13話——異変

 やっとの思いで到着した、ドワーフ国の入り口の入り口にて。

 突如武装した兵士達に囲まれて武器を向けられたアマネは大いに狼狽えていた。

 正面には一際大きなドワーフの屈強な兵士が睨みを効かせている。

 悪い事をしたつもりは全く無いが、睨まれると体が縮こまってしまうのは、もう条件反射のようなものだ。

 鋭い眼光を向けられて、体が強張ってしまう。


 大きな手がアマネの肩に置かれハクが背に隠すように前へ出る。


「もう面倒くせぇじゃねぇか」


 チッと舌打ちすると、射殺さんばかりに兵士達にガンを飛ばしている。


「んーこれは予想外だよねー」


 ヴォルグはヴォルグで後ろの牽制だ。

 刃先からアマネを隠す様に立つハクの横顔を見上げる。

 どうやらパニックに陥っていたのはアマネだけのようだ。

 頼もしいふたりの背中に、アマネの恐怖心がみるみる萎んでいく。


 少しばかり冷静さを取り戻し、彼等を見渡すと、怯えているのは相手の方らしいという事が分かった。

 よくよく見ると、大人に混じって幼さの残る顔立ちも紛れている。

 アマネと目が合うとビクリと肩を揺らす始末だ。

 これは何か事情がありそうだ。


「見たところ人間と、Sクラスの魔人の様に見受けられるが…我が国にいか用か」


 大柄の兵士に問われて、意を決したアマネがハクの後ろから顔を出した。


「突然押し掛けてしまって、申し訳ありません。あなた方の事情を知らなくて…。私達はただ交渉したくて来ただけなのです」


「交渉だと?」


「はい。実は裁縫道具が壊れてしまって……。此方には腕の良い職人が居ると聞いて、作って頂けないかと思ったのです」


「……裁縫道具?」


 大柄の兵士がヴォルグへと視線を移す。


「あ、オレは家直してくれる職人借りに」


 今度はハクヘと向けられる。


「オレはただの付き添いだよ」


 三人の言動にドワーフ達の困惑は更に深まったようだ。

 そんな事の為に人間の小娘と上位クラスの魔人がふたりもやって来るのか?

 とまぁ、顔に書いてある。

 それはそうよね。信じろと言う方が難しいのかもしれない。


 ハクが彼等の中の幼い兵士達に視線を走らせる。


「あんたらの事情は知らねぇが、この国を襲撃するつもりならもっと別の手段を取ってる。ましてや足手まといでしかない人間の小娘なんか連れてこねぇよ。それでも戦り合うってゆーなら…相手になってやるがな」


 ハク、顔!! 悪い顔出てる!

 幼顔の子達が震えがっちゃってるよ!

 今にも泣きそうだよ!

