恋愛あるある① 遭難-2
「あーあ……あいつらやりやがったな」
砂嵐になってしまったテレビのモニターを見ながら、ローウェンが大きなため息をついた。モニターが見えなくなったということはそういうことなのだろう。夫婦仲良しなのは良いことだが、そろそろこの健全なコラボ作品にレイティングマークをつけざるを得なくなってきた。あいつらめ。
その後ろでは、ピアが別のモニターを見ながら悶絶していた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁカートがフィーネと二人きりに!! しかも雪山の小屋に毛布一枚だとぉぉぉぉ!! 許せん! ボクが変わりに行きたい!」
「アハハ、黒猫のお兄ちゃんは面白いね〜」
頭を抱えて絶叫するピアの横で、ラディオルがケタケタと笑っている。そんな彼も、アルテーシアとセスが映っているモニターを面白そうに眺めていた。
「まぁ大事な妹が男と二人きりなら兄は心配かなー」
「カートォォォォォォォ!! カートの貞操が!!」
「あっそっちなのか」
「カートォォォォォォォ!!」
「まぁ良いんじゃない? だって相手は黒猫兄ちゃんの妹なんでしょう? そこらへんの知らない女よりよっぽど身元は確かじゃないか」
「確かに、ボクとフィーネは半分遺伝子が同じだ。ということは、カートがフィーネと結ばれれば、理論上はボクとも結ばれるということだな。うむ、大いにやりたまえ」
「お兄ちゃんは頭が良すぎて一周回っちゃうタイプなんだね〜」
言いながら、ラディオルも面白そうにモニターを眺め、隣に座るローウェンに話しかける。
「あっじゃあこれを入れてみようかなー。ねぇこれ、投入したら面白そうだと思わない?」
「いや……これは逆に距離が遠のくんじゃないのか? 大丈夫か」
「えっ。だって面白いことになりそうじゃん! 狼のお兄ちゃんだって、グレイル兄ちゃんの弱みがあったら使うでしょ?」
「使う(即答)」
ぎゃあぎゃあと盛り上がりながらも見守る三人のことなど露知らず、小屋の中での時間は進んでいく。
※※※
パタン。と小屋の扉が閉まると同時に、セスは身を固くした。今、部屋の中には自分と可憐な少女の二人だけしかいない。外敵から乙女を守るのは騎士としての自分の使命だと理解しつつも、やはり一人の男としては美少女の存在を意識しないわけにはいかなかった。
アルテーシアは、自分が今までに見たどの女の子よりも可憐で美しかった。ふわふわサラサラの豪奢な金髪に、知性と強い意志を感じるブルーグレイの瞳。ピンク色の女の子らしいドレスを着ている彼女は、おとぎ話に出てくるお姫様そのものだった。そんな彼女は今、自分のマントにくるまりながら扉の前に佇んでいる。
「ちょっと待ってて。すぐに火を起こすから」
そう言ってセスは暖炉に火をつけた。燃えやすい素材を使っているのか、火はすぐに大きくなり、部屋をじわじわと温め始める。
「えっと、アルテーシア……だよね。こっちにおいで。そのままだと寒いよ」
セスが優しく声をかけるも、アルテーシアは黙ったまま動かない。その大きなブルーグレイの瞳は恐怖に震えていて、まるで怯えている子猫のようだった。
「どうしたの?」
「いえ、私はここで十分です」
「どうして? そこは寒いよ。風邪をひいてしまう」
「いえ、本当に大丈夫です」
マントにくるまったまま、アルテーシアはふるふると首を振った。たおやかな淑女だが、その意志は固い。彼女のかたくなな態度はなんの理由から来ているものだろうか。セスはしばらく逡巡し、思い当たることを口にしてみる。
「もしかして……俺が怖い?」
「……」
アルテーシアは返事をしなかった。だが、その怯えに揺れている瞳がそうだと告げていた。詳しい理由はわからないが、見るからに育ちの良い女の子だ。おそらく、男とふたりきりというこの状況は受け入れがたいものなのだろう。
セスはふっと微笑むと、大きな毛布を広げながらアルテーシアに近付いていった。
「それなら、君は暖炉の側にいるといいよ。俺がここにいるから」
「え?」
「騎士の名誉にかけて誓う。ここにいる間、俺は君には近づかない。これで大丈夫?」
セスがニコリと微笑むと、アルテーシアが申し訳無さそうな顔をしてこちらを見上げる。おそらく自分のことを心配してくれているのだろう。だが、自分は曲がりなりにも鍛えている騎士だ。彼女の優しさにいじらしさを感じながら、セスがアルテーシアを暖炉まで誘導しようとした時だった。
突然、セスの背後でドサッと何かが落ちてくる音がした。
「きゃあ!」
アルテーシアが悲鳴をあげ、反射でセスの後ろに隠れる。セスも彼女を守るかのように咄嗟に彼女を抱きしめた。アルテーシアがそれに気付き、パッと頬を紅潮させる。
「あっ……セ、セスさん……」
「大丈夫。俺が必ず守るから」
言いながら、セスが暖炉の側に転がっている灰色の物体を睨みつける。微動だにしないところを見るに、生き物では無さそうだ。左手でアルテーシアを庇いながらジリジリと近づいていったセスはその正体を見て目を丸くした。
「これは……ぬいぐるみ?」
「ええ……灰色オオカミのぬいぐるみ、のようですね」
セスの背後から顔を出しながらアルテーシアも怪訝そうな声を出す。なぜここに狼のぬいぐるみが出現したのかはさっぱりわからない。だが、そのぬいぐるみの正体がわかったセスはその場に硬直した。
(えええええええええええええ!!! なんで俺が小さい頃に抱いて寝てたぬいぐるみがあるんだ!!!)
