あなただけに尽くします


 黒薔薇のプリンス様を守るためなら、彼の恋を成就するためならこの手を血で汚しても構わない。そう思っていた。


「──やめろ、ミュゲ」


 その一言で剣を振り下ろすのを中断したけど。剣先は白百合のナイトの喉仏下を突く寸前で止まった。

 私が振り返ると、そこには気分悪そうにフラフラしている黒薔薇のプリンス様の姿があった。


「黒薔薇のプリンス様! 地下でお休みになられてるとお聞きしましたが!」

「…お前がユリウスの首を狩ろうと暴れていると聞かされてな」


 つまり私が黒薔薇のプリンス様のお手を煩わせたと…!


「申し訳ありません! 手早くこやつの首を狩ろうと思っていたのですが、思いの外すばしっこく…」

「ユリウスの首を渡されても困る。狩らなくていい」


 話すのすら億劫だと言わんばかりにプリンス様に一蹴された。私は渋々白百合のナイトの上からどいて、しょんぼりとした。

 プリンス様、とてもお辛そうだ。あふれる瘴気に彼自身も影響を受けて体調に悪影響をもたらしているのだ。それなのに私は彼を煩わせてしまった…


「ユリウス、私は今余裕がない。瘴気にあてられたくなければ引き取れ」


 彼が白百合のナイトに声をかけると、床から飛び起きたナイト。奴は心配そうな顔でプリンス様に近づいた。


「兄上! あの時期だったんですね。お掴まりください。私は耐性がありますから」


 休んでいたほうがいいと言って黒薔薇のプリンス様を支えるように白百合のナイトが肩を貸していた。プリンス様も遠慮する余裕もないのか素直に身体を預けていた…。

 ……あれ? 2人ってそんな気遣いするほど仲が良かったの…? アニメではもう少し殺伐としていたのに…な……

 私は後ろで眉間にシワを寄せながら彼らの背中を見送っていた。しかし白百合のナイトがなにかしでかすかもしれないと危ぶんで、急いで2人を追いかけた。


 地下の階段を降りて降りて…淀んだ空気と暗くジメジメした空間にたどり着くと私は渋い顔をした。

 定期的に巡ってくる呪いの増幅の影響を抑え込むために使用する地下の部屋は貴人用に整えられているけど…全体的に環境が悪い。こんなんじゃ気が滅入っちゃうし、余計に負の感情が増しそうな気がする。

 ……プリンス様は毎回いつもここで一人瘴気を押し込もうと耐えていたの…?


 いくら兄弟で耐性があるとはいえ、今の黒薔薇のプリンス様から放たれる瘴気は毒にも近いらしい。白百合のナイトはプリンス様をベッドに座らせると「なんとか耐えてください兄上。私はコスモと共に城下の人たちの心を鎮めてまいります」と鎮痛な様子で言い残してすぐに退出していった。


「お前も出ていけ、ミュゲ」


 白百合のナイトが出ていったのを見送っていると、プリンス様から退出を促された。だけど私はその場から動かなかった。お仕着せのエプロンをぎゅっと握りしめると、深々と頭を下げて謝罪する。


「こんなにお辛そうなのに、騒いで無理させてすみません。私は手下として失格です! 貴方様の手足になりたいのに何も出来ていない…」


 役立たずもいいところだ。

 コスモがいたらこの呪いを解いてあげられるかもしれないのに。

 コスモが必要なのに。引きずり込むことも出来ない。──一刻も早く催眠術を習得せねば……


「お前は手下ではなく靴磨き係のはずだがな」


 プリンス様は私の発言に小さく笑う。貴重な笑顔だ。眼福。


「あの、私がお側についてプリンス様のお世話します!」

「バカを言うな、今の時点ですでに顔色が悪い。朝まで身体が保たないだろう。…気が狂うかもしれないぞ。お前死にたいのか」


 確かに彼から放たれる色濃い瘴気にあたっている自分の身体の調子が先程からおかしい。通常であれば精神に作用して攻撃的になるはずの彼の瘴気だが、近づくとこんなにも身体に異変を起こすのか。細胞の一つ一つが命の危機を察知しているのがわかる。本音を言えばここから立ち去りたい。全身寒気がして心臓の動きもおかしい。だけど私はここから離れるわけにはいかない。

