あなたは全てが完璧


 プリンセスコスモをブラックプリンセスに仕立て上げるつもりが、なぜか私が催眠術にかかった。

 出来損ないの術だったため三日間くらいで解けたけど。


 催眠状態の私はいつもにも増して欲望垂れ流しでプリンス様につきまとっていたらしい。彼のお膝に乗ったり、ベッドに潜り込んだり、匂いを嗅いだり、しつこいくらいに愛を囁き…あまつさえプリンス様のほっぺたにチュウとか…!!

 私の胸の奥底に秘めていた願望がさらけ出されていたと聞かされて私は死にたくなった。やってることただの変態じゃないか。いっそ私を猛獣の檻に入れて隔離してくれたらいいものを放し飼いにしていたらしい。

 プリンス様には変わった様子はない。正気に戻ってからご迷惑おかけしたことを謝罪すると、「いつものことだろう」と言われた。……訂正してほしい。私は普段そんなはしたないことしていませんが。


 どうしてこうもうまく行かないのか……

 黒薔薇のプリンス様幸せ救済計画が頓挫する予感しかしなくて自信がなくなりかけたが、気が弱くなった自分の頬を叩いてを叱り飛ばす。

 甘ったれるな! 自分がこの世に生まれ落ちた使命を忘れたの!? 私は黒薔薇のプリンス様の幸せを叶えるためにここに居るんだ! 私はできる、できるったらできるんだ! I can do that!

 次こそはプリンセスコスモを催眠状態にして、ブラックプリンセスに仕立ててみせる! そう決意して拳を握った私は背後から迫ってきた何者かの手によって捕獲された。

 全く気配を感じなかった。声を出す間もなく、私は飲み込まれる。


 おかしい……

 アニメではこの役目はプリンセスコスモのはずなのに。

 そうそう! 執着心を見せた黒薔薇のプリンス様が魔術でコスモを罠にかけて捕まえるんだよね! 意識を失ったコスモをお姫様抱っこして連れ去るシーンほんと素敵だった! 呪いによって感情の起伏はないけど、明らかにコスモに執着する美麗な王子! あぁ、あのシーンが生でみたい!

 私は呑気にもアニメの好きなシーンを回想しながらどこかに連れ攫われていたのであった。



■□■



 私はとある場所にいます。

 お城ではなく、廃墟化した建物。趣味の悪い魔道具があったり、全体的に薄暗かったりで怪しさ満点なその場所は……うん、ここは第三勢力のアジトだね。アニメで見た光景と同じだ。……どういうことなの。


 第三勢力というのは、黒薔薇のプリンスとプリンセスコスモがそれぞれ統治する国の王権を狙った悪の軍団だ。そしてキュートプリンセスの中で真の敵とも言える。

 プリンセスコスモ、白百合のナイトが敵対した『悪役王子・黒薔薇のプリンス』は第三勢力が仕組んだ目くらましだったのだ。なぜなら彼の呪いは簒奪を狙った第三勢力の人間が母王妃を唆してかけさせたものだから。


 ことの発端は黒薔薇のプリンスの父親である王が身分の低い側室に入れ込んで、男の王子が産まれたことだった。高貴な血を継いだ自分の息子が王位を継承すると信じていた王妃だったが、王の側室への寵愛は途切れることがなかった。ちなみにこの時産まれたのが白百合のナイトである。

 お城内では王位継承について憶測が流れた。ただでさえ冷え切った夫婦関係だった王と王妃。慣例を無視して、王が側室の息子に王位を譲ると言いかねない。夫には顧みられず、頼れる人もおらず、孤独な王妃はちょっとずつ精神を蝕まれていく。そして精神的に不安定なところを悪意を持った人間に付け入れられたのだ。

 王国を手に入れたいと考えていた輩は王妃の信用を勝ち取るためにじわじわ近づいてきた。多分前世で言う宗教勧誘の手口とかそういったものに近いと思う。まんまと引っかかった王妃は徐々に心酔するようになった。


『国を統治するのに優しさは邪魔です。邪魔者を寄せ付けぬよう、王子へまじないをかけるべきです』


 そんな戯言、信用に値しないはずなのに追い詰められた王妃は信じた。この人だけが自分を理解してくれる、王子を支持してくれると信じて。

 そして息子である黒薔薇のプリンスに呪いをかける。まだ4歳という幼い息子に【愛を理解できない呪い】を母親自らがかけた。これが息子のためになると信じて疑わず。そして王妃はその呪いの代償として命を落としたのだ。



