呪塗り
丘陵
雑木林の奥からほうほうと、物悲しそうな梟の鳴き声が聞こえる。
冬なのに、真夏を思わせる暑さ。しかも夜が更けている時の刻で。冷え込むと思い、わざわざ厚着をしていたが役に立たなくなってしまい、一枚、二枚と着込む衣類を脱ぎ捨てる。
「兄ちゃん、喉が渇いて堪らない」
「静かにしろ、唾を飲み込んで凌げ」
「雄治、俺も貫三郎と同じだ。何処か水が飲める場所を探そうぜ」
雄治と呼ばれた男は「ちっ」と、舌打ちをする。
男、雄治は仲間を連れて何処かを目指していた。薄着になっても鶴橋、縄、鉄製の鎚といった道具を抱えて。明かりを灯さずで、背丈を超える雑草の中を突き進んでいた。
「おい、見えてきたぞ」
仲間達が文句をだらだらと言っても、雄治は脚を止めなかった。そして、雑草の茎を掻き分けて吹き込む夜風で火照る肌の粗熱を冷ました。
「ははっ。本当に着いちまった」
「文夫、調子良いぞ」
「おまえら、さっさと来い。ぼやぼやしていたら、他の奴らに横取りされてしまう」
月明かりで照らされている
土に半分埋まる、巨大な甕が幾つも列を成している。さらに奥を見ると、半球形をしている土の盛り。
男達は抱えていた道具を手に取り、見つめる先へと向かう。
「よし、残りは明日に回収だ」
男達は膨れる大袋を背負っていた。袋に収まりきれなかったのか頭に、腕に、腰にと男達は金目の品を身に付けていた。
「雄治、貫三郎がいないぞ」
仲間の文夫が、雄治を呼び止める。
「まだ、あの中に残っているのだろう。やれやれ、いつまでも世話が妬ける弟だ」
雄治は、半球形の土の盛りへと振り向く。そして、引き返すをした。
ところがーー。
「おい、打ち壊した石戸が元通りになってるぞ」
「貫三郎が直したんだろう。だったら此所にはいない。俺達も引き上げ……」
雄治の顔つきが、くしゃりとなった。呻き声が聴こえると、石戸の向こう側から聴こえると、身震いをした。
貫三郎が閉じ込められている。何故、どうしてなのだと、文夫を急かして石戸に鶴橋と鎚を叩き込む。先程は脆く崩れた石戸がびくともしないと、雄治は焦りを生んでいた。
熱い、暑い。痛い、焼ける。
頬が、腕が、脚が。
灼熱を受けながら切り裂かれる感覚。さらに耳元で生温い息が吹き込まれている。
雄治は「ひっ」と、堪らず悲鳴をあげる。ねっとりした手で羽交締めにしながらぎょろりとした目で此方を見ていると、雄治はがたがたと震えていた。
ーーこの馬鹿者達め。土に埋まって月を見上げとけ……。
冷たい風に混じって、悍しい囁きが聞こえたーー。
***
【緑野ヶ里】地区一帯には太古時代の跡が点在していており、遺跡公園整備と発掘調査が執り行われていた。一方、重要な歴史の証を荒らされる被害が多発していた。
《奉行所》にも当然、情報は入っていた。人による犯行には間違いはないだろうが“モノ”も関わっているという疑いを視野に入れていた。
捜査の経緯は、こうだ。発掘調査でまだ手につけていない場所にある、古墳が荒らされていた。石戸を破壊して中に侵入して、太古人を埋葬していた石棺から埋葬品を盗んだ形跡が乱暴に露になっていた。
だが、思いがけない事態も発生していた。
現場で成人男性の遺体が3体発見された。無惨な姿で、装飾品等の金品を身に付けていていた。
古墳を荒らした後に全員殺害された。
捜査を執り行う“捕り物”の茶太郎は、断定するのであった。
「こいつらは器物破損と窃盗。で、こいつらを殺ったのが誰かを逐う。随分とややこしい事案ですね、兄貴」
「そうだね、葉之助。でも、今回の件で“蓋閉め”は動いてくれないよ」
茶太郎がそう言うのは、理由を知っていたからだ。
“蓋閉め”は悪業をした死者の魂の声は聞かない。情けをかけるは一切しない。戒めで、魂を浮遊させて被害者の念を浴びさせる。一種の拷を受けさせるようなものだと思うのだが“蓋閉め”の理念に口を挟むは出来ぬと、胸の内に留めているのであった。
「それは、我々にとっては厄介な事情ですね」
「何もかも“蓋閉め”を宛にしたらいけないよ」
茶太郎は、丘陵の頂から東の空に昇る陽を仰ぐと【緑野ヶ里】に広がる田園地帯を望むーー。
***
器物破損と窃盗の事案に於いては現場検証での回収品から検出した指紋が殺害された3名の成人男性の指紋と一致した。犯行現場への侵入経路に至っては、地面に点々と残されていた足形から推測した結果、人目に気づかれないのを考えて背丈を超える雑草地を道に選んで侵入した。
証拠を残し過ぎてるのは、突発的な犯行だったことを伺える。目的を果たしたいという一念ばかりで命を落とすことは微塵も考えてなかったのだろう。
被疑者死亡のままでの送検。後味が悪いのはやるせないが、ひとつの事案にかじり続ける訳にはいかない。
もうひとつ、発生していた事案がある。そっちが、かなり難題だ。
罪を犯した人を殺る。それ相当な殺意を持っていたのは間違いないだろうが結びつける手掛かりが、現場になに一つ残っていなかった。
結局“蓋閉め”を宛にしなければならない。
葉之助に『ああ』言っといて撤回するのは情けないが、仕方がない。
「……と、いうことで、貴様の“蓋閉め”としての知恵と知識を借りたい」
茶太郎は作蔵を《奉行所》に喚び、もうひとつの事案に於いての相談をするのであった。
「聞くだけでは此方は何も言えねえよ。実際の場所を見てやるから、そんなにぺこぺこするなよ」
「そうか、感謝致す」と、茶太郎は安堵したさまとなった。
茶太郎は《奉行所》の会議室にて、畳敷きに正座をしていた。そして、手をついて作蔵へと何度も頭を下げていたのであった。
「旨い飯。違った、俺の生業はおまえの存在があって成り立っているからな。寧ろ此方が頼っているさ」
「言われなくても報酬はつく。ふむ、もっと欲の皮を突っ張らせていいのだぞ」
「要らねえよ。彼女に贈る指輪の軍資金にとっとけ」
作蔵が、茶太郎へと小指を立てて「にやり」と、笑みを湛えたーー。
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