 彼を一人にしてはいけない。孤独は彼の呪いを更に悪化させてしまうことになるから。


「大丈夫です! むしろあなたを支えて死ねるなら本望ですとも!」

「…死ぬな」


 私の宣言に彼はムスリとした顔をしてしまった。

 【愛を理解出来ない】呪いにかかっているとしても、心のどこかに優しさが眠っている。決して非情な人ではない。そんなお人だから私は彼を放置できないのだ。


「言葉の文ですよ! 私はあなたの手となり足となり肉壁になるために生まれ落ちたのですからね! 言うなればあなたのしもべなのです。どうか私を利用してください!」


 私は胸を拳でドンと叩いて宣言した。

 ここで私は瘴気にやられて無様におっ死ぬわけにはいかない。

 ちっぽけな私でもあなたのお役に立てるのだと証明したいのだ!


「あっ、でも私が攻撃的になったら檻に閉じ込めてください!」


 自分でも何をやらかすかわからないし、自制心はない方だと自負しているので暴走する自信しかないんだ!


「さぁ、私が朝までお側についておりますから、安心してお休みになられてください」


 いつまでも起きていても仕方ない。私は寝ずの晩をするから、寝てくださいとプリンス様に横になって休むように声をかけた私はハッとした。

 彼が無表情で涙を流していたからだ。


「どうしたんですか! どこか辛いんですか!」


 私の問いかけにプリンス様は首を横に振る。だけど止まらない涙。ならどうしたらいいんだと私はオロオロしてしまった。

 プリンス様の瞳から流れるキラキラ輝くしずくを見ていると何もせずにはいられなかった。私は手を伸ばして彼の首に抱きつくと、彼の頭をそっと撫でた。

 な、泣かないでくれ。私まで不安になってしまうじゃないか。

 あぁ、指通り滑らかで艷やかで全世界の女性が嫉妬するめちゃくちゃきれいな髪の毛。どんなシャンプー使ってるんだろう。それに薔薇に似た香りは香水? いや彼自身の香りとか? ほら、女児向けアニメのキャラだし…いい匂い…この匂いの香水とか販売していないだろうか。布団にふりかけて眠りたいな…


 恐れ多くも推しである黒薔薇のプリンス様に抱きついて頭を撫でるという行動に出た私だが、どこで手を引っ込めるべきか悩んでいた。

 そろそろ、泣き止んだかな?


 ──ぐっ…

「ぐぇっ!?」


 突如襲いかかってきた背骨への圧迫感に私は呻く。

 なんと、私はサバ折りハグをプリンス様ご本人にされているのである。痛い痛い。背骨折れます!

 いや、推しの腕の中で死ねるなら本望? って言いたいところだけど、私の目的は肉壁だし、ここで私が死んだらプリンス様が気に病みそうである…!


 私が苦しい苦しいとうめいていると、彼の腕の力が抜けた。

 …力を失ったかのように彼の身体が私を巻き込んでぼすんと倒れ込む。そう、ベッドの上にだ。


 えぇー! ベッド! ベッドの上に2人きり!?

 少しばかりアダルティな想像をしていた私は、夜のお相手もやぶさかじゃない! とウキウキしていたのだが、私の耳元に届いたのはすやすやと安眠するプリンス様の寝息だった。


 ……あぁ、抱き枕の代わりってやつですね。

 勝手に期待した私が自意識過剰な痛い女ってことですね、すみません。黒薔薇のプリンス様の相手はプリンセスコスモ! 自分の目的を忘れるな!

 よし! と自分に気合を入れ直し、彼の腕の中からそっと抜け出そうとしたが、ぬいぐるみを抱き直すかのようにギュウギュウされて私は幸せな気持ちと、このままの体勢なのは色々とまずいのではという焦りでせめぎあった。

 地下の部屋で愛しの黒薔薇のプリンス様と2人きり。私はドキドキして全く眠れなかった。彼の腕の中はいい匂いして、しかも御尊顔を一晩中眺められて幸せでした。

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