閃影の摩天楼
鮭野沙花菜
プロローグ「ヒュドラの会合――2」
「それで、彼らは商売相手になり得るかね?」
「いえ、彼らはおそらく……我々の取引相手かと」
渋滞に捕まった黒いセダンの後部座席で、深緑のスーツを着た女性が続ける。
「彼らの行動が我々の障壁になる確率は、限りなく低いでしょう。根本的な活動目的は、我々と大差ありません」
「ほう、つまり?」
くたびれたスーツの中年男性が、片眉を釣り上げて尋ねる。
発進と停止を繰り返す車内。顔へ垂れてきた一房の金髪を耳元に掻き上げると、
「秩序の維持です」
女性は人形のような笑顔を貼り付け、真っ直ぐ前を見据えてそう応えた。
中年は満足げに鼻を鳴らすと、座席へ一層深く腰を沈めた。
渋滞を少し抜けたのか、車はのろのろとオフィス街を進み始める。
流れる景色は、歩道を所狭しと往来するビジネススーツ。地下のスチームパイプから漏れ出す蒸気―—。機械仕掛けのモノクロームで埋め尽くされていた。
何気なしに景色を眺めている彼女。
「Follow the rabbit……」
「赤いドレスの女でもいたか?」
中年から声を掛けられ、緑のスーツの女性がそちらへ振り返る。
いえ、と一言絞り出すと、彼女は眼鏡の位置を直し、視線を再び外へ向ける。
先ほどまで目で追っていた赤いドレスの正体を、眼鏡の彼女は知っていた。ドレスの女性は恐らく私を探している。その感覚が妙に肌をちくちくと刺した。
「彼らはまだ我々の毒に冒されていない。彼らの言う秩序が、万が一我々のそれに反する時は?」
女性とは反対の窓から外を眺めながら、男が尋ねた。
窓の外に視線を向けたまま、笑顔の消えた女性は応える。
「その際は、直接我々の牙が彼らの喉笛を噛み切る。それだけです」
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