あなたに出会えた事に心からの喜び
女児向けのアニメなのに、主要キャラが死ぬってどういうことだ。
なにも死ぬ必要ないじゃないか!! 私は憤怒した。黒薔薇のプリンス様の死を引きずってアニメ制作会社宛に手紙を送った痛いお子様であった。
そんな前世の記憶を持つ私は呆然としていた。産まれて物心ついたときから違和感を抱いていたが、ようやくその違和感の原因を突き止めた。
どういう事なのだろう。なぜ私はここに存在するのか。辺りにはもやもやと黒いもやが辺りに散漫し、人々は小競り合いを繰り返して争っている。ここでは前世の私が生きた現代日本の科学文明は程遠く、逆に魔法や呪いという非科学的な文明だけは進んでいた。
黒髪焦げ茶の瞳という一般水準の容姿を持つ日本人だった私は、ミルクティーベージュの髪にヘーゼルカラーの瞳を持った少女に生まれ変わっていた。
そして、私が産まれたのは愛しの推しが統治するノワール王国……。
──まさかキュートプリンセスの世界に転生するなんて思いもしなかった。自分が前世のどこで死んだのかすら覚えてないのに、アニメのことだけはしっかり覚えている私の執念深さに軽く引いた。
それはそうとして、私は今黒いモヤが満ちるお城の前にいた。
ここに生まれ落ちたと気づいて私は決めたのだ。
彼のいる世界に転生できたのなら、私のすべきことはただひとつ。
私は彼を守ってみせる。
肉壁となり、彼を傷つけるものから守りきってみせる。
そして……彼の心の棘を解いてくれる心優しき乙女…彼の愛する人プリンセスコスモと必ず結ばせようと……! 彼のハッピーエンドを私がプロデュースしてみせよう…!
強い決意を胸に、何人たりとも受け入れないお城の門を叩いて叩いて、何度冷たく追い返されようと日参して、深夜も座り込み活動をして門番を困らせた。
そしてとうとう音を上げた門番が城のお偉いさんへ掛け合ってくれた。彼へのお目通しを許してもらった私は、謁見の間に控えていた麗しい彼を見て魂が抜けていきそうになった。冷たく鋭い美貌はまさしく薔薇の茨のよう。触れば傷つくとわかっているけど、触れずにはいられないその美貌は魔性。
「……私に用があると言うから通したものの……なんの力もなさそうな小娘ではないか」
その声は最高級ベルベットのような耳触りで身体の奥がぞくぞくと震えて全身の力が抜けそうな力があった。「死ね」って言われたらそのまま城の窓から外に飛び込んでしまいそうな強制力すらある。
すべてを拒絶するような黒曜石の瞳が私を見ている……! それだけで白米3杯は行ける…こっちお米ないけど。視線ありがとうございます…!
「黒薔薇のプリンス様! 私の名はミュゲと申します! どうか私を手下にしてください!」
どれだけ瘴気が振り巻かれようと、彼に拒絶されようと構わない。
私はあなたを幸せにするためにこの世界へ転生したのだから……!
「…いらぬ」
「そっそんな、そこんところどうか! 靴磨きでも洗濯でも何でもやりますから!」
「いらん。小娘にできることなど何一つない」
怪しさ満点の私を簡単に受け入れてくれるとは私も思っていなかった。
……ならば、信用してもらえる働きを見せねばなるまい。
「わかりました」
「わかったならとっとと…」
「白百合の野郎…いえ、ナイトの首を狩ってまいります」
「…は?」
私の一大決心に黒薔薇のプリンス様は間抜けな声を漏らした。
あらやだ、プリンス様そんな声出せるんだ。めちゃくちゃレアな瞬間見たぞ。
「憎きあのあんちくしょうの首を持って帰ってきたら、私の忠誠を信じてくださいますよね!?」
「待て、なぜユリウスの首を狩ることが私への忠誠の証になると思っているんだお前は」
白百合のナイトの本名ってユリウスって言うんだ。百合だから…? ってそんなことはどうでもいいか。
「ではどうすれば私を貴方様の手下にしてくださるんですか!」
「衛兵、この娘を摘み出せ」
……とまぁ、最初はこんな感じで拒絶され続けていたのだが、城へ日参して、「手下にしろー! 私はきっと役に立つー!」と訴え続けていると、「わかったから静かにしてろ」と受け入れてくださったのだ! なんてお優しい方なのか!
そんな訳で私は黒薔薇のプリンス様の靴磨き係として任命された!
