第43話 城塞都市クラクフ

【1月9日 エルトリア王国内の街道】


 一夜明けて明け方。王都の公爵邸を出立した騎馬4騎、私たち5人は朝食を兼ねた休憩を取っていた。


 この夜は仮眠を取らず小休止のみで一気に30キロ程は進んだかな? 私は身体強化系のスキルを持っていることもあって体は強靭なのだろう、私も公爵家令嬢ながら全く疲れなかった。馬にのってただけだけどね。


 朝食を食べ終わった後に頭の中で地図を展開する。ゲートのある場所までは恐らく11000km程はある。1日に20km進んだとしても一年と六ヶ月かかる計算だよ、先は長いなあ。




♢♢♢♢♢




 王都を出立して15日後。結局第二王子とか第一王子の件で追っ手がかかることもなくエルトリア王国を脱出することができた。国境付近で同道してくれていた騎士4人とはお別れする。ここからは私だけの一人旅になる。




【3月10日 ??】



 王都を出立して2ヶ月程は北西の方向に進んで広大な山岳地帯を抜けて平坦な森林を進んだ。恐らくこの辺は地球だったらポーランドあたりだと思う。私は高校の社会科では地理を選択していたし割と好きだったので大体わかるよ。ちなみにエルトリア王国は地球で言えばイタリアにあたる場所だと思う。


 ここまで徒歩での移動なんだけど街には一切立ち寄らず食事はアイテムボックスの食料をそのまま、または調理して済ませている。ちなみにエルトリア王国からここまで離れてくると普通の人だったら言葉が通じなくて地元民と会話が出来ない。私は「異世界言語(万能)」があるので大丈夫なんだけれどね。


 水は水魔法で出せるので問題ないし、夜の就寝はアイテムボックスに入れてきた大型の箱型馬車を出して馬車の中に設置した簡易寝台で寝るので快適。神聖魔法の「プロテクティブサークル」をかけて寝れば敵意ある生物や邪悪な存在は接近できないので安心。


 この調子だったら私の強靭な体力を持ってすれば1日50〜60kmは進めるでしょう。アイテムボックスがあるから手ぶらだしね。歩いて渡れないような川とか崖、森林なんかも「飛行」できるから地形的な障害は問題にはならないし。


「ナビゲーション」を使って割り出したゲートへの最短経路は北極海を掠めるようにしてツンドラ地帯を東進することになるルート。概ね平坦な地域だと思うので雪さえなければ移動はしやすいはず。今が初夏に向かう季節で良かった。

 だけど今後の移動経路のほとんどは極寒地帯なんだから人口密度はたぶん絶望的に低いだろうし街とかなんかもほとんどないと思う。そんな極寒の荒野に入る前に街で食料や生活必需品、防寒具を購入する必要がある。今まではエルトリア王国王宮に巣食っている死霊使いやゾンビたちの追っ手から距離を取りたかったから移動に専念していたけどシベリアの凍土で餓死するわけにはいかないから。



♢♢♢♢



 私は久しぶりに人類の居住する都市の中に入って買い物をしている。住民の商人などに話を聞くとこの都市の名前はクラクフ。ポーランド王国の南部に位置する王国内有数の都市だそうだ。しかも都市の周りをぐるりと城壁が囲んでいる中世ヨーロッパの城塞都市そのものって感じ。


 私はパンを販売していると思われる商店の中に入って店員さんに声をかける。



「おじさん、この金貨使える? 使えるならパンを買えるだけ大量に買いたいんだけど」



 私のアイテムボックスは時間停止機能が付いているので出来合いのパンとか、果物、ソーセージなんかの食料を劣化することなく保管できる。

 エルトリア王国王都公爵邸を出立するときはそれらをアイテムボックスに詰め込んだんだけど、私の家族を含む公爵邸の皆は大至急公爵領に避難する必要があったから私用に持ち出せたのはごくわずかだった。しかも途中まで同行していた4人の騎士にも食べさせたしね。



「ああ、使えるよ。フィレンツェのフィリオーノ金貨だな。交換レートは相当に悪くなるけどそれでいいならね」



 頭がきれいに禿げ上がった小太りのおじさんは割と機嫌よく答えてくれた。



「交換レートが悪いのは外国の金貨であること以外にね、このポーランド王国は今戦争中なんだよ。このクラクフの近くで大会戦があったんだけど、王国軍は敗走したらしい。近いうちにこの城塞都市クラクフも戦場になるかもしれないんだ」



「そうなんですか? どことの戦争なんですか?」


「……モンゴル帝国だよ。ポーランド王国より東のルーシ王国は既にモンゴル帝国の支配下に入ってしまっていてね? ここポーランド王国が最前線ってわけさ。西部諸国からの援軍も来てるけど分は悪いね……」



