谷間の姫百合は黒薔薇を愛でる
スズキアカネ
あなたに一目惚れ
幼稚園児の妹が見ている女児向けアニメ「キュートプリンセス」を一緒に観ていた当時小学4年生の私は、妹を差し置いてそのアニメにどハマリした。妹にドン引きされようとテレビの最前線に座り、舐めるように画面を観ていたあの記憶。
しかし、どうしても話の結末に納得がいかなかった。
国に突然謎の瘴気が出現するようになり、それを吸い込んだ人々は凶暴化してしまい、あちこちで争いが生まれるようになったのが物語の始まりだった。
国を守るために立ち上がった姫は母女王から渡された変身スティッキで伝説の戦士に変身する。ふわふわピンクの髪と赤い瞳を持った彼女は【プリンセスコスモ】──彼女は人々に害を与える瘴気の原因を突き止めるために旅に出ることになる。
彼女が城の外に出ると、瘴気の影響を受けて人々が争いを繰り返していた。それを止めるためにコスモは聖なる光を起こして争いを止め続けた。その繰り返しだったがきりがない。至るところで人々が傷つけ合う姿を見たコスモは心を痛めていた。
旅の途中で彼女はある青年と出会うことになる。黄金色の髪と緑の瞳を持った、美しい青年。彼は自らを【白百合のナイト】と名乗った。青年はこの瘴気の原因を知っているという。彼の異母兄である隣国の王子から放たれるものだと言うのだ。
つまり彼も隣国の王子ということになるが、彼は妾腹で身分の低い母を持つ王子なので王位継承権は末端。そのため騎士として身を立てているのだという。
そしてなぜ、原因の兄王子が瘴気を出しているというのにこの辺をうろついているのかといえば、兄の心を救ってくれる乙女を探しているのだという。
──乙女? なぜ心を救う乙女が必要なのかとコスモが尋ねると、白百合のナイトの表情は陰った。
『兄は、亡き王妃…つまり兄の実母に呪いを掛けられているんだ──…』
兄王子にかけられた呪いは“愛を理解できない”というもので、彼が何もせずとも呪いが勝手に進行して最終的に彼の心を蝕んでやがては感情を無くしていく。それによって瘴気は蔓延し、人々は争いに明け暮れる。そして共倒れした後、兄王子がこの世界全体を統べる魔王になるという残酷な呪いだった。
兄王子は幼少期からその呪いに心を侵され、周りの悪意に心惑わされてあちこちに瘴気を放っている状況なのだという。私利私欲を表に出して利用しようとする大人を見て育った兄王子は誰も引き寄せない上に、誰も信じなくなってしまったのだという。
心清らかな乙女が兄王子に寄り添ってくれたら、兄の頑なな心が開かれて呪いの進行を抑えられるんじゃないだろうかというのが白百合のナイトの考えだった。その話を聞かされたコスモは兄王子と会うことに決めた。
そうしてたどり着いたのが、かの兄王子がいるという城だ。外見からしてものすごい瘴気を発していた。それを取り込めば聖なる力を身に宿すコスモすらひとたまりもないくらいの濃い瘴気。
なんとか堪えながら城に侵入するとその人はいた。
人は彼を王の器たる人と称えた。またある人は恐ろしいお方だと恐れる。黒髪に黒曜石の瞳、恐ろしいほど整った美形の青年は人々から【黒薔薇のプリンス】と呼ばれていた。神秘的な美しさで人々を惑わせ、その声で名前を呼ばれただけで膝をつきたくなるような魅力を持っていた。コスモも彼の美しさに見惚れて呆然としていたくらいだ。
とはいえ、黒薔薇のプリンスが放っている瘴気のせいでとても大変な状況に陥っているので、見惚れてぼうっとしているわけにもいくまい。
『あの! 私はあなたに頼みがあってやってきたの! あなたが無差別に瘴気を放っているって聞いたのだけど、止めてくれませんか!?』
コスモは自らの使命を全うするために直球でお願いした。
争いなどせずにこの瘴気をおさめられるならそれが一番だからだ。
