第8話投票
木村が選択したのはパー。この場合特に手は意味がないだろうが、木村によって選択された以上当然自国の全員はパーを出さなければならない。本当にこれでいいのか。全員が不安や迷いを抱える中、最終的に出す手の決定をしなければならない木村はもし負けた場合責任の一切を背負うことになるため、周りのみんなが考えるよりもずっとプレッシャーを感じているはずだ。徐々に緊張感が高まり会場が静まり返っていくなか、無情にもその時はきた。
開始の合図を告げたのと同じ生徒が再び壇上に上がっている。全員の視線が一斉に集まりマイクを持って立つその生徒もさすがに緊張しているようだった。その生徒は一旦振り返り壇上に座る教員にお辞儀をしてから話し始めた。
「これより投票を始めますが、御覧の通り壇上には左右と中央の三か所に投票箱が設置されています。どの箱に投票していただいても構いませんが、それぞれ並んで一人ずつ投票をお願いします。また、投票を終えた方は速やかに壇上脇の階段からはけてください。集計が終わりましたらその時にまたお声をかけさせていただきます。それでは準備はよろしいでしょうか」
そう言って係の生徒はもう一度ぐるりと会場を見渡し、一拍置いてからもう一度口を開いた。
「それでは投票を開始してください」
投票の合図がされ、三か所の投票箱へそれぞれ一列に並んで一人ずつ投票していく。特にこれといった問題もなく投票は進んでいった。
ただ、壇上に座っている教員や二階に座っている上級生に監視されているような感覚は慣れないものがある。投票を行う際壇上に上がるのは三か所それぞれ一人ずつであり、自然と全体の視線が集まるため苦手な人にとっては相当辛い場であることに違いない。
拳斗の投票の順番が回ってきた。
投票箱はジュラルミンケースのようなものにカードを投票できるように細い穴があけられている簡潔な作りのものだった。拳斗は試しに細い穴に向けて目を凝らしてみたが中身は見えるはずもなく、暗闇があるだけだった。気になるといえば投票箱の底面からコードなのか紐なのか長細いものが飛び出ていて、進行をする生徒の立っているステージ脇の方まで伸びていることだった。あまり壇上にとどまっていても怪しい動きをしていると勘違いされても困るので拳斗はそれ以上確認はせずに脇に設置されている階段に向かい投票を終えた。
新入生は300人いるが、投票箱が三か所に分かれていることと、選んだカードを一枚入れるだけの簡単な作業のため、投票自体は5分かからずに終わった。
開票結果が出るまではどれくらいの時間がかかるかわからないが、拳斗は頭の中で今までの出来事を振り返っていた。
(まだ入学式始まってから1時間もたってないのか……。色々ありすぎて相当時間がたったように感じる。学校に来たときはこんなことまるで想像してなかったな。これで負けたら即退場、一発アウト。この試験を初めて知らされたときは運任せのとんでもないゲームで大事な入学を決められてしまうかと思ったぜ。だけど、このゲーム深い。かなり深い。詰めれば詰めるほど運の要素なんてほんの最後の一握りくらいしかない。カードの柄になっているだけでじゃんけんなんてほぼ関係ないじゃないか。無駄にじゃんけんなんて名前がついてるから運だよりのゲームに見えてしまうんだ。実際はかなり実力、作戦に依存するゲーム。おそらく最も重要なのは、信頼できてその上投票で戦えるだけの規模の国を作れるかどうかだ。投票までの時間が長くなれば長くなるほどこのゲームの戦略性は増す。しかもただ大きい国を作ればいいというものでもない。厄介なのは常に多数派を取ることが必ずしも勝利条件じゃないといういこと。そもそもカードが二種類しか出なかった場合なんていうのは一人一人がそれぞれの意思で投票した場合ほぼほぼ起こりえないパターン。カードが確実に三種類出るという確信があるなら多数派に属することに何も問題はない。しかし、カードが二種類しか出ないというのは国が大きく5つに分かれた現時点では有り得ないどころかいつ出てもおかしくない事例。さらに考えることには本来国に属さない人間は敗色濃厚、圧倒的不利にも見えるし事実そうなのかもしれないのだが、国に属する人間からすると手が三種類出るか二種類しか出ないのかというのは無所属の人間に大きく依存する。とはいえ、いくら考えてももう一回目は投票してしまったんだ。なんだかんだ一回目の投票は一番規模の大きい俺たちの国が有利、もし負けても二回戦に残れる可能性もある。木村の国に参加できたこと、そこは本当についているといえる。一回目で勝ちを決めて入学できることを祈るしかない、か……)
開票を待つ間誰しもが落ち着けるわけがなく、歩いて気を紛らわせていたり、座っていても落ち着かない様子で貧乏ゆすりをしていたり各々時が来るのを待っていた。
拳斗は長い思考にふけっていて、考えることによって何とか冷静さを保とうとしていた。あずさも拳斗の隣にはいるが話すことはなく無言で壇上を見ていた。
会場は静まり返っている。あとどれくらいかはわからないが、開票結果が出れば確実にここから去る人間が出る。それが自分か、それとも周りの人間か。必死に考えないようにしても時が来れば無情にもやってくる無視することは許されないその鬼の審判にただ怯えていた。国に属する人間はなんとなくそれぞれの場所で固まって結果を待っている。少なからず連帯感が生まれているように見られる。勝っても負けても一人でいるより安心感があるのだろう。
結果を待つ人間にとっては途方もない時間に感じられたが、静まり帰った会場に変化をもたらしたのは全員が投票を終えてから実に5分後のことだった。
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