第9話 仮免許
とうとうこの日がやってきた!
ハナは弾む心をどうにか抑えつつ、待ち合わせの場所へ向かう。
そう、この日はリコとマスターギルドへ、仮免許取得に赴く日だった。
この日のためにとお婆ちゃんが、聖職者だったお母さんの着ていたローブを、
仕立て直して着せてくれていた。
純白のローブ、見た目だけは立派な治癒師になった。
「ハナちゃーん」
待ち合わせ場所には、既にリコが待っていてくれた。
「リコさん、おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」
両手をそろえて深々と挨拶をした。
「そんなに、かしこまらなくていいよ~、
あれ? ローブ新しくしたの? 似合ってるね!」
(気づいて貰えたー!)
もうハナのテンションはマックスだった。
「はい! お婆ちゃんが、お母さんのお古を仕立て直してくれたんです!」
感慨深そうにハナの全身を見渡すリコ。
「うんうん、いいね! そっか、お母さんは聖職者だったね……」
ちょっと遠い目をするリコ。
「お母さんとも面識あるんですか?」
「うぅん、私が隊に入った時には、既に亡くなられてたから……」
「……そっか……」
少しでもお母さんの事が聞けるかと、期待したのだが……
「でも、隊長はいつも、ハナちゃんがお母さんにそっくりだって、自慢してた!」
「ふふふ、お父さんも親ばかだったんですね~」
騎士団長だったお父さんでも、普通に娘自慢してたんだ……
ハナはそれを聞いて、なんだか嬉しくなり、クスリと笑った。
マスターギルドへ向かう道中、ハナはリコから知る限りのお父さんの話を聞こうと
あれやこれやと話題を作り、終始にこやかに歩を進めた……
マスターギルドは王都の北側、王城に隣接する砦に居を構えている。
リコは今日の予定を話し出した。
「マスターギルドには私の姉が務めてるから、話は通しておいたの、
それで……ひとつ相談なんだけど……」
少し、間を置くリコ。
「仮登録とはいえ、冒険者登録をするから、その……、
本名は色々と差支えがあるかもしれないの、ハナちゃんの場合・・・・・・」
(そっか、騎士団長の名前だから……)
少し考えて、ハナにはある案が浮かんだ。
「では、母方の姓を名乗るのはどうでしょうか? ユキシロって言うんですけど」
それを聞いてリコは、ハっとした顔を浮かべる。
「え……、えっと、姉にも相談してみよっか……」
(あれ? いい案だと思ったんだけどな……)
ほどなくして、マスターギルドへ着いた二人。
重く頑丈な鉄の扉が出迎える。
王城を護るにあたり、最後の要となるであろう門は、とても丈夫に造られていた。
入口の番兵にリコが話をつけると、屈強な兵士が二人がかりで開けてくれた。
「リコ、時間通りだったわね」
透き通るような綺麗な声が出迎えてくれた。
すらりとした長身でタイトなローブを纏った、上品な女性、
顔立ちはどこかリコさんに似ている。
「カコ姉、おはよ!」
リコが元気に挨拶を返した。
やはり、この人がお姉さんだったようだ。
「お、おはようございます……」
砦の重厚さに圧倒されて、声が上ずってしまったハナ。
「あなたがハナさんね、話はリコから聞いてるわ」
活発な口調のリコさんと打って変わって、
上品な口調のお姉さん。
姉妹の違いを垣間見て、ちょっと嬉しくなるハナだった。
ハナは一人っ子のため、姉妹にも憧れがあった。
二人はテーブル席に案内され、各種手続きの書類をお姉さんが用意してくれていた。
保護者の同意書などをハナからも提出して、
登録そのものは順調に進んでいた……
「はい、手続きは大丈夫よ、お疲れ様です」
ふんわりと柔らかく笑った顔は、リコさんの逞しい笑顔とはまた違い、
温かく包まれるような親近感を覚えた。
最後、ハナのサインをする手が止まっていた……
”ユキシロ”の名前を出した時の、リコの顔が気になっていたのもある。
「だいたいの話は伺っているけれど……」
お姉さんも言葉を濁した……
「はい……それで母方の”ユキシロ”を使おうかと、リコさんと話してたんですが……」
お姉さんもそれを聞いた瞬間に、少し戸惑った顔を見せた。
「そぅ……お母さんはそちらの……」
(そちらって?)
手続きでは見守っていたリコだったが、思い切って口を開いた。
「ハナちゃん、あのね……お母さんの姓も、いろいろとあるの……」
「そうなんですか?」
歴史に疎いつもりはなかったけど、ハナにはピンと来なかった。
さっきまでの和やかな雰囲気とは少し変わり、真剣な顔でお姉さんが続く、
「”ユキシロ”は一説では、古代王国の血筋と言われている家系の一つなの」
「古代……?」
「簡単に言うと、オヴェリア王女の家系って可能性があるって意味」
リコさんが続ける。
(オヴェリア王女?! あのおとぎ話の??)
「でもあれ、おとぎ話じゃ……」
流石に現実を飛び越えていて、苦笑いを浮かべるハナ。
そこにお姉さんがさらに続く、
「そうね……だから、大丈夫かもしれないけど……
もしかしたら、そう名乗ることでそっちの影響が出ないとも言えなくて、
オヴェリア王女を過剰に信仰する、過激派宗教も存在しているし……」
それは聞いたことがある”聖オヴェリア教会”という団体だ。
王国復興を謳っていて、手段をいとわない集団だとも……
「でもネーデルハイドよりは、すぐにどうって事は無いかもしれないわ、
もちろん、こちら側の情報管理は私に任せてください。」
と、お姉さんは胸を張って見せた。
「お母さんは聖職者だったと聞いています……
このローブも当時のお母さんの物だし、
”ユキシロ”で冒険者になりたいです、少しでも近づきたい」
アタシの決心も決まった。
そして、ようやくアタシはサインを書き終えることができた。
「おめでとう! 仮免許だけど、冒険者ハナの誕生ね!」
久しぶりにリコさんの笑顔を見れた。
アタシはそれだけでも、”ユキシロ”にした意味があったと思いたかった。
きっとネーデルハイドでは、ずっとリコさんをどこかで困らせていたに違いない。
続く。
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