第12話再来

第二回投票まで残り3分。


 拳斗の脳内はその時最悪のシナリオを描き出していた。予想されうる最悪のシナリオ。誰もが簡単に想像できるが、実行するものはいないという固定観念ゆえに結果として誰も想像しえないシナリオ。


 拳斗の思考は唐突に地獄の釜の蓋を開けた。拳斗は鬼が手をこまねいている姿が確かに見えた。煮えたぎったマグマの中に人を引きずり込み敗北という地獄へいざなう鬼の姿が。一度引きずり込まれたら最後、敗北までの一本道。すでに木村の国の全員を乗せたトロッコはレールに乗って加速を始めていた。


 しかし、確証はまだない。拳斗が想像したのは最悪のパターン。もし仮にそうだとしても残り3分では手の打ちようがない。結果として今回の投票は適当に入れるしかない。が、もし予想が外れていなければ拳斗には第三回投票に残れる自信があった。他の4つの国の勝ちへの論理に気が付いたのだ。


 木村は投票残り1分前。苦し紛れに今回も出す手を指示した。今回もパーである。木村は相手国のロジックに気が付いていないのかどうかはわからないが同じ手はいくら本来のじゃんけんと違うとはいえ出しづらいだろうと踏んだのかもう一度パーという大博打にでた。


 「拳斗君、あずささん」


 後ろから突然声を掛けられ二人とも驚いた。周りにいた人も自分が呼ばれたわけではないとわかりつつも少し大きい声に振り返って反応していた。


 そこには室井が立っていた。


 「拳斗君、あずささん。今回出す手は聞きましたか?僕、聞きそびれてしまって。教えていただけませんか?」


 見当たらなかった室井の出現に二人とも驚いたが、拳斗はすぐに再起動を果たした。


 「今回もパーで行くらしいぞ。それより室井、ずっと姿が見当たらなかったがどこに行ってたんだ?」


 「僕?あ、あぁ。恥ずかしい話少し緊張で胃が痛くなってしまって…。トイレに籠ってたんです。さっき出てきたばかりなので姿が見えなかったのもそういうことだと思います」


 「そうか、間に合ってよかったな」


 「はい、ありがとうございます」

 

 室井は少し照れたような顔で恥ずかし気に首を掻きながら言った。あずさは室井が姿を見せてホッとした表情をしている。すでに投票までの時間は迫っていたためそんなやり取りをしている間に投票の時間がやってきた。


 今回の投票は前回よりも恐ろしく早く進んだ。人数は前回とほとんど変化はないがみんな二回目にしてもう慣れてきたのだろう。


 そして第二回開票の時間。


 「第二回投票結果の発表をします」


 前回同様スクリーンに映し出された三枚のカードの絵。さすがに結果発表にもなると全体の空気は引き締まった。この瞬間だけは何回やってもなれないだろうなと拳斗は感じた。しかし、拳斗には結果に関してある推測があった。あるいはまだ予感というべきかもしれないほどの細い推測の糸。この予感はもちろん勝ちへの僥倖などではない。ひとたび当たってしまえば果てしなく深い谷の中に崩落する凶兆。前回の5つの国すべてがパーを出したというのが本当に単なる偶然で、今回はしっかり国ごとに手がばらけて入学が決まればそれに越したことはない。ただ、そう簡単にいきそうにないことは恐らく場にいる全員が理解していることだった。入学をかけた第二回開票は拳斗にとってはこれからの明暗をわけるものになるという予測だった。


 様々な推測や憶測が飛び交う中、そんな思考は無意味であるというように進行役の生徒はポケットから紙を取り出し結果発表を始めた。


 「グー。6票。チョキ。5票……」

 

 拳斗は鳥肌が立った。教員、上級生、新入生、すべての動きがそこで止まった。進行役の生徒も発表の段階になって初めて結果の紙を見るのか驚きで次の言葉が出ない。第一回投票のトラウマがまさに今一度呼び起されようとしていた。


 進行役の生徒は自分に与えられた役割を全うするために驚きを押し殺し辛うじて続きを読んだ。


 「パー…。277票……」


 スクリーンに大きく表示された277という文字があまりにも現実感がないものに感じられた。


 木村の国のメンバーは驚愕。あってはならない結果。二度と起こらないと信じていた結果が今まさに目の前で現実となっている。今回も脱落するのは無所属グループのパー以外を選択した者のみ。


 「それでは、脱落した方は速やかに退場をお願いします……」


 前回同様脱落者の退場があっという間に行われ、その後また新しいカードを配るため席に戻るように指示をされた。


 第三回投票に駒を進めた残り277人全員にカードを配り終わると、進行役の生徒は一つ付け加えた。


 「新入生の試験は想定よりも時間を要する恐れが生じたため、投票までの自由時間を10分とすることとします。ご理解をお願いします。それでは第三回。…始め!」


 ほぼ全員が第二回投票の衝撃から立ち直っていない中、残酷にも第三回は始まった。それに加えて投票までの時間短縮は残った生徒にさらに追い打ちをかける仕打ちである。


 拳斗は急いで木村の元に向かった。この結果は単なる偶然ではないという可能性が今回の結果でより一層高まったからである。想像していた最悪のシナリオを迎えないためにも拳斗は木村と二人で話す必要があった。

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