天の山、或いはマンティコア
「アナ、平気?」
一日かけて山の中腹を越える。
標高にして今は約65km程。そろそろ空気が薄く息が辛くなってくる頃だが……
まだまだ行けるとばかりに尾を振って白馬は応え、その上で少女はぐったりしている。
「師匠、まだ登るのか」
そんな浅い息をする少女を心配して、おれは前を行く師に声を掛けた。
アミュグダレーオークスが子馬だというのに荒れ地どころか山をひょいひょいと登れるのはちょっと予想外だったが……流石にもう空気が無さすぎておれでも息が苦しくなってくる。
修業になるかならないかで言えばなる方だが、何の準備もない女の子に登らせる場所では間違いなく無い。
「師匠!おれはまだ行けるけれど、アナが限界だ。
連れてきた以上、これ以上の無茶は」
「阿呆が」
だのに、二角の鬼人は取り合わない。凸凹した道には全く向かない下駄をからころと鳴らしながら、ただ上を目指す。
「良いか馬鹿弟子が。この辺りは……」
指射し言われて、おれは小さく振り向く。
其処に居るのは巨大な人面の怪物マンティコアだ。翼を持たないというか退化しているのか背中の大棘ととなっているが、白髪の老人のようなざんばらの白い鬣にしわくちゃの顔、獅子の体に蠍の尻尾を持つあの姿は間違いない。
「マンティコア……」
勝てるだろうか、おれで。
「良いか、この辺りはああした魔物が多い。そんな場所で過ごすなど……」
ふっ、と男は笑う。
「まあ、貴様と二人ならそれも有りだがな。ろくろく動けんそこな娘は死ぬぞ?」
「ならもっと麓の方で」
「麓か、それで満足か?」
「アナの命の方が大切だ!」
叫ぶおれ。言葉を聞きつけてしまったのか、此方を見上げるマンティコア。
「くっ!」
大棘を震わせ、振動波が地面を揺らす。
それで動きを封じようとしつつ、人頭の巨獣は一番近くに居たおれへと飛び掛かり……
「ならばっ!」
だが、地面の揺れ程度で動けなくおれではない!
吊った左腕の肘付近と腹の間の三角の隙間に鞘を突っ込んで固定。飛び込んでくるまで動かずに待機し、上半身を踊らせ噛み付こうとした瞬間に更に懐へ飛び込み、抜刀一閃。横凪ぎの銀光が
『ウギャゥ!?』
その後ろ脚を切り裂く!
「まだっ!」
更に抜き放った刃を手元に引き戻しながら右足を軸に反転し尻尾を狙う。
「っ!」
流石に甲殻に覆われた蠍の尻尾だけあって硬い!
だが!
『ガルギャァッ!』
鞭のようにしなる尾。それを屈んで避けたおれは、屈む際にたわんだ脚をバネに、振り抜いた尾を狙って飛び上がる!
「はあっ!」
狙う場所はただ一つ!さっき傷付けた……節と節の甲殻の間!
ぶしゃっと噴き出す黄色い体液。
尾先の二節を切断され、マンティコアは苦悶の悲鳴をあげながら逃げ去って行った。
「ふぅ」
右手に被った体液を拭いつつ、刀を戻そうとして……
「と、溶けてる!?」
「だ、だいじょぶですか皇子さま!?」
歪んだ刃を見てあげたすっとんきょうな声にびくりと肩を震わせ、苦しそうに馬上に突っ伏していた銀の少女が跳ね起きる。
「拭うなよ馬鹿弟子。マンティコアの蠍の尾には酸と毒がある」
「しょ、消毒しないと」
「娘。貴様が触れると指が溶けかねんぞ。ほっとけ、どうせ皇族級の化け物にはそんな効かん。多少禿げる程度だ」
禿げるのか。
「皇子さま若いのに髪の毛抜けちゃったら大変ですよ!?」
「そう思うなら、早くに上を目指すんだな」
「こんな危険があるのにか」
「あるからだ」
言って、師はまた先を目指す。
ふざけてるのかと思いつつも、流石に自力でアナを連れて下山するのは不安でおれはしぶしぶ彼に着いていき……
辿り着いたのは、標高にして90km付近の、清浄な空気に満たされた天空であった。
「は?」
いきなり空気が美味しく、更にはほぼ無いレベルから比較すれば濃くなって目をしばたかせる。
「あ、あんまり苦しく無くなりましたよ皇子さま!」
なんて、馬上でぐったりしていた少女が起きて手を振れるくらいだ。まだ地上に比べれば薄いと言えば薄いんだが……息苦しさはほぼ無い。
「師匠、これは……」
「ここが天狼のテリトリーだ」
「天狼の……」
見上げた先、まだ9kmくらい上には蛇王の
けれども、清浄な空気に満たされた此処には、宇宙かという高度も、伝説の幻獣の近くだという緊張もない。
「これは……」
「こういうことだ、馬鹿弟子。天狼のテリトリーに入れば安全だ」
言われて、ふと周囲を見る。
ウサギのような魔物が寝ている。バレバレの擬態すらせず、短い草の上で警戒心無く、だ。
「肉食の魔物は?」
「天狼のテリトリーで狩りをするものは天狼に狩られる。
だからこそ、山頂近くには草食獣しか居ない訳だ。そこが一番安全だろう?」
「な、なるほど……」
「確かにそうですけど……」
二人して頷いて、暫く過ごせそうな傾斜の緩い場所を探す。
そして、白い巨石のある辺りが良いと思い、向かって……
それが岩ではない事に気が付いた。
「天狼さん?」
『ルォン』
体を丸めて石のように振る舞い呼び寄せた狼は、その体を伸ばして一声吠えた。
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