運営のメンタルコントロール方
『本日は皆様に緊急支給する物資があるので必ず配給所へ来てください』
スピーカーは朝からそればかりを叫んでいた。珍しいことに支給の理由を一切言わず、ただ来てくれと言うだけなのが不気味だった。
今までなら人口が増えたり、失われた技術の一端が復旧したなどの特別なことがなければ配給が増えることは基本的に無かった。そして現在、前者も後者も噂さえ聞いていない。
「お兄ちゃん、なんだと思いますか?」
「さあな、ただ一つ言えることがある」
「なんです?」
「絶対ロクな理由じゃない」
俺は断言した。運営は何の理由も無く配給を調整したりしない。いつもの固形食料と栄養ドリンク意外には生活に必要最低限のものしか配ってこなかったのだ。突然そんな景気のいい話が舞い込んでくるなど余りにも不自然だ。
「リリー、行ってみるか?」
「んー……そうですね、行ってみましょうか」
こうして俺たちは配給所に向かった。時々出会うことのある同じ区に住んでいる人は幾人か配給品を持っているが、軽そうな一袋で気の向かない顔で帰宅を急いでいた。ぱっと見でも分かるほどにその袋は軽そうだった。
「外れ……かな?」
「まあ運営がロクなものを配給してきたことなんてまず無いじゃないですか、期待してはいませんが、ないよりはマシなのじゃないですかね?」
ポジティブなやつだ。時々運営は『正しい交尾の仕方』などと言うクソ本を平気で配布するのでそれに属したものだろうか? しかしそれにしてはそんなものを緊急で配る意味が分からない。
「お兄ちゃん、考えるのもいいですけど……行ってみないと分からないものですよ」
そう断言して歩を進めた。やがて幾人かの帰宅している人を見てから俺たちは配給所にやってきた。
「お越しくださってありがとうございます。ええっと……昴さんとリリーさんですね?」
「はい、そうです」
「私たち夫婦がどうかしましたか?」
「お二人は配給を多めにするよう下達されておりますので少々お待ちください」
体調管理も無しに受け付けさんはバックへ戻っていった。俺たちに多めに? そんな理由があるだろうか? 少なくとも俺たちに子どもはいないし、何か功績があるわけでもない。
「お兄ちゃん、なんか怪しいような気がしますね?」
「そうだな、いつもケチをつけて配給をケチっている割には妙に気前がいいな」
「しかし、一体何を配給するのでしょう?」
そんなやりとりをしていたら受付さんが戻ってきた。
「お二人への配給はこれになります」
そこそこの袋を俺たちに手渡す。片手で持てる大きさでやたらと軽い袋だった。
「それは帰宅後に開封するのをお願いしていますが構いませんか?」
「ええ、構いませんよ」
というかいつもそうしていた。略奪などがあるわけではないが、余りひけらかすものではないからだ。
しかし、今日の配給については明確に帰宅後に開けてくれと言っている。なんだか俺は危険物でも入っているのじゃ無いだろうかと不安になった。
「ではお二人へこの通告をお渡ししますね。どうぞご理解ください」
紙を一枚俺たちに渡してくる。その紙には地下水の吸い上げ施設の建設案内だった。
「何故これを?」
「まあ……いろいろありまして」
言葉を濁された。おそらくここで尋問まがいのことをしてもどうにもならないことなのだろう。俺はリリーに帰宅しようかと告げた。
「帰りますかね……」
そうして俺たちはのんびり帰宅していった。いつもの認証をして自宅に入る。そして配給袋を開けてみた。
「薬と……耳栓?」
「耳栓ですね、どこからどう見ても耳栓でしょう」
よく分からない組み合わせだったが薬の使用法を読んでみた。
『よく眠れないときに使用してください。長期連用は避けてください。併用禁忌は特にありません、ご自由にお使いできます』
「睡眠薬……だな」
「なんですかね? お兄ちゃんをこれで寝かして夜這いでもかけて欲しいんでしょうか?」
冗談なのだろうが冗談に聞こえないのが現代社会の怖いところだ。
「まあ待て、耳栓もセットしてあるのに意味があるんじゃないか?」
「耳栓ですか、私はアンビエントサウンドを流しながら寝るんですがね……」
そういえば……
「そういや、通告書も来てたな。これには何が書いてあるんだ?」
「うーん……この区の近所で地下水の利用施設の新設を行うって内容ですね、ああ、よく見たらこれ近所の話ですね……」
近所、工事、睡眠薬、耳栓、答えは一つだった。
「まーたクソうるさい工事をする気か……」
「みたいですね……まあこれで我慢しろって事なんでしょう」
それから数日、爆破と掘削が始まるととてもやかましく、そりゃあ耳栓も必要になるだろうという事態だった。
俺たちは大声でやりとりをする、遮音性の高い耳栓でまともに聞こえるためには大声で話さなければならない。
「お兄ちゃん! なんですかこれ! 象が地団駄でも踏んでいるんですか!?」
「まず象はとうに滅んでるし、地団駄なんてレベルじゃない!」
大声で喋るのは疲れる。俺は大音量に嫌気がさしながら適当に食事を済ませた。そうしてその日は就寝したのだが、耳栓が大活躍していた。
「お兄ちゃん!! このやかましい工事はいつ終わるんですか!」
「通知書によると三日だな!」
「何時までこうやって大声が必要なんでしょうね!」
俺たちは大声で喋るのが当たり前になった。はた迷惑な工事だが、水資源の確保は実際に重要なので我慢するしかなかった。俺たちが自由に水を使えるのに、そのための負担を被るのを拒否するのは自分勝手というものだろう。
そして煉獄のような三日間を過ごし、ようやく掘削機のやかましい音が止まってくれた。
そしてありがたいことに、協力報酬としてカット野菜を一パックもらうことが出来たのだった。
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