪しくなってしまうのだ。実際それで変な顔をされる事もしばしば…。

 そんな調子で一緒に出掛けたりなんかしたら、もう舞い上がってしまいそうだ。だから断ろうと思ったのに


「行きたいのか?」


 なんて聞いてくれたものだから、つい首を縦に振ってしまった。

「さっさと支度しろ」と言われ、浮かれてしまう自分と、そうじゃないでしょうよと後悔する自分の間で揺れ動く。

 ひとりで百面相しているアマネをカラカラと笑いながら、不安そうなベルンの頭をヴォルグが撫でた。


「街ではこうしてよーか」


 ベルンの左手を取ると、そのままぎゅっとにぎってくる。驚いた顔でヴォルグを見上げると、いつも眠る際、頭を撫でてくれる時のような優しい表情が向けられる。


「オレが利用してる間は守ってあげるって約束したでしょ」


「…っ」


「せっかく行くなら楽しまなくちゃねー」


 悪戯っ子のような笑顔を向けてくる。耳まで熱くなった顔を崩すと、ベルンは僅かに俯き頷いた。


 定期連絡便を待つというライジンに留守を任せ、シドとペディの草原モグラに乗せて貰い、6人は森に隣接する『プルルス』という街へ向かった。



 森を抜ける手前で徒歩に切り替え、門ではシドとペディがドワーフの行商で来たと手続きをしてくれる。

 そんなに大きな街では無かったが、大通りの両脇には沢山の店が並び、通行人と店員の声が飛び交う活気で溢れていた。

 ドワーフ国とはまた違う雰囲気に、思わずキョロキョロしていると、通行人とぶつかりそうになっているアマネの手をハクが握ってくる。


「お前、本当に迷い子になりそう」


 意地の悪い笑みを向けられてつい目が泳いでしまう。

「そんな事無いわ」と言う声が尻すぼみになってしまい、益々笑われてしまった。

 とりあえず、目的の物を探しながら、ぶらぶら歩く事にした。

 ドワーフ国と違うのは、食材を扱う屋台や出店が多く出ている事だった。

 調理しながら食べ物を売っている店もあるらしく、通りを歩いていると時々フワリといい香りがしてくる。ずっと嗅いでいると段々お腹が空いてきた。


「せっかくだから食べてみようかー」


 ヴォルグは慣れているのか、あちこちで買い物をすると、自由に座れるベンチに腰掛け、買ってきた物を皆んなで分けた。

 串に刺さって甘辛いタレで味付けされた肉や、中に具材が詰められて、ふかふかに蒸された蒸しパン、蜜がかかった甘酸っぱい果実等、美味しいものばかりだ。

 アマネはそれらを口にして、初めて食べるような懐かしいような不思議な感じがしていた。


 軽く食事を済ませると、ヴォルグとベルンは種を買いに、シドとペディは資材を見に行くからと、別行動する事になった。

 ハクは特に用事は無いと言うので、アマネが見たい店に入る事にする。

 布を扱う店で買い物をしたり、レースやリボンを扱うお店に入ってみたりと、本当にデートしているみたいで楽しい気持ちになってくる。


 歩いている途中で見つけた調理器具の店にも入ってみた。

 所狭しと並ぶ商品棚にはナイフや鍋、変わった鉱石で作られた匙なんかも置いていた。

 ハクが珍しく興味を惹かれたのか、ナイフを手に取って眺めている。

 アマネは狭い通路をゆっくり歩きながら、鍋の棚で足を止めた。


「「わー、この鍋良いなぁ」」


 深さも大きさも丁度良さそうな鍋に手を伸ばした所で、同じくそれに伸びて来る別の手に驚き、其方を見る。

 相手も同じだったようで、驚いた顔が此方へ向けられていた。

 丸い眼鏡のアマネ位の身長の男性だ。


「料理されるんですか?」


 アマネに問いかけられ、その男性がくしゃりと表情を崩した。


「いやぁ、奥さんにと思って。新婚なんス!」


「そうなんですか? 素敵ですね」


