家に住み着いている妖精に愚痴ったら、国が滅びました
猿喰 森繁
第1話
努力しても得られないものはある。
「もう、お父様ったら」
「はは。こりゃ参った」
「ふふふ、もう二人ともよして…食事が進まないわ」
「だって、お母様…あ、」
妹の一声に仲睦まじく食事をしていた両親と傍に控えていた使用人たちの視線が、私に集まった。一瞬で、場が白けた空気になるのを感じる。
「何の用だ。私たちが食事をしている時は、部屋にこもっていろと命じたはずだ」
「申し訳ございません」
私は、足早に立ち去ろうと、足を一歩前に踏み出そうとした。
「待て」
「…はい」
「謝罪の一つもろくに出来ないのか」
「…申し訳ございませんでした」
私は、部屋に入ると、土下座をした。
「お父様。私、こんなの見たくないわ。食事がまずくなっちゃう」
「そうよ。貴方、早くこれを下げてちょうだい」
「畜生の躾は、その場でしないと意味がない。仕方ないだろう」
「そうね。そうしないと忘れちゃうんだっけ?」
「そうだ。その場で、何がいけないことなのか、自分がやったことがいかに悪いことなのか教えてやらなければいけない」
「動物の躾って大変ね。私、これから出来るかしら」
「アイラは、優秀だからな。すぐに出来るさ」
「そうね」
「… … …」
私に発言権はないので、じっと黙る。
その姿を使用人たちが、面白い劇でも始まったとでも言うような表情で見ている。それもそうかもしれない。彼らは、人がなぶられている姿を見ることにどうやら快感を覚えるようなので。私の姿は、彼らにとっては、ごちそうなのかもしれない。
しかし、今回は、タイミングが悪かった。
どうしても課題が終わらず、普段ならば部屋にこもっていなければいけない時間を完全に忘れて、学校の図書室にいて、課題をしていたのだ。
私の部屋には、決められたものしか置いてはいけないというルールがある。使用人たちは、毎日私の部屋にやって来ては、持ち物検査をしていき、なにか見つけようものならば、すぐさま父に報告が行く。
私の部屋に戻るには、この部屋を通り抜けなくてはならない。
使用人がちょうど扉を開けたときに通ってしまうなんて、私も運が悪い…と、思ったが、ドアを開けた使用人の顔が意地悪く歪んでいたところを見るとわざとらしい。
使用人たちは、日ごろの不満を私にぶつけるように、私が仕置きされる姿や声を聞くのが、大好きなのである。
「エミリア、後で部屋に来い」
「かしこまりました」
■
部屋に鞭のしなる音が響く。
「ぅ、ぐっ!あ゛ア、ぃぎ!」
「まったく!お前は、本当に、我が一族の、面汚しだ!」
「も、申し訳ございません!お父様、もぅ、しわけ、ぃ!」
痛みで、意識が朦朧としてくる。
防衛本能なのか、頭が少しずつ白くなっていく。
「加護はない。魔法は使えない。頭も身体能力もない。お前は、能無しの屑だ。一族のごみだ」
「…も、ぅしわけ、ご、ざぃませ、ん」
「その醜い顔をまた家族団らんの時に見せてみろ。今度は、殿下に報告して、婚約を取り消してもらう」
「は、ぃ」
ぼやけた視界で、天井らしきものを見つめる。
殿下から、婚約を破棄された瞬間、私の身に何が起きるかなんて予想はつく。
殿下は、おそらく私との婚約を取り消すことなんて、何も思わないんだろうな。仕方ない。殿下は、私の家の血が欲しいのだ。
私の一族は、代々優秀な魔法士を輩出している。先祖は、神霊の加護を受けたらしく、その恩恵を受けているというわけである。そして、私には、なぜかその加護がないらしい。
私たちの世界は、精霊の加護がなければ、魔法が使えないとされている。
魔法が使えない私は、その加護がないということだ。
加護がない人間は、周りに不幸をもたらすと言われている。そのおかげで、私は、いくらひどい扱いを受けても良いという判断が家族になされているようだ。
今のところ、私のせいで誰かが不幸になったという話は聞いていない。まぁ、聞いていたら、私の命なんてとっくになくなっているだろうけど。
「大丈夫かい?」
「ぅ…ぁ、ポッド?」
「今回は、一段とひどいね。今、治してあげるからね」
優しくて、あたたかな光が私の体を包む。
痛みが少しずつ和らいでいく。その温かさに包まれると、私はいつも泣いてしまう。
「いつもありがとう。ごめんなさい」
「いいんだ。ぼくは、ここの屋敷妖精だからね」
屋敷妖精とは、屋敷の家事やその屋敷に住んでいる者の手助けをすると言われている妖精である。私もポッドを見るまでは、ただの伝承だと思っていた。
ポッドとの出会いは、偶然だった。
私はその日、ご飯を抜かれて2日ほど経っていた夜だった。
さすがに空腹で、お腹が痛くなり、寝付けないので、こっそりと台所に忍び込んだのだ。そこで、ネズミ捕りに引っかかっているポッドを見つけたのだ。
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