File:1-2_樹脂と霊光の森=Metropolis/
施されたアスファルト道路の上で騒音が交差する。見上げれば、立体交差した超軽量コンクリ質の空中回廊と、水槽のように全面硝子張り――否、強靭極まりない機能性
平日の朝。ここでは未だに多くの
……邪魔くさいな、こいつら。
鬱陶しい。目の前から迫っては通り過ぎる人間らを睨み、ヘッドフォンの音量を少し上げる。
この社会と自分を隔離するために。
日付――世暦二〇四四年十一月九日。
時刻――七時十六分三三秒。
場所――E一四〇°-〇七' / N三五°-三六'
気温――十二度。比較的高め。
湿度――七三%。午後には小雨。
気圧――一〇七三ヘクトパスカル。
風向――北北西
風量――二.五m/s
雲量――三オクタ。
コンタクト式の
化粧だってそうだ、自分で言うのもなんだが偏差値より10.6点高くデフォルトが整った顔立ちでは
耳を丸ごと覆うほどの大きくて時代遅れな機械的、あるいは無骨なヘッドフォン。その下には目深に被ったダーク調のキャップ。ひとたび走ろうものなら折れかねない細脚を包む黒いレギンス。その華奢とも虚弱ともいえる細身の十代女性の身体には、保守的な細身の男が着そうなグレーの無地のダボついたパーカーが羽織られている。
綿を履くように軽くも自動フィッティング機能を備える海洋プラ由来のハイテクシューズ。右手首にはリスト型の
客観的に見れば私はそのような姿だろう。
鼓膜を支配するエレクトリックに近いロック調の曲は私にとっての緩和剤。わずかな心地よさにすがりながら、地味な光が走る環状歩道橋を渡り、環状交差点の中央真上に高く浮遊している全面モニターの球体を横目に見る。
三〇枚はあるだろうスクエアカーブパネルモニターのそれぞれに流れるように報道している気象情報や広告、ちょっとしたニュースなんて雑音でしかない。ホログラムで代用すればいいものを、メーカーの宣伝と技術力自慢の為に電磁力という無駄なコストを使って浮遊している受信塔。ボールに近い大型ドローンに見える気もするが、空に固定されたまま、映像を流し続けている。音声は指向性のようで、場所によって流れてくる音が異なる。
昼頃の降水確率は九〇%、しかし雨量はそこまで。スロットで小遣い稼ぎする時間は十分にあるが、徹夜明けにあの爆音は堪えるのでまた今度にする。
このクソみたいな気分と体力を鑑みれば、この無意味な散歩のモチベは四一分が限度か。電磁傘も、片手をふさぐレトロタイプの傘も面倒だ。
ガラス張りの大木の森を縫うように滑走する
私の横をドラム缶大の円筒型ドローンが通り過ぎる。公共物なのにいまだにこんな古い
それを横目に、前から歩いてくる通行人を避ける。佐原修一、年齢は二十一。大室大学の学部生か。情報学部所属をPRしたいのか、最新と謳われるコンタクト型の情報端末機から投影された
ちゃんと前見て歩けっての。呼吸するよりも容易な舌打ちはヘッドホンの音で聞こえない。
ファッション店の前に設置されている映像看板も素通り。スクロールして上から流れてくる流行は私にはどうでもいい。
丁度小腹がすいてきたとき、根暗が敬遠しそうな喫茶店が目に入る。朝の都会であるにもかかわらずあまり中には客がいないようだが、会社員や若い起業家の姿がちらりと見えるのが、入る壁をさらに厚くさせる。壁一面が硬質透過樹脂の
そこに期間限定メニューの映像がショウウィンドウのように表示されてはスクロールされていく。その中に紛れる『学生割引一〇%OFF *大盛りや以下のメニューは対象外とします』という電光文字。それをただ一瞥する。
もう私には関係ないことだ。
無駄な情報だと、内容と食欲を五秒もせずに忘れ去った。
「はぁ……」