 それくらいで勘弁してあげて。


 どよめくドワーフ達を宥めて、大柄の兵士が再び口を開いた。


「貴殿らの事情は分かった。…が、今少々立て込んでいる。悪いが出直して——」


 言い終える前に、奥からひとりのドワーフが駆け寄ってくる。

「隊長!!」と声を掛けると、耳打ちする様に用件を伝えている。

 その様子を見ていると、横でハクが溜め息をついた。

「ややこしい事になりそうだ」

 その呟きにアマネは不穏な雰囲気を感じた。

「王様自らとはね……」

 ヴォルグまでもが小さく呟いた時、報告を聞き終えた兵隊長が、改めて此方へ向き直る。


「国王が貴殿らに会いたいと申している。お目通り願いたい」




 一度は追い返されそうになったが、どういう訳か国王陛下に謁見する事になり、ようやくドワーフの国内へと足を踏み入れた。

 洞窟を通り、その奥の頑丈に造られた門を通ると、そこには人間の国と遜色のない城下町が広がっていた。

 城を囲む様に町が形成され、真っ直ぐに伸びる大通りの両側には屋台やら出店やらが並び、更に奥の方には商店街もある。

 兵士達に前後を挟まれ、物々しく移動する。

 街並みも美しく、ドワーフ族らしく物作りの専門店が多い様に思われたが、何か違和感がある様にアマネには感じられた。


「人がいないな」


 そうだ。

 折角沢山のお店が並んでいるのに、それを見て回るお客さんの姿が無いのだ。

 しかもよくよく見れば、閉まっているのか店番もいない店舗もある。

 全体的に活気が無いように感じられた。


「普段はもっと賑わってるのに、どうしちゃったんだろうねー」


「これが兵士達がピリピリしてんのにも関係ありそうだな」


 ヴォルグとハクの話を耳に入れながら、ふと見た先。その店の品揃えを見て、アマネは無意識に足を止めていた。


 ミシンだ!

 ミシンがある!! あれ欲しい!!

 何この裁ち鋏…大きさと言い、握り心地と言い素晴らしいわ。

 このまち針可愛い! カラフルだし綺麗で縫い物が楽しく——


「何やってんだお前は」


 低音ボイスと共に首の後ろを掴まれる。


「待って! 少しだけ! 少しだけでいいから!!」


「後でな!」


 有無を言わさず引き摺られ、一行は再び城へ向かって歩き出す。


 ゆっくり裁縫がしたいだけなのに……



 城内は町とは打って変わって慌ただしい。

 文官らしきドワーフ達が行ったり来たりと目まぐるしく動き回っていた。

 しかし、こちらも少々空気が張り詰めている。

 本当に間の悪い時に来てしまったようだ。

 少し待って欲しいと言われ、客室へと通された。


 広い部屋で、お茶を楽しむ為のテーブルセットや、ふかふかで大きなソファーもある。

 忙しそうだし、何の先触れもなく来てしまった為に優先して貰える訳も無く。なんなら「何でこんな時に」くらい思われているかもしれない。

 ただ時間だけが流れていく。

 暇だし、退屈だ。

 折角時間あるし、針とか持って来てるし、縫い物でもしようかな。

 でも……


 チラリとハクを見ると、ポットからお湯を注いでお茶を自分で用意していた。


 糸欲しいって言ったら、またアレが……

 嫌じゃ無いんだけど恥ずかしいし、なんて言うかこう、体がムズムズするというか……ん?

 あれ?

 イヤ…な訳じゃ…なかったな……あれ?


