第44話 街道での戦い

【3月18日 ポーランド王国 城塞都市クラクフ郊外 早朝】


 闇空間の底面に接地して腰砕けに転倒、頭を強く打ってしまった私は朦朧とする意識のなか聖女スキル「治癒魔法5」を発動して回復を図る。


 ーーさすが聖女スキルだけあってリーナちゃんのスキル「再生」とは違って即座に意識がクリアになって回復できた。


 私は闇魔法で作り出した「闇空間」の底面に倒れこんでいたけれど慎重に立ち上がると身体に異常がないか確認するーー大丈夫、とりあえず目につくような異常は無いみたい。心臓の鼓動が気持ち悪いくらい激しく、早くなっているけど。いま私がいるこの闇空間は私のスキル「闇魔法」で作り出した、私だけが開口部を開閉できる私専用の異空間なんだ。だからここに立てこもっているあいだは安全だから心を落ち着かせる意味でも念入りに点検する。手足や顎が小刻みに震えていて止めることが出来ない。落ち着いて冷静にならなければならないと理性では分かっていても身体はいうこと聞いてくれないみたい。




 ……しかし今のは危なかった。咄嗟に「闇空間」を発動できていなかったら大量のゾンビたちに押しつぶされていた。神聖魔法は発動時に若干のタメというか、タイムラグがあって、咄嗟の場合には間に合わない場合があると思っていたんだけど今回はまさにそんな状況だった。


 チラリと見たところゾンビ兵たちは槍を持っている者が前面に出ていて突進してきて、後方には弓を持っていて構えていた者たちが多数居たように見えた。もし「飛行」で空中に浮遊したらその瞬間に弓矢の集中砲火を浴びたのではないだろうか。「飛行」スキルは加速性能はあんまりなくて最初はどうしてもゆっくりになるから。彼らの作戦は分からないけど、いきなりの弓矢の攻撃をされなくて助かった、のだろうか……


 闇魔法使いのなかでもごくわずかの者しか使えない「闇空間」。極めて有用なスキルでリーナちゃんが第2王子の婚約者になった理由の一つでもある。今回はこのリーナちゃんの希少スキルのお陰で命を拾えた。ありがとうリーナちゃん……




 私は外の通常空間に居る大量のゾンビ軍団をどうやって始末するか、あるいは脱出して逃走できるか考えてみる。


 アイツらの中には死霊使いも何人か混じっているだろうし、組織だった団体行動というか、軍隊としてのまとまりを感じた。パッと見た感じモンゴル兵には見えなかったからこの辺のポーランド王国軍かルーシ王国軍の兵士をゾンビ化したんだろう。許せないな。


 死霊使いの中には闇魔法「闇空間」を使える奴もいると思うので私が消えたのは「闇空間」に逃げ込んだからで、魔力の関係でいつまでも閉じこもっているわけにはいかず、いつかは通常空間に出てこなければならないということも知っているはず。

 だから、あいつらは仲間をどんどんと呼びこんで辺り一面ゾンビだらけにして私を圧殺しようとするのではないだろうか。直ぐに外に出て打って出なければ死亡エンドか。厳しいな。女神さまに注意された「数的優位を取られないように」「魔力を切らせないように」という状況だよ。落ち着いて、私!



 私は神聖魔法「カルム」を自分自身に発動して精神を強制的に落ち着かせる。ヨシ、落ち着いたーー次いで自分の中の魔力の残量を意識する。現在進行で「闇空間」維持のための魔力消費によって魔力量が減少しつつあることを認識する。


 私は両手で顔を挟みこんでパンっと叩いて気合を入れると「飛行」で「闇空間」を上昇しながら加速しつつ「闇空間」の開口部を一気に直径5mの大きさで開放する!

 直径5mに開放された開口部から闇空間に落ちていくゾンビ兵たちを尻目に通常空間に飛び出した私は一気に高度20mくらいまで上昇しつつ神聖魔法を発動するーー



「神聖魔法ー結界創造ープロテクティブサークル!」



 私のコールとともに私の身体全体が淡く輝きだして半径100mの神聖な結界を作り出した!

 眼下にひしめいていたゾンビ兵士たちの中には私に矢を射かけようとしていたものが何人かいたけどゾンビ兵全員が、およそ200人のゾンビ兵は恐ろしい叫び声を上げながら地面に転がり、のたうち始めた。



 私は素早く、ゾンビ兵たちの様子を確認する。全員倒れているのかーー

 ーーいや、空中を飛行してこちらに接近する兵士が一人! 神聖魔法「プロテクティブサークル」の結界の中を「飛行」して接近できる奴がいる!


