2. 謁見

 目を開くとあたりは静寂に包まれていた。脳が再起動するまで三十秒弱、颯空は自分の身に起きている現状を理解するためにゆっくりと体を起こし、周りを見渡す。

 石造りの壁で囲まれた建物の中だった。松明がいくつもあり、メラメラとあたりを照らしている。天井は丸みを帯びており、どうやら半円球状の、ちょうど雪で作ったかまくらのような形をしているようだった。床には教室で見たものと似たような模様があるのだが光は放っていない。

 そう、自分はさっきまで確実に学校の教室にいたのだ。それなのに目が覚めれば見知らぬドーム状の建物の中にいる。自分が持っている常識と照らし合わせてみても、自らが置かれている状況を理解するのは到底不可能だった。

 薄暗さに目が慣れてくると、周りに倒れているクラスメート達の姿が見えた。昼休み、教室にいたであろう生徒達が呻きながら一人、また一人と目を覚ます。そして、颯空同様自分が置かれた状況に理解が及ばないのか、ただただ茫然と建物の中を見回していた。


「……ごめんなさい。どいてもらえると助かるわ」


 遠慮がちな声が颯空の下から聞こえる。反射的にそちらへ顔を向けると、自分が澪の上に覆いかぶさっていることに気づき、慌てて距離をとった。澪は頭をさすりながら体を起こし、他の生徒と同様に様子をうかがった。この場に二十人もの人がいるというのに言葉を発する者はいない。ここにいる誰もが一人目になりたくないのだろう。違和感を感じつつも互いに牽制している。自分達がいた世界とはまるで違う雰囲気が漂う場に、ただただ沈黙を貫くことしかできなかった。


 どれだけの時間がたっただろうか。ギギーッと重たい何かが引きずれるような音とともに松明の光だけに照らされた薄暗い部屋に光が差し込む。一斉に音のする方へ目を向けると、壁だと思っていた一部が両開きの扉になっており、何者かが入ってきた。


「お目覚めかな? 異世界の勇者達よ」


 入ってきたのは白い髭をたくわえた初老の男だった。全身白を基調とする司祭服を着ているその初老の男は、困惑している生徒達をゆっくりと見渡し、一人納得したようにふむ、と髭をなぞると小さく笑みを浮かべた。


「いろいろ聞きたいことはあるじゃろうが、とりあえずついてきてもらおうか」


 やんわりとした口調でそう言うと、初老の男は先ほど入ってきた扉から出て行った。戸惑いを隠せず、顔を見合わせる生徒達であったが、ここにいても何もわからないということで、恐る恐るその後に続いていく。

 扉を抜けると石でできた階段があり、少し上ったあたりで先ほど現れた初老の男が待っていた。皆が出てきたことを確認すると「こっちじゃ」と手で招き、そのままどんどん階段を上がっていく。

 無言。会話をしようとするものなどいない。ただ、規則的に足を動かし、状況を理解しているであろう初老の男に着いて行く。パニックにならないのは見知らぬ場所とはいえ、見知った者達がそばに居るからだった。もし、一人でこんな場所にこようものなら、誰もが喚き散らしているところだ。

 静寂の中、しばらく階段を登っていき、古びた鉄の扉を抜けると、そこに広がっていたのは中世ヨーロッパを思わせる大広間だった。その光景に生徒達はあっと息をのむ。テレビや本でしか見たことのないような世界。見知らぬ場所ということを忘れて思わず見惚れてしまった。

 そんな生徒達の様子など気にも留めずに、初老の男はすたすたと歩いていく。慌ててその後についていくと、先ほどの鉄扉とはわけが違う、荘厳な石造りの大扉が侵入者を阻むが如く立ちふさがっていた。


「……異世界の勇者二十名、お連れいたしました」

 

 初老の男の声に反応するようにゴゴゴ、と重厚な音を立てて大扉が開く。誰もが不安げな表情でその先にあるものを見ようとしていた。

 そこにいたのは銀色の鎧に身を包んだ騎士達と厳格そうな男が一人、そして、高い位置に据えられた豪奢な椅子に座っている少女だった。

 初老の男の誘導で一糸乱れぬ隊列を組む騎士達の間を、生徒達はおっかなびっくり進んでいく。映画の撮影だと言われたらどれだけホッとするだろうか。だが、漂う空気がその願望を許してはくれない。


「ご苦労、ユリウス。さがっていいぞ」

「ははっ」


 自分達の前まで来たところで、厳格そうな男が初老の男に告げた。それを聞いた男は頭を下げると、踵を返し速やかにこの場を後にする。残された生徒達はこれからどういう展開になるのか、全く予想できずにいた。

