異世界に召喚されたらなぜか呪われていた上にクラスメートにも殺されかけたので好き勝手生きることにしました【改訂版】
松尾 からすけ
第一章 呪われ者
1. プロローグ
キーンコーンカーンコーン。
午前の授業の終わりを告げる鐘の音が教室に響き渡る。その音は退屈な歴史の授業によりもたらされる途方も無い睡魔に抗っていた者達にとって、天からの福音にも聞こえただろう。チャイムの音など聞こえなかったかのように机に突っ伏す
そそくさと席を立ち食堂に向かう者、用意していたお弁当を広げる者、競争率の高い購買へと急行する者。行動は様々だが、みな一様に牢獄から解放されたように軽快な動きをしていた。
そんな中、颯空だけは置物のように微動だにしない。なるべく動かず、騒がず、目立たずの精神を崩さない。何も起こらないことを祈るように瞳を固く閉じ続ける。だが、祈りというものは通じないことこそが世の常である。
「おいっ!
怒声に近い声で自分の名が呼ばれた。特に驚くこともなくひっそりと溜息を吐きつつ席を立ちあがると、曖昧な作り笑いを顔に張り付けながら、呼ばれた方に歩いていく。
「何か用?」
声の主は制服ごしにもわかるほどの分厚い胸板、学ランが悲鳴をあげるほどの肩幅。ラグビー部のエースと名高い
「お前さぁ、購買に行ってパン買ってこいよ」
「……今から?」
「あぁ。何か言いたげだな?」
「…………」
目元を隠すように伸ばした前髪を、颯空がぎゅっと握る。言いたいことがあるかと聞かれたら、ある。この学校の購買部のパンは激戦区だ。今更買いに行ったところで完売の札を拝みに行くことしかできない。だが、そんな事を言っても通じる相手ではないので、颯空はだんまりを決め込むしかなかった。
「……なんだよ、その目は?」
舌打ちをしつつ立ち上がった隆人が颯空の胸倉を掴む。そのあまりの膂力に、颯空の息が一瞬止まった。
「なんか文句あんのか? あぁん?」
「ゲホッゲホッ……」
「だったら、さっさと買って来いよっ!!」
力任せに突き飛ばされ、二つ三つ机を巻き込みながら颯空が床に倒れる。隆人はそんな彼を見て嘲笑い、三人の取り巻きに声をかけた。
「おい、久我、古畑、馬渕。お前らもこの親切な御子柴君に頼んだらどうだ?」
呼ばれた三人もニヤニヤと笑いながら尻餅をついたままの颯空を見下ろす。
「じゃあ、お言葉に甘えてっと。俺は焼きそばパンとコーヒー牛乳よろしく」
「アンパンと牛乳」
「俺はホットドック! 後は久我と同じコーヒー牛乳頼むわ。お釣りはいらねーよ」
颯空は何も言わずに立ち上がり、さっさと教室を出た。逆らったところで何も得することはない。大人しく言うことを聞いておく方が平穏な学生生活を送ることができる。そんな風に自分に言い聞かせながら生徒でにぎわう廊下を、ポケットに手を突っ込みながら一人で歩いていった。
購買はまさに戦場と化していた。ゾンビ映画も真っ青なほど生徒達が一つのパンに群がる様を見て、颯空が思わず顔を引きつらせる。二の足を踏みつつも覚悟を決めた颯空が、いざ死地にのぞもうとした時、重要な事を思い出した。
「あっ。玄田の注文」
なんという凡ミス。取り巻き三人の欲しいものは聞いたというのに、肝心の隆人の注文を聞き忘れるとは。颯空が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「適当に買って戻るか、聞きに戻るか……」
隆人のお眼鏡にかなうものを買っていかなければ殴られるのは必至。それは、手ぶらで戻っても同じ事だった。一か八か殴られずに済むのはパンを買いに行くことだが、ゾンビ共が蔓延る無法地帯に突貫したにもかかわらず殴られましたじゃ泣きっ面に蜂だ。それなら、ここは待ち受ける未来にため息を吐きつつ、大人しく戻るのが最善だろう。そう考えた颯空は重い足取りで教室へと戻る。
「てめぇ!! ざけんなよ!!」
予想通り待っていたのは隆人の拳だった。それをもろに顔面に受けた颯空は、派手な音をたててロッカーにぶつかる。
「おつかいすらまともにできねぇのか!? あぁん!?」
「……玄田の注文をまだ聞いてなかったから」
「うるせぇ! この根暗野郎が!!」
背中に受けた衝撃のせいで少しむせながら言った颯空に隆人が怒鳴り散らした。
「クズ柴よぉ……これで俺様の昼飯抜きになっちまったじゃねぇか。 これじゃ、放課後の部活に支障が出ちまうぞ。どう責任取ってくれるんだよ?」
「……悪かった」
「謝る態度じゃねぇだろうが!!」
立ち上がろうとした颯空を蹴り飛ばし、再び倒れた彼の体を隆人が踏みつける。
「ちゃんと地面に額をこすりつけて謝れよなぁ? 根暗くんよぉ?」
「いい加減にしなよ!」
ぐりぐりと踏みつける隆人を見かねたのか、ウェーブのかかったミディアムヘアの女子生徒が、両手で机を叩いて勢い良く立ち上がった。そのまま怒りの面持ちで二人に近づくと、二回りほど体が大きい玄田を怯むことなく前に立つ。
「おっ、どうした北村? 俺達と一緒にお昼でも食いたいのか?」
「これ以上、御子柴君に乱暴しないで!」
