罵倒、或いはチキンハート
「……」
妹を見詰める目、目、目。
そのどれもが、決して好意的な光を湛えたものではなく。
寧ろ、忌まわしい化け物を……敵を射抜くような、そんな目をしていた。そう、それは……おれへと向けられた、憐れみと蔑みといった侮辱の視線とはまた違う、敵愾心の塊。
何故だ、と思う。
ひとつ下の妹、アイリスの覚醒の儀は、おれの時とは違い何処までも滞りなく進んだ。このときの為にと仕立てて貰ったドレスは、ずっと伸ばし続けた髪に似合うように作られていて、これでは少し似合わないと憮然としていたが、拒絶反応を示したりする問題なんて起こる事は無かった。
当たり前といえば当たり前の話である。寧ろ拒絶反応なんて起こしていたおれの時が可笑しい。覚醒の儀は、この大陸に産まれた、認知されている子供及びしっかりと七大天教会に保護されている孤児ならば、例外無く全員が受けるもの。
それはもう稀に、珍種of珍種といったレベルで、望まれない妾の子で受けさせて貰えなかった居ない筈の子供とか見付かるのだが、それは親が受けさせなかった例外だ。
大抵は居ない筈の子供でも、孤児の中に入れて受けさせる。この魔法社会で、魔法を使うための覚醒の儀を受けていない、つまりは魔法の資質が眠ったままというのがどれだけのハンデかは、言うまでもない。
要水属性だとか、そういった素養の問題がある仕事が全て門前払い、実力主義で食っていく傭兵も魔法無しとかどこも使えない奴として切り捨てるだろう。
……おれ、レベルのぶっ壊れた物理性能があれば話は別なのだが、おれ自身が親父から魔法性能を取った下位互換。皇族レベルだに何とか使える程度。いわんや一般人をや……違うか。
……だというのに、だ。
妹はしっかりと儀を果たした。光魔法を閉じ込めたステンドグラスの光を反射して輝いていたおれの時と違い、目映いばかりの紅と橙の光を、属性を測るオーブは湛えている。
火、土属性。正確に言えば、実はあの光は正確に測定するともうひとつ混じっていて、火、鉄、土の三属性。土属性の派生である鉄と、七大属性二つというかなりの豪華仕様だ。何も無しのおれとは正に格が違う。
だというのに、誰も、誰一人、それを善しとしていない。
……いや、違うか。
ふと、そう気が付く。難しい顔で娘を眺めているあの親父に関しては、そう思えた。単純に、あの人は体が弱くて、椅子に座って儀式を受けたことが気に入らないだけだろう。体が弱いのは分かるが情けない、鍛えてやろうか。きっとそんな感じだ。
だが、他は違う。その敵愾心は、幼い妹に向けられている。まだ、五歳だというのに。
親父の瞳が、一瞬だけ此方を見た。
責めるような、目だった。
分からんか、馬鹿息子。動けんのか。
と、その焔そのものの瞳は、おれを苛んでいた。
貴様には関係がないから、思い至らんのか、馬鹿息子。そう、無言の圧力がかかった気がして……
ふと、今日、アナと会話した際の他愛もない話題を、思い出した。
皇位継承の、話だ。
そうだ。そうだ。
……此処に居るメンバーを思い出す。暇なおれ、暇を宰相に作らせた親父、第一皇子、第三皇子、第五皇子、第二皇女。
4つの敵愾心は、そのまま四人の皇位継承者のもの。ならば、話は簡単な、筈だった。寧ろおれも皇子なのに何故気が付かなかったとしか言いようがない。
簡単な話。おれの時は、立ち会った皆はおれを敵と思ってなかった。皇位継承権は、実力主義。自分達と争える段階におれは居ないと、見下せたから敵愾心など抱くはずも無かった。
けれども、アイリスは違う。目映い光は、その才覚の大きさ。今は幼く、体が弱く、敵ではないかもしれない。だが、成長したらどうだろう。自分を越える才覚が目覚め成長した時、自分の上に立つ事への恐怖を、振り払えるだろうか。
……正直、おれには無理だと思う。皇位継承を狙っているならば、家族以前に皇帝位を狙う敵の誕生を、素直に喜べる筈もない。
まあ、今のおれには関係ないのだが。兄弟全員殺すくらいの事をしなければおれが皇帝になる何て有り得ないしな。