 口が広いし深さもあるからきっと使い易いと思うと、すっかり意気投合してしまい、その内あちらはどうだとかこっちのも等と話し込んでしまっていた。


「お嬢さんこそ料理されるんスか?」


「はい。あまり上手くは無いのですが」


「ひょっとして新婚だったり?」


「えっ!? えー、まぁ、そんなトコ、です」


 新婚は新婚なのだろうが、彼の言う物とは違うと思うと、つい言葉を濁してしまう。


「その洋服はプレゼントっスか? 不思議な魔力が籠ってますね」


「分かるのですか?」


「自分、魔術士なんで!」


「え…」


 魔術師と聞いて、アマネの表情が強張った。彼はそんな様子には気付かなかったのか、尚も話し続けている。


「ちょっと調査で来てるんスけど、上司と逸れちゃって…。探して歩いてたら良い店見つけたんで入ったんスよ」


「そうでしたの。お仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい」


「いえいえ! そんな! お嬢さんは…貴族の方…っスか?」


「まさかまさか! ただの村人ですよー」


「へぇ…」


 その割には話し方といい、仕草といい上品な人だなぁと魔術師は思う。不躾とは思いながらつい全身へ視線を走らせる。


 内心冷や汗をかいていると、良いタイミングでハクに呼ばれた。


「アマネ! そろそろ行くぞ」


「はーい」


 ハクヘ向かって返事を返し、目の前で不思議そうな顔をしている魔術師へ笑みを向けた。


「では、私は此れで。上司の方とお会い出来ると良いですね」


「あ、はい! ありがとうございます」


 アマネがハクの側へ行くのを、魔術師はじっと見ていた。

 ハクと目が合うとゾクリと背筋が冷えた気がした。押さえられてはいるが、得体の知れない魔力を感じる。ただ、彼女は新婚だと言っていた。今も人前で躊躇いもせず手を繋いでいるし、良い仲ではあるんだろう。

 連日の調査で疲れているのかも知れない。

 さっさと団長と合流しなければ、と彼らの後から店を出た。



「あれ魔術師だろ?」


 ハクに聞かれてドキンと心臓が冷えた。


「え? 分かるの?」


「まぁな」


 ハクが後ろを振り返る。

 さっきの魔術師が誰かと合流したようで、遠くからでも怒られているのが分かった。

 ふと上司らしい人物と視線が交わる。

 これだけ離れているにも関わらず、相当腕の立つ男なのだと、彼の纏うオーラを見て分かる。

 まぁ、関わる事は無いだろうがな。

 ハクはさして気にも留めず、前方で此方に向かって手を挙げる4人へ視線を送った。




 何だ……アイツ……


 魔術師と合流した騎士は、一瞬目が合っただけの白い男を呆然と眺めていた。

 サイクロプスと対峙した時ですら平常心でいられたのに、どうだろうか。

 ほんの一瞬、目が合っただけなのに体中鳥肌だ。こんな事は久しく無かった。

 彼の本能が「アイツはヤバい」と警鐘を鳴らしているのだ。


「どうしたんスか? 団長??」


 はっと我に返り、不思議そうな顔で此方を見ている魔術師へ「何でもない」と首を振る。

 再び視線を向けた時には、もう人混みに紛れて見えなくなっていた。




 アマネ達が廃村へ帰り付くと、既に陽が傾きかけていた。


「楽しかったね」


「色んな種が買えたよ! 明日早速植えよう」


 そんな話をしながら、アマネとベルンが夕食の支度を始める。

 リビングの隅に置かれた卵の異変には誰も気付いていない。

 マフラーによって熱を得た真っ黒な竜の卵に、ぴしりと小さな亀裂が入る。少しずつ少しずつその亀裂が大きくなっていくのだが、その変化に気付く者はいなかった。

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