 ──母王妃を唆した人物がいる第三勢力のアジトに、なぜか私は連れ攫われたわけだが……私がプリンス様の懐刀だと思われているのだろうか。

 手足を拘束されて十字架にかけられたみたいにされていた。そして目の前にはフードを被って顔を隠した怪しい人々が遠巻きにこちらを見ている。第三勢力の人間に囲まれた私はドキドキしていた。これから何が始まるんだと辺りを警戒しながら見渡してると、そこに真っ黒なローブ姿の男がムチを持ってやってきた。

 その男の登場に後ろにいた人たちはざっと頭を下げる。


 なんなの、その人偉い人なの? なにかの黒ミサですか? 私は生贄ですか……


 男は頭を下げられるのが当然のように振る舞い、そちらには興味を示さずこちらにズカズカと近づいてきた。そして目の前に立つとムチの柄の部分で私の顎をぐいっと持ち上げる。…まじまじと私の顔を観察し始めた。


「……私の娘のほうが美しいではないか。我が娘を妃にやるといったのにあの陰気な黒薔薇め、断りおって…」


 ……口ぶりからして黒薔薇のプリンス様の妃候補の親であろうか。本人に断られたみたいだけど。

 残念でした。プリンス様のお相手はコスモです。これはこの世界ができたときから決まっていたことです。私がふんすと鼻を鳴らすとそれが気に障ったのか、ベチンと柄で頬を張られた。

 イッタ…! それ頬殴るものとちゃうよ!?

 私が相手を睨むと、あっちもこちらを睨んでいた。なんなのよあんた名を名乗りなさいよ! ていうか拉致相手間違ってるんじゃない!?


 びちっと音を立ててムチをしならせた相手はやる気まんまんだった。

 何をって…ムチでビシバシだよ。急に連れてこられていきなりSMプレイとかなんなの誰得なの。


「お前は黒薔薇のプリンスに最も近い人間だと聞いている。この際だ。あの王子のことについて、聞かせてもらおうか」


 好きな食べ物? それとも趣味についてとか? そう聞きたかったけど、そうじゃないのは目に見えていた。

 多分、彼の弱点とか、国家機密的なそんな話を私から搾り取ろうとしている。だけどね、私そういう細かいことは何も関わってないの。私どっちかと言えば前線で戦うタイプだから…おつむはあんまり期待しないでほしいんだけどな。


 …この人達にはプリンセスコスモのことは絶対に言わないほうが良さそうだ。彼女にまで危害を加えそうである。

 私は唇を噛み締め、これから来るであろうムチの痛みに身構えた。









 どれだけ打たれただろう。

 時間はどのくらい経過しただろう。

 痛みで意識朦朧とする中、私が考えるのはあの方のこと。


「しぶとい女だぜ…あれだけ打たれてもなにも言わねぇ」

「殺しても構わないって話だぜ」


 ムチで打たれた皮膚が破けて血が流れている。肌が燃えるように痛い。

 …アニメでこんな展開なかった…でも痛みが現実だと訴えてくる。痛くて苦しくてもう殺してくれって言いたくなるけど、ここまで来たら最後まで弱音を吐かず、抗ってみせたくなるってもんだよね。

 お城では私の姿が見えないってことで誰かが探しているかもしれないな。……私は黒薔薇のプリンス様にもう二度と会えないかもしれない。

 せっかく会えたのに、お側にいられたのに、こんな終わり方をするとか……ひどい。なんてツイていないんだ。


「やっと泣いたぜ」

「もう一発打てばなにか吐くんじゃないか」


 瞳から溢れる涙は身体の痛みからくるものじゃない。

 不甲斐なさからくるものだ…!


 私はカッと目を見開くと、ムチを打つ係を睨みつけた。

 私は決して屈しないぞ。ましてやあの御方の不利になることは絶対にしない!


「まだ睨みつける元気があるか。…生意気な女だ。素直に吐いておけばいいものを」


 ひゅん、とムチが風を斬る音が聞こえた。私はしっかり目を開いてそのムチを目で追っていた。


 私は黒薔薇のプリンス様の手下ミュゲだ。

 最後まで手下らしく散ってみせようぞ…!


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