剝げる

 奉行所は【天明】地区で発生した事案での、犯行に及んだ被疑者を特定させる。そして、茶太郎は“蓋閉め”作蔵に援護を求めての被疑者御用へと動き出す。


 その全貌が、今明らかになるーー。



 ***



 遡ること、三日前。事実が明確なる経緯は、こうだ。


 ーー知らないおばちゃんだったよ。ぼく、こわくていう通りにした。おばちゃんにスマートフォンを渡されて、紙に書かれていた文を読んだよ。


 “蓋閉め”作蔵が解いた“障り音”には、事案で不明確だった情報が幾つも含まれていた。通報者は事案現場近くの小学校で学ぶ児童だと判明され、捕り物茶太郎は当事者から聴取を執るに至った。


 ーー泣かないで、私がその人を見つけて激しく怒ってやるからね。


 茶太郎は児童を宥め、振り絞る声に耳を傾けた。児童は下校最中だった通学路の曲がり角に差し掛かったところで見知らぬ女性に呼び止められ、事案の通報を強制された。当然、茶太郎は静かに怒りを膨らませた。弱い立場の子供に強いる行為は罪に当たる。


 通報時の声質は成人男性。では、どこで児童の声質が変えられたのか。考えられるのは通話機器の使用時。この時点で通力“障り音”が発動されていたのが疑われる。計画的な行動だと思われるが、当事者は児童に渡した用紙を回収せずに去っていた。事案捜査に於いては重要な物的証拠として、茶太郎は児童がランドセルに仕舞っていた、くしゃくしゃに丸められた用紙を預かる。


 ーーだんな、痕跡がついとったばいた。と一緒だった、ばいた。


 証拠品は直ぐに鑑識された。次から次に判明される事実、通力“障り音”を発動させた当事者も同じく。


 事案の当事者は飾るばかりを意識し過ぎて、尻尾を仕舞い込むのを忘れていた。


 悪業は、必ず暴かれる。それにしても、見縊られていたのが腹立たしいーー。



 ***



『きいいいっ。ああ、頭にくるっ』


 癇癪を起してもどうにもならない、ただ惨めとしか言いようがない。先程まで美しく飾っていたのとかけ離れた姿は“化け”そのもの。それも、猫だ。


「茶太郎、女の全部がヒステリックだと考えたことあるか」

「つまらないことを訊くな。私の妻になる相手は、そのようなことはない」

「悪かったな。茶太郎、さっさとおっぱじめるぞ」


「御意。作蔵、援護を頼む」

 茶太郎は通力“影切り”発動で使用する、腰に着ける藍染めの麻袋を掴む。


 ーー源、蓋は開かれる……。


 同時に作蔵が通力“蓋閉め”発動詠唱に入る。


 ーー縛、影捕り……。


 茶太郎も作蔵に続いて通力を発動させる。地面で象る茶太郎の影は「むくり」と剥がれ、先端が“化け”の影へと這う。


『きいいいいっ、何なのよ。あ、あ……。何、何。悔しいっ』

 “化け”は藻掻いていた。茶太郎が発動した通力によって、動きを封じられていた為にだ。通力詠唱も同じく。云わば“化け”の行動はすべて止められたのであった。


「間違いない。こいつが“障り音”の使い手だ。そして生き物の魂が入り込んでいる。こいつの“変化”の象りの基になっている、茶太郎“化け”の影を斬れ」

 作蔵は魂の声を聞くことが出来る。それは死を遂げた生き物も当てはめられる。

 影を斬れば“化け”は通力を失う。だからといって、罪業から逃れるはない。


 ーー断、影剥がし……。


 躊躇うことはない。突破させるに、茶太郎は影で象る刃を“化け”の影に振り落とす。


「よしっ。めいめい、飼い主の面倒は茶太郎に任せて《花畑》に行ってらっしゃい」

 間髪を容れずの作蔵の手から離れる、橙色の貌は猫の魂。


 にゃあん。と、鳴き声が聞こえる。作蔵には象りが見えている、屈んで撫でる動作がそうなのだと。


「わああああん、わああああん。行かないで、行かないでよお、めいめい」


 ーーめいめい、めいめい、めいめい……。


 人の象りに戻った“化け”は、茶太郎に縄を掛けられても泣き続けたーー。



 ***



「ええ、それはわたしの耳飾りよ。あの時、落としたの。どうりでいくら探しても見つからなかったのね。だって、貴方が拾っていたからね」

 牢屋敷の穿さく所にて“化け”は茶太郎より事案の吟味を受けていた。


 犯行後、通報を下校途中の児童に強制させて目撃者を装う。どれも犯行の隠ぺい工作だと見なし、裏付けとなる証拠及び証言を“化け”に突き付けての吟味だった。


「ところで、可愛がっていた猫の名前に由来はあるのかい」

「いきなり、それなの。でも、聞きたいならいいけど『めいめい』と泣いていたから、めいめいと付けたの」

「全部の世話をしたのだったね。だったら、むやみに人を引っ掻くなんてしなかっただろう」

「そうよ、とても賢い猫だったわ。だけど、長生きできなかった」

「つい、この前まできみの中で生きていたのだよ。だが、きみは飼い猫の姿を象って人に危害を加えた。私が猫の立場だったらとても傷つく、とても悲しい」


 “化け”が「あ」と、小さく叫ぶ様をした。


「被害者はきみよりもっと傷ついている。顔に一生残る傷をこさえたからね。同じ女性のきみなら、どう思う」

「わたしだったら化粧で誤魔化す。でも……。」

「大切なことを失った哀しみは、どうなのだい」

「……。引き摺る。むしゃくしゃして、当たる。相手に猫の話をされてかっと、なったの。気付いたら相手はーー」


 “化け”が、胸元を押さえて苦しみだした。茶太郎は当然“化け”の異変に気付く。

 “化け”は「がはっ」と、吐血した。何が起きている、吟味で基礎疾患を悪化させたのか。表面は人だが“化け”だ。いや、人だからーー。


 ーー容疑者が胸を押さえて血を吐いた、直ちに緊急搬送の手配を頼むっ。


 茶太郎の、痛烈な叫びだったーー。

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