誰にも気づかれないくらいの小さな溜息をつきながら、ふと目に留まった古い自販機に足を運んだ。この先鋭的な都市と時代に置いてかれたようなそれが、どこか自分と似ていて同情でもしたか。そんな水面上に出てきた深層心理に、またも腹が立つ。
私は自販機に展示されているように並んだ多種多様のジュースを目で選ぶ。
結果、こんな寒い季節なのにもかかわらず冷え切った
そのとき、自販機からゲームセンターのゲーム台のようなリズムの整った音が鳴る。ああ、あったなこんなの。恒例のナンバースロットだ。自販機のデジタル表示画面にスロット式でデジタルな数字が回る。この仕様も古くさい。
「……これ当たるな」
当然の
すると、音質の悪いアタリのファンファーレが小さく鳴る。ガチャでは
「……」
小さく鼻息をついて、もう一本選ぶ。ガシャンと落ちる音を合図に屈む。この
「まぁ当たっただけいっか」と独り言を発する寸前、もう一度息をつきたくなる感覚を脳内で得る。人が気持ちよく話しているときに横やりを入れられたような気分を抱えたまま、ふたつの缶をポケットに入れて振り返った。
「여기서 직진하면 바로 앞에 가이드 맵 스테이션이 있으니 그곳에서 경로 데이터를 다운로드하거나 길 안내용 휴머노이드에게 길을 물어보는 것은 어떨까(ここからまっすぐ進んだ先にガイドマップステーションがあるので、そこで経路データをダウンロードするか、道案内用のヒューマノイドに道を尋ねてみたらどうでしょうか)?」
視線を外しながらも顔を向けた先には、何かを聞きたそうな表情から驚きの目で私を見ていた他人がふたり。八三歳と八一歳の老夫婦。姓は
そんな内心を視線で意志表示したつもりだったが、眉をひそめることもなく、笑顔でお礼を言ってくれた。こんな風ににっこり笑える人種がいるから私という存在が後ろめたくなって生きづらくなるんだと喉の突っかかりを覚える。この上、韓国語上手だねと言われるのもむずがゆい。
ついでにアイヴィーのメンテナンスをショップでするようアドバイスを付け足しては、夫婦の背中を見送る。
「……。なんか一気に疲れた」
他人と話すこと自体久しいんだ、五日分の
でも案外、気分は悪くない。
気怠そうに、だがほっとしながら缶を開けようとしたとき、
「そこのアンタ。ちょっといいか」
「ひゃいっ!!?」
突然の呼びかけに変な声が出てきてしまった。背筋もピンと伸び、しゃきっとしては缶を落とす。人に二度も話しかけられるなんて厄日だろ今日。
声のベクトルは
相手の姿を確認するためゆっくりと振り返る。せめて警察でないことを願うばかりだ。いや、警察じゃないのも"わかっている"。分かっているがなぜだか特定はできない。それが私を戸惑わせた。
「……なんでしょう――」
滲む冷や汗を感じつつ、極力低く、冷淡な声を向ける。背後から警察のように声をかけた人物。じとりとした瞳孔が思わず開いた。
もう縁がなかったであろう
まず外見が明らかそれだ。黒いレザージャケットの下の白いアンダーからでも、練り上げられ、かつ引き締まった筋肉質であることが十分に見て分かった。ジーンズもすらりと感じた辺り、羨ましいことに脚も長い。人種も混ざっているようで、日本生まれというより英国寄りか、それらしき顔つきと体の骨格を思わせる。
銀のピアスとリングネックレス、そして手首のリング型
外見はしっかりしてるが首の長さと小さめの顔つき的には上下型の一種。しかし重心が足の外側と後ろ側が主体、かつ腰椎の下部でバランスを取っているあたり、開閉型の十種だと捉えられる。畜生が、どちらも私の苦手なタイプだ。
だが、問題なのはそれじゃない。
「
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