大いに見覚えのあるそれは、セスが二歳から五歳まで一緒に寝ていたぬいぐるみだった。ケスティス兄さんとオアス兄さん二人にもらったもので、名前をケイオスと言う。クタクタになって床にだらんと伸びているぬいぐるみを見て、アルテーシアが顔を綻ばせる。
「ふふ、可愛いぬいぐるみですね」
「ダ、ダメだルシア! あんまり見ないでく……見てはいけない! し、視力を奪われる魔法がかけてあるかもしれない!」
「そうですか? とてもそんなものには見えませんが……」
「そうやって油断を誘うものなんだ! そういう魔道具はたくさんある!」
「でも、ここに名前が書いてありますよ? セステュ・クリスタルって」
「ああああああああああああああ!!!」
そう言えば字を覚えたての頃、絶対に失くしたくないからとケスティス兄さんに教えてもらいながらタグに名前を書いた気がする。言い逃れのできない現実をつきつけられ、セスは布団があったら潜りたくなった。あ、そういえばそこに毛布があった。
セスがすごすごと毛布をかぶろうとすると、アルテーシアがヒョイとぬいぐるみを抱き上げ、優しい手付きでそれを撫でる。
「ふふ、セスさんはとても優しい人なんですね」
「優しい? えっ何で……?」
「このぬいぐるみを見ればわかります。古いですけど、目立った汚れもなくとても綺麗に残ってます。セスさんはこの子を大切にしてきたんですね」
そう言ってクスクス笑った後、アルテーシアが少し恥ずかしそうにセスを見上げた。
「失礼な態度をとってしまってすみません。私、実はその……あまり騎士と言うものに良いイメージを持っていなくて。でも、セスさんはとても優しい人だということがわかりましたから。その……今までの無礼をお許しください」
「ルシア……」
申し訳無さそうに目を伏せるアルテーシアに、セスは思わず彼女を抱きしめそうになった。そんなの、初めから全く気にしてなんかいない。美しくて気高く、そして素直な彼女が愛おしくてたまらない。だから、セスはにっこり微笑むと暖炉の側まで彼女を誘導した。
「良かったらアルテーシアの小さい頃の話も聞かせてよ。俺、君のことをもっと知りたい」
「小さい頃の話ですか……? あまり面白いお話はできないと思いますが……」
「ううん、俺、知りたい。きっと昔からルシアは可愛かったんだろうなって思って」
「えっセスさん。か、可愛いって……」
「えっ! あ、ごめん。そんな深い意味はなくて……!」
咄嗟に出てしまった素直な言葉に自分で慌てながらセスは顔を真っ赤にする。両手を振りながらあわあわしている彼が、騎士ではなく年相応の男の子に見えてアルテーシアはふふっと笑った。
その晩は二人で仲良く並びながら色んなことを話した。外は極寒の吹雪だったが、並んで話をする二人は身も心もとても温かかった。
※※※
一方。カート達の小屋では。
(きゃぁぁぁぁぁぁ! カートと二人きり!! 何この最高な状況!!)
