Disc.1_I Dead; METROPOLISの悪夢

File:1-1_全知を患う少女=Laplace's demon Syndrome/

 この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。あなたはそう信じて疑わない。


   *


 物事は複雑に見えるも、因数を分解し収束すれば単純な式へと書き起こせる。

『オーケー、そのまま貯蔵庫前ストレージに引き付けろ』

 システム・プログラム環境と回線状態、感度、地形、風向、空気抵抗、重力、武器の威力と射程距離に発射頻度、味方と敵の位置と動向、プレイヤー自身の心身のコンディションと癖ともいえる学習および思考パターン。すべては条件と制限の種類と組み合わせ、そして人の統計的行動心理に依存する。立ち回りと予測、視点の多様化と言えばそれまでだろう。


『よし、ワンキルもらい――』

「バレバレだから」

 故に、狙撃キルされる最適な位置ポイント機会タイミング読める・・・し、ヒットするだけの交戦距離をもつ銃を定点に向けてトリガーを引けば約六〇〇メートル先の廃ビル――狙撃者に対しカウンターを決められる。距離に比例し威力は低くなるが、ヘッドショットであれば最高レベルのヘルメット装備であろうと二発で倒せるキルできる仕様は幸いと言える。


 金属質の施設から顔を出し、砂埃と赤茶色の荒野へと足を踏み入れて右の突貫階段を昇れば最後、四時の方角から私の後頭部に一発かませる算段だったのだろう。技量が高くなければやろうとすら思わない戦術やりくちだが、相手の誤算はわたしの技量を見誤ったことにある。


『っはは! 嘘だろ、後ろに目ん玉ついてるのか!?』

『噂通り、照準性エイムも尋常じゃない。スコープ使った挙動もなかったし、普通あんな距離肉眼じゃ見えないだろ、何fpsのやつ使ってんだよ』

『とんでもないモンスターが日本Japanにいたもんだぜ。あれで不正行為チーターじゃないのが信じられねぇ』


 偶発的に見えるも、そこには目に見えない細かな歯車が回っている。ただし、戦闘中のコミュニケーションをもってすれば状況を覆すレバーともなり得るが、私自身はそれをしない。敵味方の言わんとすることにもパターンがあるからだ。

 時間に応じ、収縮する戦闘領域リング。そうなれば、衝突は避けられない。角を曲がれば銃撃戦の開幕はじまりだ。


『クソッ、回復の暇もない』

『割れねぇ畜生、なんでろくに当たんねぇんだよ!』

『あいつに物資を取らせるんじゃねぇぞ、いいな!』


 昔の仕様クオリティならば厳しかったかもしれない。だが可動域や運動性のスペックが特段高いこのシステムならば、三人四人に狙われようが抜け道はある。再現された弾の軌道と伴う風や衝撃波は現実リアルには及ばないが、単純なヒトの脳であればその区別はつかないだろう。撃つモーションを予測しては回避態勢を入力し、弾の軌道を読んで撃ち返すカウンター。これを瞬時コンマ一秒以内にやるだけだ。


狂ってやがるクレイジー! 漁夫サードパーティごとやりやがった』

『TASでもまだ慈悲があるぜ』

快楽殺人キルムーブ野郎が、俺を誰だと思って――』


 サブマシンガンをもって最後の一人を仕留めると、「You are the CHAMPION」の文字が目の前に表示される。役目を終えた銃を下ろすと、仮想空間からそれが消去した。


 フルダイブ式FPSの一種、VoFこと「Vertex of Frontier」。総プレイ人口は全世界合わせて一億人前後と相当の人気だから続けてみたが、今のところ全勝の記録を更新し、シングルではレート的に世界上位十位以内にランクイン。今日は目をつけてきた世界二位の人とマッチできて勝利を収めた。


 この界隈のトレンドにも無名の野良プレーヤーわたしのことについてさらに上がり始めてきたから、今日をもって撤退を決める。設定画面を開いてはアカウントの完全削除を一切ためらうことなく実行した。


 ゴーグル搭載のヘッドセットとグローブを外し、ベッドに投げ捨てる。明るい世界に反し、より複雑な世界リアルは狭くも暗い闇に覆われていた。


「……ふぅ」

 枕元に置いてある箱のスイッチを押し、球状の果汁飲料をつまんでは口に放る。必需品のコーラとエナドリがこの場にないときの代用品だ。

 照明をつけないまま、携帯端末を白い専用台に置き、拡張版ホログラムウィンドウを展開する。SNSのトレンドとチャットメール、通販サイトを同時に開いて目の前の空間に一列に並べる。一件の通知を確認した。


 時折来る、遠方に住む妹――舞歌まいかからのチャット。他の連絡なら見ることすらしないが、この子だけはせめて目を通そうと思う。ただ、同時に躊躇いと怖さが生まれてくる。着てほしくないわけではないが、とてつもなくストレスになっているのは確かだ。


 だが、こちらの気持ちを裏切ったようにおはようのスタンプと、一言。

『今日いい天気だよ! せっかくだしどっか出かけてみたら?』

「……引きこもり前提かよ」


 それに午後から雨が降る。返す気にもなれず、ホロウィンドウを消す。

 一度ベッドに横たわるも、そのまま眠りにつく気も起きない。カーテン越しから差し込む紫外線を見てため息一つつけると、ベッドから重い腰を上げて机の上の錠剤タブレットへと手を伸ばした。


 ぶかぶかのTシャツを脱ぎ、スポーティなショーツ一枚だけになる。そろそろジャージかスウェットくらいは着ようかと思いつつも外出用に着替える。空調が自動で切れる音を最後に部屋を出ては廊下を歩く。だが、そこで待ち伏せでもしていたかのように叔母が声をかけてくる。


「お、おはよう、奏宴かなえ。今日は朝早いのね」

「……」

「ど、どこかにいくの?」

「別に」


 臆病な言葉の裏に見える目的つたえたいことが、私の聞く気を失わせた。鋭利で冷たい本音がわかりやすくその目から伝わってくる。

 叔母は勿論、ダイニングでホログラムテレビを見ている叔父にもひと目も合わせることなく、さっさと家を出た。


「幸恵、もういいだろう」と諦めたような叔父の声。

「いやよ! あなたもなんであの子を引き取ったりなんかしたのよ」

「仕方ないだろう、金まで積まれたんじゃ。それに兄妹かぞくが困ってて放っておけるわけがないと前にも言ったはずだ」

「だからといってあたしたちが負担になる必要ないじゃない! 近所の目もあるし、さっさと職を見つけて出てってほしいのに――」


 防音性の高い玄関口が閉じ切っても尚、エレベーターに乗るまでの間に聞こえてくるふたりの音波こえ。負担も何も、自分が買う分だけ稼いでいるし、税や家賃だって一部払っているから向こうの経済的な支障は少ない。しかし金の出どころが潔白じゃないという時代遅れの価値観故に受け取らないふたりにも原因がある。


 一階に着いた時、奇異そうな視線を向ける九〇三号室の主婦と入れ違う。

 やっぱりそのまま寝ていればよかった。

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