でも、だ。それが分かったとして、何をしろというんだ、親父。
此処に居ない
『敵になるならば、無知のうちに、敵になんて今更なれないほどまでに、味方に深く引きずり込んでしまえば良い。君だって、私からもう離れられないだろう?だから、今言ったんだよ。
君はもう、私のものさ。一生、ね』、とは本編の彼ルート告白イベントでの主人公への言葉だっけ。……って駄目じゃないかあの人。方法は穏便だけど怖い。
おれが、何とかする?無茶を言うな。おれの発言権など、皇族の中では吹けば飛ぶような程度。皇族の恥晒しは伊達じゃない。というか、ここまで社会に浸透するって、どうせ最下位だけど噛み付かれる前に蹴落としとこうと兄の誰かが裏で噂流してるだろうこれ。
悲しいことに事実過ぎて対抗して何も言えないのが辛いところである。
更に、立場を悪くするのがオチ。兄や姉達の不興を買えば、結託して皇族から追い落とされる。それに対応できるコネも、力もおれには無い。だから、出来ない。
アナ達を護ると、一度言ってしまったから。いっそ早めに喧嘩売って皇族籍剥奪されれば本編に繋がらなくて生き残れるのかもと思った事もあったが、その手は消えた。
皇族籍だけが、おれの保護に意味を用意しているのだから、もうその籍は捨てられない。だから、喧嘩なんて……
椅子に座ったまま、アイリスは身動ぎひとつしない。
その目尻に、微かに水滴が見えた。
ああ、と一人ごちる。
馬鹿か、おれは。
何を、恐れている。何を、保身に走っている。お前に出来ることは、親父に泣き付くことくらいだろう。それさえすれば、馬鹿息子でも、きっと何度かは助けてくれる。なら、動け。
一年前、見守る全員から蔑まれた際に、同じ針のむしろの気持ちは体験しただろう。なのに、妹をその只中に放置するのか?お前の、ずっと無駄に絡んできたエゴは、やさしい妹相手にしか発揮出来ず、困ってるときに見捨てるのか?
阿呆。そんな醜いエゴ、魔物にでも喰わせてろ
「兄上、姉上」
一歩、前へ。
「アイリスが怯えています。どうか、醜い保身をお止めください」
ああ、考えなしに飛び出したせいで、言葉を選ぶ時間が無かった。駄目じゃないか。これじゃあ完全に喧嘩売ってる。
「何だぁ、出来損ないの弟」
更に、歩みを進める。妹の視線を、背中で遮るように。敵を見る兄達の目が、見えないように。
「家族を敵と思う、その醜い目を止めて欲しいと、そう言ったんだプリンス・オブ・チキンハート」
自分も、そのチキンハートだけれども。格下が居ないから、逆に開き直れているだけではあるけれども。逆立ちしたって敵わないなら、最早敵視するのも馬鹿らしいという、諦めの産物でも。
それでも、良いさ。
だから、この場で最も年の近い兄に、そう言い返した。
にしても酷いなこの咄嗟の言葉。向こうの世界のおれって、口悪くて嫌われてたんじゃなかろうか。
苦々しい顔で、兄等は唇を噛む。
当たり前だ。敵意はある。それでもそれは、敵意を僅かに向けることしか出来なかったとも言い換えられる。
眼前に居るのは、大きな事を言い放った
おれだけならば、幾らでも排除は効くだろう。それこそ、風魔法でこの部屋から邪魔だと吹き飛ばす事だって可能だ。締め出す事も苦ではない。
けれども、それは今成り立たない。おれの同席を当代皇帝が認めている以上、そして未だにこのおれのある種侮辱とも言える発言を咎める発言をしていない以上、手を挙げた際に不利になるのは挙げた側だ。咎める言葉を発していれば、排除の名分は立つのだが。
「……無礼な」
「大人げない」
立ち上がる兄の姿に後退りしかける足を誤魔化して、逃げるように落ちかける瞼を見開いて、ただ、上から見下ろす巨体を睨み返す。
6歳でしかないこの体に、10代の……その先の未来を、大人となった自分の生き方を考え出した兄の背丈はあまりにも大きくて。けれども、何時か自分の未来を閉ざすかもしれないからとこのおれより更に小さな存在を敵視するのは、大人であろうとするならどうなんだ、と睨む。
壁のような威圧感が、一歩近寄ってきていた。
