第3話 冒頭と結末

今日、2年ぶりに中学校に行ったよ。全然変わってなくて、泣きはしなかったけどすっごい感慨深くなった。


菜乃花が中学校の事を思い出す時、1番にでてくるのが僕だったら良いな。


明日は図書館に行こうと思ってるよ。


覚えてる?初めて一緒に行ったボランティアの事。あの時食べたホルモン焼きが、僕の人生のホルモン焼き史上最高に美味しかった。


図書館なんて意識してなかった場所なのに、君のせいで特別な場所になりそう。


それも悪くないかもなって思えるよ。


 



 


 普段、日記なんか書く習慣ないのにここ数日夢中になったみたいに菜乃花への文章を書いている。せっかくの遺書なのにこれを見られたら、後追いをする気でいると勘違いされるかもしれない。もし事故か何かで亡くなった後に見られたら、自分でも完全に後追いにしか見えないと思った。

 11ページ先まで飛ばして書いてある、このノートの1ページ目に書いて置くことにした。




 まず、お父さんお母さんそしてじいちゃんばあちゃん。先立つ不幸をお許しください。


今回僕が亡くなったの事故もしくは何らかの事件に巻き込まれたからだと思います。


今、遺書を書いているけど死ぬ気なんてさらさらないし、なんなら一生生き続けたいと思うぐらいには命を大切に思ってます。これを見つけても動揺しないでください。皆のこと大好きだよ。






 


 よし、これで完璧。遺書の始まり方としては非の打ち所がないはず、満足して遺書を閉じて鞄にいれた。

 菜乃花の通夜の後に聞いた話だと遺書や遺言は残ってなかったらしい。やっぱりそれって寂しいよな。遺書は、この世界に自分が確かに居たってことを証明する方法の1つのように思えた。世界に対して何かを残せるような偉大な人間にはなれそうにないけど、せめて周りの大切な人達には何か残せれるような人間でありたいと思う。菜乃花のように。

 今日は久しぶりに身体を動かしたからなのか、菜乃花の訃報を聞く前の夜みたいに溶けるように眠りつけた。


 今日も昨日のように日は登って来たけど、夜の間に少し雨が降ったみたいで、濡れた地面の匂いがする道を自転車で通り過ぎて行く。僕は家に1番近い進学校に通っている。菜乃花は、4つ駅が離れている学校にわざわざ通っていた。

 正直後悔してる。無理を言ってでも同じ所に行けば良かったって。もしかしたらの話なんて不毛でしかないけど、同じ所に通ってずっと一緒に居られていたら、菜乃花は自殺なんてしなかったかもしれない。

考えても仕方ないって分かってても、やっぱり僕にはまだ簡単に割り切れそうになかった。


今日の授業も終わり、このまま図書館に向かう気満々でいた。荷物をまとめて教室を出ようとしたその時、菅井に呼び止められた。


「和泉、この後暇?」


「まあ一応」 


「ナン奢るから少し付き合ってくれ」


「なんでナンなん?最悪、くだらん事言わせんな」


「お前が勝手に言っただけだろ、とりあえず付き合って」

 半分連行される感じで、いつものショッピングモールに向かうことになった。フードコートからエレベーターで2階に上がった所にある、インドカレー屋さんに入る。めちゃくちゃ陽気な多分インドの人が迎い入れてくれて、席へと案内された。

 密談するにはあんまり相応しくないような雰囲気が漂うここで、席に着いた菅井は、真剣な面持ちでこちらを見つめる。


「何見てんだよ」 


「笑わないで聞いてくれるか?」


「聞くだけ聞いてから決める」 


「ありがとう、とりあえず注文するか」


「おすすめは?」


「チーズナンセットのチキンカレーがおすすめ」


「じゃあそれで」

 菅井がこなれた感じで注文を簡単に済ませてから、重そうに口を開けた。


「先週ここに、彼女と飯食べに来たんだけどさ」


「クリスマスのツリー祭りに連れて来てた子?」


「そう、その子。その子とさ、ここでカレー食べたんだけど、お互い別々のメニューを頼んで、シェアしながら食べたんだけど、多分俺の頼んだメニューの方が美味しかったの。だから、また今度来た時こっち頼みなって話したらさ、昨日。昨日」