精一杯怖い顔をする
「御子柴君!!」
慌てて穂乃果が颯空のもとに駆け寄る。ゲホゲホと咳をする颯空の様子を心配そうに窺うと、キッと隆人を睨みつけた。
「暴力を振るうなんて最低だよ!!」
「暴力? 暴力じゃねぇよな、久我?」
にやにやしながら隆人が目を向けると、誠一が大げさに肩をすくめる。
「そうだよ。これは教育的指導ってやつだぜ、”聖女”さま?」
「その呼び方やめて!」
誠一がからかうような口調で言うと穂乃果の顔が怒りと羞恥で真っ赤になった。
「やめてって言われてもなぁ……"聖女"さまは"聖女"さまだろ?」
からかうような口調で誠一が答える。その容姿と慈悲深き性格から、”聖女”と呼ばれていた穂乃果だったが、その呼び方が苦手であることをカミングアウトしたため、今はそのあだ名を隆人達ぐらいしか呼んでいない。
「北村、俺は大丈夫」
「御子柴君……でも、血が……!!」
「気にしなくていい」
隆人に殴られたせいで流れる鼻血を見て、穂乃果がすぐさまハンカチを取り出した。だが、優しい穂乃果をこれ以上巻き込みたくない颯空は、やんわりとハンカチを断る。
「女に助けてもらうとは、本当に情けねぇやつだな」
「…………」
隆人の悪態に一切反応することなく颯空はよろよろと立ち上がった。
「本当に大丈夫だからさ。ありがとう」
颯空がぎこちない笑みを向けると、穂乃果は何とも言えない表情で「でも…」と戸惑っている。そんな穂乃果の様子にも、自分の言葉を気にもかけない颯空の態度にも腹を立てた隆人が怒りに顔を歪めた。
「てめぇ……無視してんじゃねぇ!」
怒鳴り声と共に右手を振りかぶる。颯空はぎゅっと目を瞑り、来たる顔への衝撃に備えるため奥歯を強く食いしばった。
「そこまでにしなさい」
凛と透き通るような声が教室に響き渡る。クラス全員が声のした入り口の方を見ると、そこには立っていたのは一人の女子生徒であった。長い黒髪を後ろで束ね、かけている銀縁の眼鏡からは知性を感じさせる。凛としたその顔は大和撫子よろしく町中で歩けば男なら思わず振り向くであろう美少女。背筋をピンッと伸ばし歩く姿はそこだけスポットライトが当たっているかのように異様な存在感を醸し出していた。彼女の名前は
生徒会長の登場にクラスが僅かに緊張する。隆人も少しだけ罰の悪そうな表情を浮かべていた。そんな澪の後ろから姿を現したのは、ある意味で彼女とお似合いなほどに顔立ちが整っている男子生徒だった。
「やれやれ……僕と会長が少し席を外しただけでこの騒ぎとは、困ったものだね」
心底呆れた、という口調で
「……これは玄田君がやったのかしら?」
「知らねぇなぁ。どんくせぇ根暗野郎が勝手にこけたせいなんじゃねぇの?」
なぁ? と取り巻きに顔を向けると、三人ともニヤニヤしながらうなずいた。澪はそんな隆人達の事を真意を探るようにじっと見つめる。
「……状況的にそんな戯言が通じるわけないだろ。とはいえ、確かに暴力は良くないけど、振るわれた方にも原因があるんじゃないかな?」
教室に流れた沈黙を破るように翔が淡々と告げる。正義感の強い彼だが、やられっぱなしである颯空にもある程度非があると考えていた。そんな彼をちらりと見た後、澪は颯空に視線を戻す。
「大丈夫?」
「………あぁ」
澪の問いかけに顔も向けずに答える颯空。その態度に一瞬悲痛な表情を浮かべた澪だったが、「そう……」と呟きすぐに凛とした表情に戻った。
「御子柴もこう言ってることだし、気にすることないでしょ」
もともと気にしていた様子もない翔がサラサラの髪を気障ったらしくかき上げながら事態の収拾を図る。彼にとってみればこんな連中のじゃれ合いに、自分の敬う会長の手を煩わせる必要はないと思っていた。
「高校三年でもうみんな大人なんだし、もう少ししっかりするように。全員騒ぎ過ぎたと反省してこれで終わりでいいね?」
隆人達がしょうがねぇな、と肩を竦めて自分の席に戻って行く。颯空も自分のハンカチで血を拭い、穂乃果にぽこりと頭を下げ、澪には何も言わずにそそくさと自分の席へと向かった。その背中に声を掛けたかった澪だったが、言葉が見つからず唇を噛んで顔を俯かせる。
───瞬間、教室に光が迸る。
床に幾何学模様が現れ、驚愕に目を見開いた生徒達の顔を照らした。
窓が開いていないにもかかわらず、教室内に暴風が巻き起こる。教科書や筆記用具が吹き荒れる事態に、誰もがその場から動けずにいた。
何が起こっているのかわからない。それがここにいる者達の共通認識。
その間にも光と風はどんどんと強くなっていき、目も開けてられないほどの輝きが教室を埋め尽くしていった。クラスにいる者はもう右も左もわからない。得も言われぬ浮遊感がその場にいる者達を襲った。
一転。
何事もなかったかのように教室を静寂が包む。
そこには幾何学模様も、光も、風も、人すらもない。
あるのは何も書かれていない黒板と、嵐に見舞われたかのような惨状だけだった。
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