姫蜂

木瓜

序章

辺りは、心地よいぬくもりと静寂に包まれている。

どこか、懐かしさを覚える感覚と香りに、私は必死に記憶を辿る。

 

―あぁ、お母さんのおなかの中だ―


自分が胎児だった頃の記憶なんて、当然覚えているわけもないのだが、不思議と、今は羊水の中にいるのだと、納得した。


私は、奇妙な出来事に戸惑いながらも、保障のない安心感に身をゆだねていた。


すると、突然世界が暗転した。

ぬくもりは、心を突き刺すほどの寒さに変わり、静寂は穏やかな姿から一変、不安を助長する禍々しさを纏っている。

 

―どうして…―


いつかは、崩れ去る平穏だと分かっていたはずなのに。

永遠に続く幸せなど、あるはずもないと知っていたはずなのに。


何故期待したのだろう。

夢を見たのだろう。


訳も分からず涙が溢れ、みっともないほど大声で泣いた。


この涙は、私への罰だ。


愚かにも、人並みの幸せを望んだ、背教者への神罰だ。


気付けば、切り離された女の頭を抱きかかえている。

それは、とても愛おしくて、苦しくて、悲しくて、憎くて、いとおしくてにくくてイトオシクテニククテ…


女が艶然と微笑んだ。


それは、この惨劇にはあまりにも「不適」で、惨劇を招いた相手に向けるにはあまりにも「不敵」な笑みだった。


私を見つめる瞳には、深い闇が灯っていて、私を徐々に溶かしていく。

崩れていく意識の中で、ざらつくような、不快感が入り混じった声が、私の耳元に囁いた。


「愛しているわ」


ゆったりと、蝕んでいくように


「わたしは、あなたを愛している」

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