第2話 コンビニでの出会い

 そんな自分は高校を卒業したら土木作業員として働き始める。正直、向いていない。重い木材や機材を運ぶのに、ヘロヘロとして落としたりぶつけたりしていた。


 それでも怒られながら働いているのは、単純に他に働く場所が無かったからだ。


 ただ、二年も経つと、少しは使えるようにはなった。腕には薄っすらと筋肉が付き、大きな荷袋を担いでもフラフラしない。


 仕事終わりは毎日コンビニに寄った。自炊が出来なかったので、朝昼晩と毎日がコンビニ飯だ。この日もカルビ丼を持って、レジへと向かった。いつものように、無言で店員の前に置く。


「差し出がましいこととは、分かっているんですけど」


 それは、そんな前文句から始まった。いつもと違う様子に自分は顔を上げる。そこにはコンビニの制服を着たポニーテールの若い女性がこちらを見ていた。


「お野菜。少しは食べた方がいいですよ。毎日、お肉と炭水化物じゃないですか。フルーツとか、ヨーグルトとかも取った方がいいですよ」


 彼女は人差し指を立てて、どこかの先生のように自分に言い聞かせていた。


「えっと、自分ですか」


「他に誰がいると言うんですか?」


 確かに店の中に客は数人いるが、レジの前には自分しかいない。そのとき、彼女の後ろを他の男性店員が通る。


「菊池さん。毎日来る君のこと気にしているんだよ。話を聞いてやってよ」


「はぁ」


 彼女は菊池さんと言うらしい。それにしても、混雑していないとはいえ、大らかなコンビニだと思った。


「それじゃ、お弁当を選び直しましょう」


 菊池さんと会話を交わすようになったのは、これからだった。


「二十歳? 私より年下じゃない!」


 菊池さんは年下だと分かると、すぐにため口になる。彼女は近くの大学に通う大学生だった。コンビニに行くと、レジにお客さんが並んでいない限り話しかけてくる。


「おっ、中華丼。野菜も入っていて美味しいよね」


「楽だからってパンばかりはダメ。それに、たまにはお味噌汁も飲まいと」


 奇妙な感覚だ。まるでお節介な姉に世話を受けているようだった。そんな小さなお世話を受けていると、当然毎食のメニューにも変化が出てくる。


「圭介。お前もしかして、彼女ができたか」


 作業員の先輩が弁当を広げながら聞いてきた。自分は昼飯を広げていた手を止める。今日のメニューはコンビニで買ったおにぎりにサラダとチキン、それからポットに入れてきたインスタントの味噌汁だ。


「そんなんじゃないですよ。少し気を使っているだけで、コンビニ飯ですよ」


「そのちょっとの気づかいってのを自分じゃ出来ないものだ。俺も嫁さんを貰って実感したもんさ」


「いや、でも彼女はそんなものじゃ」


 自分がそう言うと先輩はニンマリと笑った。


「やっぱり彼女じゃないか」


「いや、彼女ってそういう意味じゃ」


 先輩は勘違いをしている。ただ、彼女を見る眼が変わったのはそれからだ。コンビニに入るとまずは菊池さんがいないか確認する。レジをしているようだと、終わるまで待っていた。自分の見る眼が変わると、彼女にも変化が出てきた。眼が合うと、パッとそらすようになる。


 そんなことを続けていると菊池さんから言われた。


「今日の夜バイトないんだけど、一緒に遊びに行かない?」


 デートの誘いだった。自分は菊池さんの顔も見られずに、ただ一回頷く。


「じゃあ、近所の神社の前で」


 神社と聞いて、菊池さんを振り向いた。


「今日お祭りなんだよ」


「そう、なんだ」


 とてもではないが神社嫌いだとは言えない。菊池さんも勇気を出して誘ってくれただろうし、そんな理由で断ったら嫌われてしまうのではないかと恐れたからだ。


 仕事を済ませて、自宅に帰ると小綺麗な服に着替えた。あまり気負い過ぎない黒いポロシャツにしておく。嫌いな神社で彼女の前で笑えるだろうか。不安を抱えながらも、約束の神社に急いだ。


 神社に着くと菊池さんは既に鳥居の前に立っていた。


「菊池さん、浴衣……」


 薄い藤色に青の朝顔が描かれている浴衣だった。あまりにいつもと違う姿で、ぼうっとなってしまう。


「もう! そこは似合っているよとか、嘘でも言うもんじゃないかな」


 見つめるばかりで何も言わないでいたら、菊池さんがおどけた調子で言った。


「あ、似合って」「行こ!」


 言いかけているところに、菊池さんは自分の手を取って鳥居をくぐった。


「あ! ヨーヨー釣りしたい。しよう!」


「いや、参拝してからでしょ」


 えーと声を上げる菊池さん。まるで子供だ。歩きながら十数年ぶりの神社を見渡した。小さな神社で参道も短い。肩がぶつかりそうな距離ですれ違う人々。屋台の匂い。全てが懐かしく、もうほとんど覚えていない父母の姿がそこにあるような気がした。


 本殿の前で菊池さんと並んで手を合わせる。特に何を考えるわけでもなかった。


 その後、菊池さんとヨーヨーを釣り、トウモロコシを食べ、かき氷を食べる。今はコンビニではないので店員と客の立場ではない。遠慮せず菊池さんとも話せた。


 菊池さんが下の名前が千世ちよさんだと初めて知る。大学では教育学部に通っていて、小学校の先生になる予定だそうだ。自分のこともたくさん話した。仕事のこと、本を読むことが好きなこと、両親を亡くしていること。菊池さんは口を挟まずに頷いてくれた。


「本当は神社嫌いなんだ」


「どうして?」


「最後の思い出が神社のお祭りだったから。だから、避けていたんだけれど、菊池さんと一緒なら平気みたいだ。それともただの考えすぎだったのかな」


 あれほど、嫌っていたのにおかしいとは思うが、もう自分も大人になったということなのかもしれない。


 しかし、家に帰ってから一つのことに思い立った。茅の輪だ。


 あの日、くぐった茅の輪。厄災を払うはずなのに、神様は自分たちを裏切った。


 この神社には茅の輪がないから、自分の心もざわつかないのではないだろうか。茅の輪が設置されている神社は限られている。もう二度とくぐることはないのだろう。


 そう思った。


 神社の夏祭りに行ったその日から、自分と菊池さんは付き合い出した。


 それから、六年が過ぎた。

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