 厳格そうな男が値踏みをするかのように生徒達を見渡す。その間、口を開くものなどいない。説教する教師の何百倍もの圧迫感を、その男から感じていた。


「異世界の勇者達よ、突然のことで頭が混乱しているであろう。色々と話さねばならぬことがあるのだが、まずは自己紹介から始めさせていただく。私の名前はカイル・エシャートン。この国で大臣をしている。そして、ここはアレクサンドリア王国の心臓である王都アレクサンドリアだ」


 重くるしい沈黙を破り、カイルが生徒達に自己紹介をする。男の名前よりも気になったのが王国名だった。アレクサンドリア王国。どこかの都市の名前であったような気もするが、少なくとも国の名前としては聞いたことがない。


「そして、こちらにおられるのがアレクサンドリア王国の君主である、アイリス女王陛下であらせられる」


 聞き覚えのない国名にざわつく生徒達を無視して、カイルが玉座に座している少女の方に体を向け、少し下がりながら恭しく頭を下げる。それに小さくうなずいて答えた少女が、生徒達を見据えながら静かに立ち上がった。その瞬間、男子生徒達から感嘆のため息が漏れる。

 決して女王の威厳などは感じない。だが、その容姿は圧倒的な美貌を兼ね備えていた。まさに、傾国の美女ならぬ傾国の美少女。物語の世界から飛び出したお姫様だと言われても、誰も否定はできないだろう。

 年齢は自分達と同じくらいだろうか。少しだけウェーブのかかったミディアムヘアがよく似合っている。


「はじめまして、異世界の勇者様。わたくしはアイリス・カローナ・アレクサンドレアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 鈴を転がすような声とはこういうのを指すのだろう。可憐にお辞儀をするアイリスに男子生徒達が色めき立つ中、颯空は彼女に微かな既視感を覚えていた。

 どこか浮ついた雰囲気を変えるように咳ばらいをしたカイルが一歩前に出る。

 

「さて、一通り自己紹介も終わったところで、さっそく本題に入りたいと思う。結論から言わせてもらうと、君達は我が国を救う勇者として異世界から召喚されたのだ」


 水を打ったように静まり返る謁見の間。颯空は周りのクラスメートの様子を盗み見し、自分の感想が他と変わらない事実を知って少し安堵していた。誰もが半ば呆れたような表情を浮かべている。何かのテレビ番組ではないかとキョロキョロとカメラを探す者まで現れる始末であった。


「信じられぬのも致し方ないだろうが、私は事実を述べている。この点に関しては信じてもらう他ない」

「いや、信じろって言われても……」

「そういうのが通じるのは中二までだろ」

「そんな漫画みたいな話……ねぇ?」


 表情を一切変えずに言い放つカイルと一切信用する気がない生徒達。口々に否定的な言葉を漏らすクラスメートを尻目に、自身のスマートフォンを確認していた四王天翔が静かに口を開く。


「……確かに電波は圏外。GPS機能も使えないところを見ると、日本ではないのは確かだね。まぁ、それだけで異世界に飛ばされたと考えるのは早計だと思うけど、それ以上にさっきまで学校にいた僕達が全員まとめてこんな場所にいる理由を考えると、信じられない話を真実とした方が話の筋は通るんじゃないかな?」

「おいおい、四王天。こいつらの言う事を信じるって言うのか?」


 翔の言葉に眉をひそめながら玄田隆人が問いかけた。他のクラスメート達も翔の事を信じられないといった顔で見つめる。


「じゃあ、この状況を説明できる人はいるかい?」


 そんなクラスメートを見渡しながら翔が尋ねた。確かにこの状況を説明するのは難しい。自分達が教室にいたのは事実であり、教室に幾何学模様が現れた途端、見知らぬ場所で目を覚ました。とはいえ、十八にもなって異世界に召喚されました、はいそうですか、と納得できるわけもない。

 誰もが黙り込む中、おさげと丸メガネが特徴的なクラスの図書委員、小川おがわさきがおずおずと手を挙げた。


「な、なにかの企画でたまたま選ばれた私達が睡眠薬かなにかで眠らされて、海外に連れてこられたとかはどうかな?」

「それはないだろうね。僕達全員分のパスポートを集めて、誰一人起こすことなく飛行機に乗せて、あそこにスタンバイさせるなんて不可能に近いでしょ? 番組の企画どころか国家ぐるみのドッキリだよ、それは」

「じゃ、じゃあここは日本……なのかな?」

「こんな素敵なアトラクションがあるテーマパークなら、是非とも小川さんと来てみたいものだね」

 

 咲に対して二コリと笑顔を向ける翔。イケメンスマイルを一身に受け、顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。

 カイルの言っていることが本当なのではないだろうか、という認識が徐々にクラスメートの間に広がっていく。そんな様子を黙って見ていたカイルがおもむろに口を開いた。


「少しは現状を把握できたようなので詳しい説明をしていきたいと思う。このアレクサンドリアが置かれている状況を、な」


 そう言ってカイルはこの世界の実情を話し始めた。

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