『……お前は私の瞳を直視するのか。誰も彼も、私を怖がって目を見ないというのに』
しかし黒薔薇のプリンスは別のことに関心を持った。
『目!? 私はあなたのことをよく知らないもの、怖いも何もないわ。それに私の母は人と話す時は目を見なさいというもの。目は真実を隠しているからよく観察しなさいってね』
仮にも一国の王女であるコスモは気丈だった。そんな態度も彼の興味をそそったのだろう。
『隣国の王女か。それにその魔法具はかの伝説の…──面白い』
コスモが隣国の王女であると同時に伝説の戦士であると知った彼は口元を緩めた。彫刻の美術品のように表情が変わらなかった彼の表情が変わった瞬間だった。
すっとマジックのように黒薔薇を一輪差し出してきた黒薔薇のプリンス。それを何も考えずに受け取るコスモ。黒薔薇を持った手ごと掴まれ引っ張られたコスモは黒薔薇のプリンスからそのまま唇を奪われるのだ。
『私のものになれ、プリンセスコスモ』
──黒薔薇のプリンスが興味を持った乙女。弟の白百合のナイトが探し求めていた乙女が見つかった。
これでコスモが彼の心を救ってあげたらこの瘴気もおさまるだろうと思えたが、黒薔薇のプリンスの胸を突き飛ばして唇を乱暴に拭ったコスモはキッパリ断った。
『嫌よ、いきなり何をするの!?』
彼女は黒薔薇のプリンスを拒んだ。
『…私のものになることを拒むか』
拒まれた彼は表情自体は変わらなかったが、彼から滲み出る瘴気は更に色濃くなってしまうのだ。
『お前が私のものにならないのであれば、私は瘴気を振りまき続ける。せいぜい出来損ないの異母弟と仲良く抗うんだな』
たった一度会っただけ、少し言葉を交わしただけだが、黒薔薇のプリンスはコスモに執着心を抱いた。そして彼女に拒まれたことで彼の固く閉ざされた心は更に頑なになり、余計に瘴気を発するようになった。
人々は彼を恐れて近寄りもしない。愛を知らないが故に彼は人との関わり方がわからない。コスモからぶつけられた拒絶に感情が高ぶってしまったのである。
『兄上、お待ちを!』
『出ていけ!』
どこからともなく棘だらけのツルが飛び出してきてそれに身体を拘束された2人は城から追い出されてしまう。
黒薔薇のプリンスは悪役よろしく瘴気を発して世界を混乱に陥れた。暴徒化する人々は争いに明け暮れ、そんな人間たちに感化された動物も荒れるようになる。コスモが聖なる力で争いを止めても、黒薔薇のプリンスの瘴気はおさまらない。イタチごっこが続くのだ。
血が流れ、命が刈り取られ、荒廃していく国を見下ろす黒薔薇のプリンスは無表情だった。なんの感情もなさそうにしていた。
『どうして…自分の国なのに…あなたは悲しいと思わないの!?』
コスモは瘴気にあてられて我をなくしお互いを傷つけ合う人々や動物を目にして涙する。彼女の言葉に黒薔薇のプリンスは不思議そうにしていた。
『何故泣くのだ。お前とは縁もゆかりもない相手なのに。誰が死のうと構わないだろう』
涙を流すコスモに見惚れながらも、黒薔薇のプリンスは彼女が泣く理由がわからないという。
『あなたは哀れな人ね。あなたの呪いを解いてあげられないのが悔しいわ』
彼にはどうしてコスモに哀れまなければならないのかわからなかった。
黒薔薇のプリンスは一国の王子。いずれは王になる。
つまりこの国は自分のもの。自分がこの国をどうしようと自分の勝手なのに、なぜこの女も異母弟も止めようとしてくるのか。
愛を理解できない呪いに蝕まれた彼はどうしても理解できなかった。
ただ、目の前で泣く女を手に入れたいと今までになかった執着心が彼の中で抑えきれなくなっていくのであった。
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