「一旦落ち着けよ、昨日どうしたん?」


「元彼と食べに行っていいか?って聞かれた」

 返す言葉に頭が思いつかなかった。頭が、半分理解を拒む程に話の流れが繋がってないように感じてしょうがなかった。


「菅井はなんて返したの?」


「そっか、楽しんでって」


「なに送り出してんだよ、正気か?」


「だってさぁ、


「お待たせシマシタ、チーズナンセットのお客様!」

 会話をぶつ切りにするように注文した品が届いたことで、僕と菅井は一旦冷静さを取り戻し、理路整然に起きたことと理由について話すことが出来た。

 だいたい要約すると、彼女の周りの男達は彼氏がいる事を知っているのに遊びに誘うようなろくでもない奴ばかりだと言うことと、彼女自身もそれを断ったりしないような人物だということ。


「めちゃくちゃ言い方わるいけど、なんでそんな人と付き合ってんの?一緒にいてしんどくならない?」 


「しんどいとこがないって言ったら嘘になるかな。上手く言えないんだけどそれだけじゃないんだ。付き合う付き合わないってより、見殺しにするかしないかでしないを選んだってだけ」


「どういうことなん?」


「長くなるよ」


「大丈夫最後まで聞くよ」


「なら、話そうか」

 菅井は彼女とは幼稚園の頃からの付き合いでずっとそばで見てきたと言う。彼女は両親が厳しくて、何をするにもいい結果を残さないと失望されるってプレッシャーをずっと抱えて周り人に虚勢を張りながら生きているらしい。120点の理想の自分と、本当は頑張りたくない30点の自分でバランスが取れてなくて、体調を崩した彼女を見て、自分が支えないといけないなと思ったらしい。彼女が頑張らなくても良い居場所になろうって。

 そこまで言い切ると、一息つくようにナンの追加注文をした。


「好きなだけ食べていいよ、ここは奢るから」


 ナンのおかわり無料とデカデカと張り紙があるのに、奢った風を装おうとする菅井が面白くかった。意外にこいつダメージ受けてないなって思った。


「なんとなくはわかったけど、それはそれとして元彼と遊ぶのはいいの?彼氏いるのに遊びに誘うって、ワンチャンあると思われてるってことだと思うんだけど」


「まあ、元彼と言っても4人いるんだけど、全員1ヶ月持たなくて振ってるから、申し訳なさで無視する訳にもいかないんだと思う、学校同じだしね。それに、ワンチャンなんてないよ。そんな風にやましいとこがあったら報告なんてせずに黙って遊びに行くだろうし」


「あー確かにな」


「そもそも、他の奴らと付き合いの年季が違うからな、こちとら14年物だし。でもそれはそれとして他の男と遊ばれるのはムカつく。けど遊ぶ女の子いないし、和泉に代打してもらおうかなって」


「彼女の代打って絶妙にやだな」


「まあ、奢りだしそんなこと言うなよ」


 晩御飯が入らなくなるほどにナンを胃に詰めてから、店を後にする。菅井も食べ過ぎたみたいで、店を出た後は口数も少ないまま解散した。美味しかったけど、1年分ぐらい食べた気になった。

 菅井の彼女を見たのは去年のクリスマスに駅前であったツリー祭りだった。小柄だけど、ハキハキとした感じの可愛らしい女の子。そんなイメージしかなかったから、今回の話で結構印象が変わった。どんな人でもしんどいものを抱えていきているんだなって改めて思わされた。


 僕が菜乃花と最後に会ったのはこのクリスマスだった。

会ったと言っても会う約束なんて勿論してなかったし、偶然ばったり出会っただけだったけど。








こっちは男4人で女っ気なんか無いメンツでお祭りを回る気でいたが、菅井だけが裏切って彼女を連れてきていた。

菜乃花は女友達何人かと来ていて、偶然並んだ出店の列で少し会話を交えた。


「菜乃花、久しぶり」


「わ、翔じゃん、久しぶり。……また背伸びてない?」


「わかる?成長期来てるわ」


「豆粒だった頃が懐かしくなるね」 


「そんな頃なかっただろ」

 久しぶりなんて思えないぐらいに、いつもの感じで安心した。順番が来るまで、近況報告みたいな感じで色んなことを話した。この時間が永遠に続けばいいのになんて思った。

思っただけで僕は何も変われなかった。


 


 



 菅井みたいな相手がどんな事をしても、許容出来るような器の大きさが羨ましかった。他の男と遊びに行く彼女とそれを許容する彼氏。形だけを見ても歪んでて、普通じゃない。それでもこの2人の間には確かな信頼関係みたいなのが見えた。羨ましかった。

 取り戻しの効かないことほど、時間が経てば経つほどに惜しくて惜しくて仕方なくなる。僕が菜乃花を許せるくらいに大人だったら良かったのにな。

心に詰まった感情は溶けることなく、僕を蝕んでいた。

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