旋風〈前編〉
茶太郎は疾風迅雷の勢いで、路を駆ける。
***
住まいは、築50年の木造平屋賃貸住宅。
“蓋閉め”を生業にして、己を貫く生き様をする男の名はーー。
「作蔵、渋柿を食ったような
「ケチをつけたのではない。ただ、だ。いいな、茶太郎。おまえか云う“ただ”は、此方としてはボランティア……。はうわっ」
「うるさいよ、作蔵。ごめんね、茶太郎。話しを続けて」
面倒臭い場景だが、説明しよう。
茶太郎は
「伊和奈様。この“モノ”は、過酷な環境に身を置いていた。少しずつ、少しずつでも構わないので“尊い”を学ばせる必要があると、私は判断しました」
茶太郎は童を象る“モノ”に背を向けていた。右の掌で“モノ”を庇いながら、伊和奈と目を合わせていた。
「それで、そっちの“モノ”を此方で世話をーー」
「伊和奈様、早合点をされないでください。保護に至る経緯、手続きに第三者の同意が必要なのです。つまり、この“モノ”の身を保証させるには証人をたてなければならない」
「待って、待って。其れだと、玄関土間で立ちっぱなしをしての話しじゃないわ。あがってよ、茶太郎。あ、其処の……。今はとりあえず“童くん”でいいよね。お腹空いているでしょう。ご飯、食べなさい」
威勢よく一方的に喋り続ける伊和奈に、茶太郎は頷くしか出来なかったーー。
***
「さっきは悪かった」と、冷静さを取り戻した“蓋閉め”は言う。茶太郎が取った行動、すなわちひとつの“モノ”を護る為の理由を“蓋閉め”は知った。
「詫びる必要はない」と、茶太郎は“蓋閉め”を咎めなかった。
「なあ、茶太郎。食い物を落としても3秒以内に拾えば、何ともなく食えるぞ」
「貴様らしい例えだ、作蔵」
「あんたが身をもって証明させたんだ。汚してたまるもんか」
「感謝する。作蔵、私も準備は調っている」
ひとつの“モノ”に“影切り”と“蓋閉め”を施す。意味は“モノ”に取りつく“念”を取り除くのと化けている象りを剥がす。
茶太郎は腰に藍染めの麻袋を着けて、作蔵は肩に黄色の綿素材の襷を縛っていた。
「伊和奈、援護を頼む」
「おっけい、作蔵」
“蓋閉め”は二人三脚。作蔵は常にひとりの女性をつけている。作蔵が解き放つ通力が周辺に及ばないように、所謂伊和奈は防御壁の役割を補っているのである。
場所は作蔵の住居内にある〔鑑定の間〕と呼ばれている板張りの壁、床の部屋。作蔵が“仕事”で使う備品の保管に作業場として使われている。そして、彩な宝玉が紅い絨毯の上に時計盤のように幾つも置かれていた。
中央に、童を象る“モノ”が直立不動でいた。ただ、ただ静かに。理が来るのを待っていた。
“モノ”は、受け入れるを承知している。
新たな生きをする為に“モノ”は今の象りと念を打ち消すを決めた。
「童、今一度訊く。私が施す“影切り”によって本来の象りに戻る。だが“蓋閉め”からの念を取り除くが加わると、化ける通力は失われる。その覚悟は十分にあるのかい」
茶太郎は、ゆっくりと優しく言う。すると“モノ”は「こくり」と、頷いて見せた。
「茶太郎、始めるぞ」
「承知。作蔵、貴様の“蓋閉め”を、私は見届ける」
茶太郎は、部屋の隅へと移動をする。作蔵は「きっ」と、顔を凛々しくさせる。
ーー源、蓋は開かれる……。
先ずは、作蔵。所謂“蓋閉め”が執り行われることになる。
作蔵は通力を発動させるに詠唱をした。童を象る“モノ”に両手を翳す作蔵の後ろに、掌の大きさの桐箱を持つ伊和奈がいた。
宝玉は作蔵が放つ通力に反応して瞬き、煌めく。そして、光の筋が“モノ”に1本、1本と絡まっていった。
いよいよだ。と、茶太郎は目尻を「きっ」と、吊り上げた。
ところがーー。
「伊和奈、ちょっと待て。
“モノ”の念を封じる寸前で、思いがけない事態が発生した。
茶太郎は、作蔵が叫ぶ意味をすぐに解った。
“モノ”が象る童の念だ。
真の童は、魂が《花畑》に向かっている最中で念を切り離すをしていた。奇妙な廻り合わせで、化ける“モノ”は真の童を象るをした。象りは、念の吸い取り紙のようなものだ。化ける“モノ”は姿を象っただけである。念が付着していたは、気付いていなかった。
そうで、あってほしい。
茶太郎は、物悲しそうにしている“モノ”を見つめる。
ーートウサン。ボク、トウサンノマチガイ、ユルサナイ……。
「ちっ、意思を示しやがった。茶太郎、手順が狂ってすまないが、先に“影切り”をやってくれっ」
“蓋閉め”の作蔵でも、手に負えない。補助の担いをする伊和奈は、もっと。
緊迫、危険。
真の童の念が、化ける“モノ”を侵しているーー。
「……。御意。本末転倒は断固として阻止致す。私は“影切り”茶太郎。念よ、名乗れ」
茶太郎にも聞こえていた。悍しい念の声が聞こえていた。
ーーボクのことを訊いてるの。
「他に、誰がいる」
ーーおまえ、気に入らない。
段々と、はっきりと。
茶太郎に、念の言葉が鮮明になって聞こえたーー。
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