「顔。人の事言えねぇぞ」


「え?」


 顔を上げると手のひら大の球が飛んで来た。

 反射的にキャッチすると、ハクの糸塊だ。

 思わずハクを見ると、カップを傾けながら悪い顔してニヤついている。

 どうやらアマネの考え等お見通しのようだ。

 悔しいが、暇すぎて裁縫したい欲望には勝てなかったから貰う事にする。

 またアレが待っているのだろうが、今は考えない事にした。


「お茶、飲むんだね」


 魔人は人間のような食事はしないと言っていたのに。


「人間みたいな食事が必要ないだけで、出来ない訳じゃないからな」


「ハクは魔人なのにどうして人間の家に住んでるの?」


 素朴な疑問を口にしてみた。

 前から気にはなっていたのだ。

『拠点』と言っていたあの場所はちゃんと家だし、使われてはなさそうだが家具がある。

 調理器具もある程度は揃っていた。皿やシルバーもある。

 使わないのに、どうして手入れされているのか。


「魔王の配下に下って、落とされた場所があの廃村だった。誰も寄り付かないし、丁度良かったから拠点にしてるだけだ」


 群れない魔族なら、自分よりも強者がいる場所には近付かない。

 逆に人間も魔人のいる廃村にわざわざ住みたい等とやっては来ない。

 200年前は保っていた家屋も、誰も住まなくなって年月が経てば朽ちていく。

 あの家が無事なのはハクの魔力の影響なのだという事だった。


 それは分かった。

 でもそれだけじゃ説明のつかない事もある。

 ハクは道具の使い方を知っているのだ。

 ヴォルグも無知では無いが、ハクは彼に比べると自然過ぎる程違和感なく使用している。

 時々ハクが魔人だと忘れてしまいそうになるくらい。

 もしかして…


「もしかして、ハクって——」



 コンコン


 扉をノックする音が響き、文官らしきドワーフがやって来た。


「王がお呼びです。こちらへどうぞ」


 謁見の間。

 扉が開いた瞬間に、ヴォルグとハクから笑みが消えた。

 玉座で片肘を付き、此方を油断なく見据えるドワーフの王を警戒する。

 門から此処まで様々なドワーフに会ったが、ふたりが警戒するような者はひとりも居なかったのだ。

 普通のドワーフよりも大きな体躯、目力もその身に纏うオーラも桁が違う。

 間違いなく強い。

 ……にも関わらず、ズンズン先へ行くアマネ。

 本当に緊張感が無いと言うか、変な所で肝が据わっている。


「待たせてすまぬな。今立て込んでいるのだ」


「こちらこそ事情も知らず押し掛けてしまい申し訳ありません」


 この辺りは流石元貴族令嬢だと感心するが。


「して、この国に来た用件を聞こう」


 ドワーフの国王に問われ、先程入り口で話した内容をそっくりそのまま繰り返した。

 さすがに本当だったとは思いもよらなかったのか、ドワーフ王は呆気に取られている様子だ。


「よもや本当だったとはな。折角の依頼を受けたいところだが、人手が足りぬのだ」


「町を拝見しました。職人の国らしい美々しい様に眼福の極みでございました」


「確かにプリちゃんの目がキラキラしてたねー」と後ろで笑うヴォルグを受け流す。


「…ですが、いささか活気に欠けるようにも感じられました。差し支えなければ、事情をお聞かせ頂けませんか?」


「聞いちゃったねー」

「聞いたな」

 え? と振り返ると、ヴォルグは苦笑いし、ハクに至っては眉間にシワが寄っている。

 マズイ事聞いちゃった? と思った時には後の祭りだ。


「ドワーフ国の水源にドラゴンが住み着いたのだ」


「ドラゴン……ですか?」


 いとも簡単に理由を告げたドワーフ王へ、改めてアマネが視線を向ける。

 聞かされちゃったよ。

 このバカを何とかしてくれ。

 ふたりの魔人の心の声はアマネには全っ然届かない。


「その水源は我らの食料を調達する為の拠点でもあったのだ。珍客のお陰で今は水も食料も不足していて、この国は飢餓に陥っている。今は保存食でなんとか賄っている状況なのだ」


「まぁ…そうでしたの」


「今は働き手も戦力も足りぬ。よって主らの依頼に応えてやるだけの余力が無いのだ。許せ」


「私が行きましょうか?」


「「「は?」」」


 珍しくヴォルグとハクがハモっている。そこにタイミングばっちりにドワーフ王が被せて来た。

 にっこりと微笑み両手で指し示す先にはSクラスの魔人がふたり。

「え? オレも?」

「冗談だろ」

 そのふたりの呟きはもはやアマネには届いていない。


「但し条件があります。オリハルコンを無償で譲ってください。それで裁縫道具を揃えて頂きたいのです。特にハサミが! 一刻も早く!! あと、家を直す技術を持つ職人さんを派遣して欲しいのです。如何ですか?」


 ドワーフの王は恐らく此れを待っていたのだ。

 国力が弱まり、頭を悩ませていた所へ依頼したいとやって来たSクラスの魔人。それもふたりも。しかも従えているのは人間の小娘だ。

 さぞ腹の中でほくそ笑んでいる事だろう。

 この狸親父め。


 ドワーフ王の鋭い眼光がアマネへ向けられる。

 それを怯む事なく受け止めているこのお人好しに、ハクのイライラが最高潮に達した。


「出来るのか?」


「は——んぐ!」


 はいと躊躇いもなく答えようとしたアマネの口を大きな冷たい手が塞ぐ。


「先ずは調査を。それから正式に受けるかどうか決める。それでいいだろ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る