変な行動はするなよ、とプリンス様から念押しされたので、真面目に働くふりをしながら、色々探ってみた。
アニメは隅から隅までじっくり見て、スクラップ帳を作ったくらいのヘビー視聴者だったので、設定はしっかり頭に叩き込まれているが、私という異分子が入り込んだことで物語の進行に影響を及ぼす可能性がある。そのために常にアンテナを張って周りの変化を探る必要があるのだ。
黒薔薇のプリンス様は原作アニメ通りに人を寄せ付けないし、愛が理解できない呪いのせいで感情も欠落していて、何かに興味を持つ素振りもない。だけど今のところ真面目に腑抜けた国王の代わりに国を統治している。能力的にはとても優秀なお方のようだ。さすが私の推しである。
ただ、長年勤め上げている使用人の話によると、彼を取り巻く“愛を理解できない呪い”は年々悪化しており、黒薔薇のプリンス様がどんなに心を律していようと勝手に瘴気が湧き出してしまう状態のようだ。このお城にいる人たちはそこそこ魔力があり、瘴気にも耐性が出来ているため平常心を保てるが、そうじゃない城下の人たちは攻撃的になり、小さな小競り合いを起こすようになったのだという。
この呪いをかけた人物は亡き王妃、そして唆した第三勢力の人間……呪いを解いてもらえるとは思っていない。むしろ奴らは敵だからだ。
やはりそこにはプリンセスコスモが必要なのだ! プリンセスコスモのまっさらな心が彼の氷結した心を溶いてくれるに違いない。
私が望むのは、黒薔薇のプリンス様の幸せ……彼の愛する人と結ばれること。そのためなら私は命を捨てても構わない。どんな手段をつかったとしても、コスモを手に入れ、白百合のナイトをぶちのめす…!
「そんな訳で首をよこせ! 白百合のナイトぉ!」
「どんな訳!? あと君誰!?」
アニメどおりプリンセスコスモと出会って共に旅を始めた白百合のナイトが城に乗り込んできたとの情報をいち早くゲットした私は、奴が黒薔薇のプリンス様と再会する前に首を狩ってやろうと待ち伏せしていた。
だって、アニメの中で黒薔薇のプリンス様の呪いが悪化したのってプリンセスコスモがプリンス様を拒絶したことがきっかけだもん。拒絶する隙も与えずに早く催眠術をかけてブラックプリンセスに仕立て上げる必要がある。
今の彼に必要なのは従順な花嫁。そのためには白百合のナイトを倒す必要があるのだ…!
「くらえぇ!」
お城の廊下に飾ってある鎧が持っていた槍を持って特攻を仕掛けたが、私の身体はグインと後ろに引っ張られた。槍を持ってジタバタもがくが、白百合のナイトのもとにたどり着けない。
なぜ前に進めないのかと身体を見下ろせば薔薇の茨が絡まって拘束されていた。
「侵入者の報が飛んできたと思えば……お前は何をやっているんだミュゲ」
「黒薔薇のプリンス様! 奴です! 首を狩りとるまたとない機会ですよ!」
「狩らなくていい」
何がお前をそうさせるんだ…とプリンス様は呆れ顔だった。そんな顔も素敵。最前線で見られるなんて幸せすぎる。
「兄上、いつから首狩り族を飼いならすようになったのですか…」
私がうっとりとプリンス様の美しいお顔を鑑賞していると、横から雑音が入ってきた。私は思わず顔を顰めてしまった。
失礼な、誰か首狩り族か。可憐な私のどこをどう見たらそんな野蛮な部族に見えるというのか。訂正しろ。
「ほら、お前は靴磨きでもしてこい」
「なりません! こやつらはプリンス様を仇なす存在! 私は貴方様を守るためにここから離れませんとも!」
ぐいっと頭を押されて退出させられそうになったが、私は引かなかった。たとえご命令だとしても従いかねる!
ぬん! とプリンス様の肉壁になろうと間に割って入ると、首根っこを掴まれた。
「衛兵、邪魔だからミュゲを部屋に押し込んでおけ」
「はっ!」
「なぜですか! 私はプリンス様の手下だというのに! 主人を放置して撤退しろと言うのですか! あまりにも横暴です!」
私は暴れて訴えていたが、プリンス様はそんな私を呆れた目で見送っておられた。アニメのヒロインのプリンセスコスモは口を軽く手で抑えて呆然とこちらを観ていた。あっかわいい! さすがヒロイン、ひと目でプリンス様の心を奪う愛らしさ……はっ!
あああああ! コスモとのキスシーン見逃したぁ!
ひどい! アニメファンとして見るべき貴重シーンなのに! なのにぃぃぃ!
「ちょっとだけ! 触りだけでもいいからみせてぇぇ!」
ていうかこのままじゃ、コスモを気に入ったプリンス様が拒絶されることで呪いが更に悪化してしまう! それを止めたかったのに。
それすらさせてもらえないなんて…おのれ、これが、これが強制力かぁぁ…!
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