暖炉に火をくべるカートの後ろでフィーネのテンションはぶちあがっていた。狭い小屋に二人きり、しかもご丁寧に二人でくるまってくださいと言わんばかりに置かれている厚手の毛布まである。これはもう密着イベントからのキッス間違いなしに決まっている!! 可愛い下着も身につけていて良かったと内心でガッツポーズをするフィーネの気持ちなど露知らず、暖炉に火をくべたカートが優しく手招きする。
「ほらフィーネ、こっちへおいで」
カートの言葉に、少しのためらいもなくフィーネがウキウキしながら近づいていく。カートの隣に座ると、大きな毛布を広げてカートがすっぽりと包み込んでくれた。
(きゃぁーーーーーーー最高!!)
毛布の中でカートにくっつきながら、フィーネは意識を横に飛ばす。小柄ながらもしっかりと筋肉のついた体はやっぱり自分よりも大きくて、そこに逞しさを感じてフィーネの胸がドキドキと鼓動を打ち始めた。初めて見たときは少女にも思える綺麗さだと思ったが、こうやって間近で見るとやっぱり彼も男の子だった。眉毛がキリッとしてて素敵だし、なんだかちょっと良い匂いもする!と五感すべてを使ってカートのぬくもりを堪能していると、窓もないのに急に冷たい風が吹き、二人はぶるりと身を震わせた。
「へっくち!」
「わっ大丈夫? 寒い?」
「うん、平気……ごめんね、寒がりで」
「いいから。ほら、もっとこっちにおいで。くっついていいから」
「うん、ありがとう…………でもごめん、フィーネ。セリフが完全に逆だね」
「えっ?」
カートに言われて、フィーネは彼をくるむ毛布から手を離した。カートのヒロイン力が高すぎて、ついヒーローポジションになってしまうがヒロインは紛うことなきフィーネだ。慌ててしおらしく装うが、隣でか弱く震えているカートを見ると、ついフィーネの中の
だが、フィーネがカートの体を抱き寄せようと手を伸ばした瞬間に、カートがぐっとその手を掴んだ。
「カート?」
「フィーネ、僕も男だよ。か弱いお姫様くらい、僕一人で守れるから」
「えっえっそんな、急にどうしたの?」
凛とした表情で見つめられて、フィーネは狼狽えた。カートがフィーネの手を掴んだままぐっと引き寄せ、彼の顔が目と鼻の先まで近づく。美しい空色の瞳に自分の顔が映っているのを見て、フィーネの心臓が早鐘を打ち始めた。
「カ、カート……顔が近いよ……」
「フィーネ、僕、初めて会った時からなんだか君のことが気になるんだ。どうしてだろう。でも、君がどうしようもなく可愛くてたまらない」
そう言ってカートが目を細める。愛らしい彼の男らしい表情に、フィーネのドキドキも止まらない。カートがゆっくりと顔を近づけてくるのに気付き、フィーネの心臓が大きく跳ねた。
「カート……」
「フィーネ。僕……君のことが好」
その時、突然ゴォォォォォォっという騒音がしてカートの言葉はかき消された。
「え? 何? カート何て言ったの?」
フィーネが目をパチクリさせて聞き返すと、カートが恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「いや、何でもないよ」
「えっやだ! 聞きたい、教えて!」
「え、ええ……! じゃ、じゃあもう一度言うね」
「うん……」
ドキドキと胸に手をあてながらフィーネがカートを見つめる。カートは少しためらいの表情を見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「フィーネ、僕、君のことが好『ヒヒーーン』」馬の鳴き声。
「え? 何?」
「フィーネ! 僕、君のこと『ガタガタガタガタ』」荷車の音。
「フィーネ! 僕、君の『ヒュ〜〜〜パァン!』」花火の音。
「フィー『ニ番線に電車がまいります』」
「いや電車はダメでしょう!!」
珍しくカートが拳でツッコミをいれた。隣でフィーネが不思議そうに首を傾げている。
「何? なんだかさっきからうるさくて聞こえないんだけど……」
「うーん、ラブコメのお約束だね。今日は仕方ない。また今度ね」
そう言ってカートが人差し指を立てていたずらっぽく笑う。その笑顔が可愛くて、フィーネの顔がカーッと熱くなった。カートだけに。
二人で毛布にくるまりながらピッタリと身を寄せ合う。思いは確かめあっていないが、それでもなんとなくお互いに惹かれ合っているような甘い空気は二人をくすぐったく、そして温かい気持ちにさせてくれた。
一方、裏では世界観をぶち壊しにしたピアがローウェン達に怒られていた。
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