 ……モンゴル帝国か。地球の歴史でも朝鮮半島から東ヨーロッパ、中東まで支配した大帝国だったような? 日本にも「元寇」として二度の侵略を試みたはず。

 !! そういえば、お父様が言っていた「死霊使いはこの大陸の中央の高原地帯から出現した」ってことは、私の「ナビゲーション」で見たところ、地球でいうユーラシア大陸のほぼ中央、中国のウイグル自治区あたりかなあって思っていたんだよ……だったらこの世界のモンゴル軍なんてまるっきり死霊使いとゾンビの軍団なんじゃないだろうか? ヤバい、この世界が死霊使いとゾンビに蹂躙されるのも時間の問題かもしれない……



「ところでお嬢さんは旅をしているのかい? モンゴル軍団がいるから東の方は危険だと思うけど行先はどこなのかな?」


「うん? この大陸の東の果ての海岸なんだけど、地名はわからないんだよね。たぶんモンゴル帝国の支配地域の一番東より更に東だと思うよ」


「へえ。そんな遠くまで行くんだね。でもそれだったらモンゴル帝国のど真ん中を通ることになるんじゃないかい? あぶないよ?」



 私は念のためにこの人の好さそうなパン屋のおじさんのステータスを鑑定してみる。今更だけど。


 ……大丈夫だ。普通の人間だ。



「うん、心配してくれてありがとう、だけど大丈夫だと思う。アタシはこれから北に向かって人が住んでいない酷寒地帯を抜けていくから……これから夏になるから丁度いいと思ってね」


「お嬢さん一人でそんな過酷な場所を旅するのかい? 心配だね、ああ、もしかしたらお嬢さんは吸血鬼か眷属吸血鬼の貴族様かい? だったら納得だね。彼らは俺たち人間には使えないスキルを使えるからねえ」


「……ふふふ。私は吸血鬼でも吸血鬼の眷属でもありませんよ。吸血鬼に由来するスキルの幾つかは持ってますけどね」


「なら大丈夫だね。お嬢さんの旅の安全を祈っているよ。そのフィリオーノ金貨は何枚あるかい? 2枚あれば今この店にあるパンと副食類を全部売ってあげるし、明日の朝まで待ってくれれば金貨4枚追加でこの2倍のパンを準備してあげるよ? 悪いけど先払いしてもらうけどね」


「え、本当? ありがとうおじさん! じゃあ、今あるパンを金貨2枚で買います。で、金貨4枚追加で明日の朝に受け取りにきますので準備お願いします!」



 私はパン屋のおじさんに金貨6枚を渡して店の中にあるパンと副食類をおじさんの指示を受けながらアイテムボックスにどんどん放り込んだ。

 アイテムボックスに収納されたパンが次々と消失していくのをみておじさんは目を剥いて驚いていたけど、エルトリア王国に伝わる吸血鬼由来の特殊スキルですよって適当な説明でなんとなく納得してもらった。

 実はこの世界には私のアイテムボックスのような持ち歩き可能な収納スキルはないらしい。らしいというのはこの世界も広いから断言はできないから。ちなみに吸血鬼由来スキル、闇魔法の「闇空間」は物を収納は出来るけど持ち運びは出来ない。女神さまありがとうございます、アイテムボックスのお陰で過酷な一人旅も問題なく実行できています……



 私はパン屋のおじさんにサヨナラした後、雑貨屋さんで買い足した方がよさそうな道具類、衣服などを買ってモンゴル帝国の噂話なんかを仕入れた後に都市城壁をでて野営できそうな場所を探した。





 2kmほど歩いて見つけた街道沿いの空き地に箱馬車を出して神聖魔法の結界創造「プロテクティブサークル」をかけて敵の接近を防止した後に早めの夕食を取って寝ることにする。明日は朝早いからね。

 城壁の外で野営するのは宿をとったらお金がかかってもったいないのと、どうせプロテクティブサークルで結界を張るんだから安全性には大差ないと思ったから。それに現代日本人の感覚からすると、中世の宿屋なんて不潔なイメージもあるからね!





【3月18日 ポーランド王国 城塞都市クラクフ 早朝】



 翌朝にパン屋のおじさんから大量のパンを受け取って城塞都市のクラクフの北側出口に向かう。早朝だからあんまり人通りはない。この城塞都市の城壁は直径1kmくらいしかないのであっと言う間に城壁を越えて外に出ることが出来た。ちなみに門番は居なくて自由に通行はできる。戦争の時は締めちゃうんだろうけどね。





 街道を2kmくらい進んだところで、そろそろ「飛行」を併用しながら走り出そうかな? と思ったとき。

 突然に街道の両側の森から大量の兵士が出てきて私に向かって殺到してきた!

 左右からそれぞれ100人くらいは居るのかーー近くの兵士を鑑定ーーゾンビだ! 数が多すぎるし近い!!押しつぶされてしまう!! ーー闇魔法ーー「闇空間」!!



 私は咄嗟に「闇空間」を発動して直径1mの闇空間開口部を自分の足元に展開すると同時に闇空間に落下した! 落下して底面に着地する間もなく闇空間開口部を閉鎖するーー直後に闇空間の底面に接地して腰砕けに転倒、頭を強く打ってしまった!


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