 心臓がキュッと縮むような恐怖を感じつつ慎重に右手で狙いを定めて指向性の「聖なる光」を照射する!



「神聖魔法ーホーリーライト!」



 私の右手から聖なる光が溢れだして収束した光の柱が一瞬のうちに敵に到達するがーー



 !! 聖なる光が「飛行」して接近する敵を捕らえるも全く効果がない!


 私は反射的に接近する敵に「鑑定」を発動、「ホーリーライト」を直ちに停止して更に10mほど急上昇。下方から剣を振りかざして接近する兵士を神聖魔法「フォースバレット」で吹き飛ばした。


 神聖魔法「フォースバレット」は神聖魔法の中で唯一物理的攻撃力を持つ魔法だ。直接的な殺傷力はあんまりないけど命中した時の衝撃と攻撃対象を吹き飛ばす効果は強力。平地で大人にフォースバレットを直撃させれば20mくらいは吹っ飛ばせるだろう。打ち所が悪かったり吹き飛ばされる場所によっては致命的だと思う。



 私の「フォースバレット」の直撃を受けた兵士は高度20mから勢いよく落下、地面に激突して動かなくなった。


 ヤバい。一歩間違えば、殺されるところだった。頭の中が半分真っ白になっている。落ち着いて私! 神聖魔法ー「カルム」! ヨシ、落ち着いた。




 ……私は改めて地上にいるゾンビ兵を見渡してみる。戦闘行動をとっていたために「プロテクティブサークル」への魔力供給を途切れさせてしまっていた。そのためゾンビ兵たちはゆっくりと起き上がりつつある。

 このゾンビ兵たちに再度プロテクティブサークルを発動したところで討伐するには改めてとどめを刺さなければならない。そんなことをしていてはきりがないし、魔力の無駄にも思える。何より、私の残り魔力は三分の二を切りつつあって、こんな調子で戦闘行動を続けていてはあっという間に魔力を枯渇させてしまうと思う。



 私は、この場所から速やかに立ち去るべきと判断して更に高度を上げて一気に200mほどの高度をとると北東に向かって飛行を開始した。地上にいるゾンビ兵たちに「飛行」できる者はいないだろうと思うからサッサと離脱するんだ。のこりの魔力から考えるとあと5kmくらい飛行したら着地しなければヤバいけど今は出来るだけ速やかに、遠くに行かなければ……




♢♢♢♢




 私は北に延びる街道を「飛行」を併用しながら走り続けている。魔力の自然回復分を「飛行」「怪力」「再生」に少量ずつ費やしているため私の魔力は最大魔力量の二分の一くらいから全く回復しない。いつ敵の追撃なり奇襲なりがあるかと警戒しながら街道を高速走行する私。魔力を回復させないと危険だけれども、かといって、そのために歩いたり休んだりする気にはなれない。


 今までは目立つから装備していなかった女神様から頂いた神器「聖女のティアラ」を頭に載せている。これは頭に乗っけるだけで魔力回復速度を早めるというチート装備だ。いったん頭に載せれば取り外すことを意識しない限りどんな激しい動きをしても取れないという便利機能付き。

 ちなみにこの世界において魔力回復速度を速めるとか、魔力量を回復するアイテムとかポーションとか聞いたことないし、そういう意味では正真正銘の神器と言えると思う。




 先ほどのゾンビ兵の襲撃のときに神聖魔法「プロテクティブサークル」の結界の中を向かってきた兵士を咄嗟に「鑑定」をした結果。なんとゾンビでも死霊使いでもなく、ただの眷属吸血鬼だった。恐らく主人の吸血鬼に命じられて本人の意思に反して私を襲撃したのではないだろうか。ホントに私の想像というか、仮説なんだけど。でないと悪意ある生命体の侵入を阻む結界にはじかれていたはずだし。……「プロテクティブサークル」にこんな穴が有るとは気が付かなかった。今回、この弱点を死霊使いとかゾンビたちーー敵に把握されていなければいいんだけど。


 でもなんで突然にゾンビたちに襲撃されたんだろうか? なにか理由があるなら知りたいけど……





 私は平原の中を北に伸びる街道を一切休憩を取らずにひたすら走りながら、答えのない疑問について考えを巡らせ続けた。



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