尺度
丹念に、慎重に。くまなく、しらみつぶしに。
“御用聞き”の協力もあって“奉行所”には、事案に於いての証拠が集まっていた。
人は“
本来、人を取り締まるのは“警察庁”の管轄。だが“警察庁”は、事案を“奉行所”に委託した。
事案を承諾してまもなく、人は“化け”に変わったのがわかる。
“化け”になった人は“警察庁”の管轄外。
“警察庁”は、それとなく教え示していたーー。
***
【
家主の趣向を反映しているのと思われる、建屋の外観は東洋の古城、西洋の古城、宮殿。と、さまざまだ。
先日此処を訪れたのは事案に於いて、素性を隠しての下調べの為にだった。
今回は、違う。
“捕り物”の茶太郎で、捜査を執り行う。
「兄貴、門番がーー」
“宮殿”の真向かいに建つ豪邸の敷地内に、茶太郎は“同心”の葉之助(はのすけ)と共にいた。
住人には前もって、捜査上の為にと住居の敷地に入る許可を申請して、承諾を得ていた。
「葉之助、狼狽えるのではない」
茶太郎は落ち着いたさまだった。
葉之助は「はっ」と、した。
「そうでした。そうです、警備が厳重なのは普通のこと」
「その通りだよ、葉之助。そして、気付いているかい」
「門番も、化ける“モノ”ですよね。あの“宮殿”の中は、いったいどうなっているのかと考えると、ぞっとします」
ーー
「兄貴、何か言いました」
「……。私は、何も言っていない」
葉之助、茶太郎は“化け”と“バッキンガム”を強引につなぎ合わせたのだよ。そこは『兄貴、上手いことを言いますなあ』と、煽て……。あ、茶太郎に踏み潰されてしまった。
「くっくっくっ」と、小さく笑う声が聞こえた。すると、茶太郎は「ごほっ」と、顔を赤くさせて咳払いをした。
「奥方、見苦しいところを見せてしまいました」
「いえいえ。お堅くしているよりは、良いですよ」
茶太郎が振り向くと、豪邸の住人である女性が目尻を下げていた。
これでも任務中だが。と、茶太郎は……。いや、これ以上語るのは止めとこう。だって、今度は掴まれて、振り回されて、投げ飛ばされるだろうから。
「本日はお忙しい最中、捜査のご協力に心より感謝を申し上げます」
「実はあなた方がいらっしゃったことに、ほっとしました。あの建物は、此処の地域で暮らす住人にはどうも近寄りがたい。と、ですね。いつかは何かが起きる。と、前から囁かれていたのです」
茶太郎は「はっ」と、驚いたさまになった。
「なにさま、気味が悪いのです。子どもがいるけど、姿を見るかぎりちっとも大きくならない。病を患っているなら病院に連れて行けばいいのにと。でも“相談所”に言う決断をしきれなかった。ああ、子どもの姿が見えない。きっと、最悪なことになってしまったのだと、悔やんで……。悔やんでーー」
女性は部屋の床に「ぺたり」と膝を付けて、顔を両手で覆う。
女性の話しから、見当がつく。先日、例の豪邸から化ける“モノ”を保護した。
女性は、童の象りをしていた化ける“モノ”を知っていた。同じく、不自然な点も。
今、捜査している事案とは別件になる。しかし、貴重な情報を得た。と、茶太郎は手帳に女性が述べたことを記録した。
「兄貴、そろそろーー」
「ああ、葉之助。決められた時間は守るよ」
茶太郎と葉之助は“奉行所”に戻ったーー。
***
被疑者の名は、鶏知尾津毛留(けちおつける)。直接の容疑は、贈収賄の罪。内容は、公の役人への献金。
【金平】地区で暮らす住人から、鶏知尾津毛留が住む豪邸にて、定期的に客を招いて宴を開いていた。と、証言を取っていた。招かれた客の大体は大富豪だが、抽選で一般人も招待されていた。
“御用聞き”は民間人。素性を隠す必要はあったが無名が斯うしてあっさりと“場所”に潜り込めた。ただし“御用聞き”の補佐を務める、ひとりの女性だったが。
おそらく、犯行は行われていた。
主催者は、招待客に土産を持たせていた。中身は高級食材で作られた料理。と、なっている。
客の中に役人がいたら、一般人とは別の土産を渡すことは可能だ。
“御用聞き”の補佐は、豪邸内をカメラで撮影する振りをして招待客が記述する帳面を撮していた。相手が女性だったからなのか、ただ警備が緩かっただけなのかは不明だが、一歩間違っていたら取り返しがつかない事態になっていた。
「そこは、きつく言う。作蔵、伊和奈様は無事に戻られたが、伊和奈様を護るのは貴様の義務だ」
「はい、茶太郎。以後、気をつけます」
茶太郎は“奉行所”に作蔵を喚ぶ。伊和奈が豪邸に潜り込んで撮影した写真を、作蔵から受け取る為にだった。ついでに、この件について茶太郎は作蔵を叱ったのであった。
「ところで、茶太郎。この名前、凄い有名人と同姓同名なのか」
「いや、本人だ。筆跡の鑑識は、葉之助が既に済ませている」
「は、ちょろっと視ただけでか。しかも、汚い字だぞ。おいおい、茶太郎。本人だってことも、あっという間に判ったというのか」
茶太郎の傍で座る、葉之助は「むっ」と、不機嫌なさまとなった。
「待て、作蔵。葉之助は私の右腕だ。私の為に“与力”へと昇るのをことわっている。彼には、とても助けられている」
「はあ、勿体ないな」
「葉之助。作蔵からの意見は、どうなのかい」
「兄貴。もとい、俺。違った、私が茶太郎様を補佐するのは義務です」
「と、言うことだ。作蔵、解ったかい」
茶太郎は、顔をほころばせる。
「……。で、その汚い字の奴も。だよな」
「ああ、察している通りだ。重要参考人だが、証拠を揃えるのが先だ」
茶太郎はすっと、腰をあげる
「茶太郎。おまえ、忙しいな」
「作蔵。伊和奈様が手料理を作られて貴様の帰りを待っているだろう。早めの帰宅をするのだ。玄関までだが送るを致す」
「遠慮する。あ、茶菓子旨かったぞ」
どこまでも食い意地が張っている。
いそいそと“奉行所”の会議室を出る作蔵に、茶太郎は「ふっ」と、小さく笑うーー。
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