死霊術士は恋をした

野菜育ての兄

雪の墓守

 覚えている一番古い記憶は、暗い地下墓地カタコンベ


 物心が付く前から死体と暮らしてきた。親は居ない。墓場に捨てられていた私を、素材たる死体を探しに来ていた死霊術士達に拾われ、術を学んだ。


 腐臭と血臭にまみれた幼少期。

 それでも同胞に囲まれ、寂しくはなかった。


 雪がチラつく冬の始まり。


「おい、何してんだよ」


 素材集めに地上の墓地に出ていた。後ろから掛けられた声にびくついてしまう。


「あァ? し、死体掘り返してんのか?」


 声の方向。

 やたら鋭そうなスコップを持った少年。


「え、あ、これは」


「あー。もしかして死霊術士ネクロマンサー?」


 答えられない。

 恐らく、少年は格好からしてこの墓地の墓守はかもり。墓守と死霊術士はその役目状、敵対関係にある。死体の盗掘が見つかった死霊術士は墓守に殺される。私に抵抗できるほどの力は無い。


「こんな小さな女の子が……」


 少年は顔をしかめ、整えてもいないボサボサ髪を掻く。


「……ぁ」


 わたしは怯え、逃げることも出来ず震えてた。


「殺さ…ないで…」


「あァ? 殺しゃしねェよ」


 わたしの前を通り過ぎ、機械的に死体の入ってない棺桶を埋めていく。


「……え?」


「お前ら、死霊術士が死体持ってくのは構わんのだけどさぁ。ちゃんと掘った穴を埋めといてくれよ」


「ご、ごめんなさいっ!」


「いいよ。でもそのソリ、一人で引けるのか?」


 死霊術士達が死体の運搬用に使うソリ、雪深いこの地域では必要不可欠な道具。寒く乾燥したこの地域だからこそ、状態の良い死体が収集出来る。


「えっと……」


 まだわたしは死霊術士としては半人前。習練に使う死体も自分で集めねばならない。正直、死体を運びきれるか怪しい。


「……何処まで? 運ぶよ」


「え、いや……い、いらない」


 墓守に、拠点を知られる訳にはいかない。


「ん? あ~」


 少年は何かに納得したように、自身を指さし。


「俺のこと、墓守だと思ってる?」


「え?」


「もうこの墓地に墓守はいないよ。俺は奴隷」


 少年の着るボロボロの衣服。ずらすと首筋に、赤い×印ばつじるし。周りに少し変わった文様。多分、呪術刻印の類い。


 大抵、墓地には複数の墓守がいる。墓守の管理で墓地を運用するよう、フィリーア教会から義務づけられている。


 墓守の役割は、二つ。

 死霊術士が死体を得て、強力な軍隊を作らないようにする為。もう一つは、疫病の防止。


「この墓地、数年前から放置されてて、今は俺が管理してる。別に死霊術士が何しようが俺は関係無いからな。殺しもしない、邪魔もしない」


「え、でも貴方は。ど、奴隷で、誰が命令してるの?」


「ん? あァ、ここの墓守が主人だったんだ。でもちょっと前に死んじまったからなァ」


 穴を埋め終わり、少年は私に向き直る。疑問が晴れる。少年は奴隷。主人は墓守。墓守は死霊術士と敵対する関係上、魔術が使える者が多い。恐らくは主従契約でもされたのか。この墓地を管理するようにと。


「し、死体。運んでくれるの?」


「あぁ、いいぞ」


「じ、じゃぁ……お礼。契約解くから」


 そうすれば少年は自由の身になるはず。


「……え、解いてくれんの?!」


 陰鬱そうだった表情は一変し、少年の顔に笑顔が浮かぶ。


「ありがとう、えっと。お前、名前は?」


 少年がわたしの手を掴み振ってくる。


「……ネメ」


「そうか、ありがとう。ネメ、俺はスノウ。よろしくな」


 雪降る墓場。寒々しい空。

 なのにわたしの胸に広がったのは、春の日みたいな暖かさだった。




 



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