その事に、思わず半歩下がってから、漸く気がついた。最初の一瞬、その事に気がつけなかった。
……半歩下がり、距離を保っていてしまったから。
ああ、やっぱり弱い。生前のおれに関しては良く覚えていないが、それでもこれではまともな人生では無かったろう。無鉄砲に飛び出すのは、格好の標的。
けれども、子供染みた敵意を、魔法なんて飛んでこないから温いだろう苛めを、耐えることは出来ても跳ね返す力は無い。怯えが隠せないながらも反発する、そんな半端な抵抗は、相手をむしろ煽るだけ。そんなもの、力の足りない正義感を振りかざすバカでしかない。
それは今も変わらず……
「止めんか、阿呆共」
されど今は、それを止める強者が居る。それ頼みというのが、実に情けないが。
「けほっ」
背後で、少女が咳き込む音がした。
「アイリス……」
「……殺気……怖、くて……」
「わ、悪い……」
殺気を放った覚えは流石に無い。当たり前だ。彼等だって第七皇子ゼノの兄弟ではあるのだから。まあ、母親は大体皆違ってたりするのだが父皇が同じなら兄弟で良いだろう。
妹だからその敵視を止めろチキンハートとほざくおれが、兄を敵視していてはお笑い草も良いところ、説得力というものが欠片もない。
けれども、脅えから睨んでいてしまったチキンハートなのは確かで。緊張感で体調の悪さを抑えていた妹にとっては、眼前に立つおれのその気が、緊張を崩させたとしてもおかしくはない。
素直に謝り、前を向く。
父皇が立ち上がり、間に割り込んでいた。
「自分の言葉にくらい責任を持て、バカ息子。これ以上は、貴様の言葉は口だけとなる。分かるな?」
「……はっ!」
そうして、頭を下げる。
「お前もだ、エル。
あのバカ息子の言葉ではないが、妹に今怯えるような者が立派な兄になれるか。
立派な兄にすらなれん奴が、真っ当な皇帝になれる訳もあるまい。貴様が皇帝を、この
実に横暴かつ一方的。だが、それがこの父の何時もの事。言葉の裏にはそれなりの親心だってある。ただひたすらに、膝を付き騎士の礼の擬き(流石に妹の前にまで剣を持ち込む気はせず、剣が無いため擬きにしかならない)を取り、言葉の終わりを待つ。
「……父よ!それは横暴ではないか!
今此処で私を排しようなど、そこの出来損ないへの肩入れと取られても仕方の無い事」
「此処で皇を目指すのを止めるか、止めんか。
選ぶべきはそれだけだ。余計な言葉は要らん」
「ふざけないで貰おう!止めるわけが無い!」
第三皇子エル……エルヴィス。普段はまだ落ち着いた言動の金髪の皇子が、声を荒げる。
まあ、当たり前と言えば当たり前だ。今此処で皇籍を外されると言うことは、半分くらい死刑宣告である。まあ、死にはしないだろうが。
婚姻を通して皇族としての籍を捨て向こうの家の貴族になるのは皇帝にならなかった皇族のテンプレだが、臣下……つまり貴族との結婚前に皇籍を外されるということは、婚約者の家に婚姻前に依存する事となる。自身の家からは放り出されるのに等しいので当然と言えば当然。
要は、婚姻を結ぶ前に嫁の家の居候となる訳だ。そして彼は婚姻出来る歳でもないので、即座に婚姻しての誤魔化しは効かない。別に死に至るようななにかがある訳でもないが、単純に赤っ恥。その恥はそれこそ一生に渡って付きまとうだろう。
イケメンで爽やかそうな皇子様として割と市生から人気なエルヴィスとしては、それは死にも等しいと言えなくもない。
「構わん。此処で臆するようならばそもそも皇の資格はない」
靴音が響く。
父皇が、踵を返し部屋を去ろうと言う音。
「今更頭を付き合わせても意味は無い。今日は開きだ。
……バカ息子。飛び出した以上、責任は持てよ?」
要は、最後までアイリスの面倒を見ろという話だろう。とりあえずこの儀式の終わり、皆が去るまでは。
もしかしたら、それ以降の事も言っているのかもしれないが、それは今は忘れる。事実上次代皇帝が絞られた時、アイリス派として立てという話だとして、今から頭を悩ませたくはない。
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