恋のトラブル・ダンジョン ~地下迷宮で、元カレと元カノと今カレ候補がかち合った~

東紀まゆか

恋のトラブル・ダンジョン ~地下迷宮で、元カレと元カノと今カレ候補がかち合った~

 月が雲に隠れ、墨を流した様な暗闇。

 その中を、少年錬金術師、ゲネラは走っていた。


 なぜ、こんな事をしているのだろう。

 全ては、初恋の女性の為。

 初めて彼女に会った日。少年は恋に落ちた。


「攻撃用の腕が欲しい、ですって?」


 ゲネラの居場所。

 反政府組織のアジトで。

 三か月前に入って来た新入りの要望に、ゲネラは驚いた。


「その義手、良く出来てるじゃないですか。僕は医療系の錬金術師じゃないんですよ」


 その言葉を遮り、王都騎士団を追放されたという彼女は声を荒げた。


「アタイは雷撃魔法の使い手。魔法を増幅する腕が欲しいんだよ!」


 溜息をついて、ゲネラは言った。


「金属の義手ですか……。関節が繊細なんです。高電圧を流したら、微妙に歪んじゃいますからねぇ 」

 その時、彼女……。王都騎士団の任務で両腕を失い、反政府組織に寝返ったクラウは、ニヤッと笑って言ったのだ。


「その時は、アンタが直してくれるんだろ?」


 キュートなその笑顔にドキッとしたのを覚えている。


 たった二歳差なのに、僕を子供扱いするけど。

 彼女は、それまで灰色だったゲネラの生活を、鮮やかに彩ってくれた。。

 その笑顔見たさに、彼女の希望のままに。


「凄ぇな!王都のチャチい義手とは大違いだよ!」


 どんどん、義手を戦闘用にバージョンアップしてしまった。


 そんなある時、彼女に聞かれた。

 王政に不満を持つ反政府軍に、なぜゲネラの様な少年がいるのかと。


「単純ですよ。他に行く所がないんです」


 孤児だったゲネラは、その頭の良さで孤児院から反政府軍に買われ、錬金術師として育て上げられた。


「そうかぁ、お前、家族がいないのか」


 そう言うとクラウは。

 彼自身が作った義手で、ゲネラを抱きしめて言ったのだ。


「今日からアタイを、本当の姉ちゃんだと思っていいぞ」


 いや、僕は、貴女を。

 姉じゃなくて、一人の女性として……。


 だが、その想いを伝える前に。

 攻撃用の義手が完成するやいなや、クラウは姿を消してしまった。


「あ~。なんか自分を裏切った元カレを、殺しに行くとか行ってたな」

「なっ、なんで皆、加勢しないんですか?」

「本人がサシでやるって。今夜、森の中の廃ダンジョンに呼び出して、決闘するらしいぜ」


 運よく王都の騎士を仕留めればラッキー。

 負けても入ったばかりの新入りがいなくなるだけ。

 組織の皆は、クラウの決闘には興味がない様だった。


 決闘は今夜!

 戦闘用に発明した道具を、ありったけかき集め、ゲネラは決闘の場となる廃ダンジョンへ走っていた。


 元カレと再会させるのはマズい……。

 クラウが両腕を失った時の事は、チラッと聞いた事がある。


「敵の本部に不意打ちをかける作戦でさ……」


 問わず語りをするクラウの横顔が、夕日に照らされて美しかったのを覚えている。


「アタイと彼は、敵のモンスターに囲まれて……。一瞬の隙をついて、そこから飛び出した彼は敵の首領を追い、仕留めた。残された私は、モンスターに襲われ、両腕を失う重症を負った」

「そんなのおかしいですよ!愛している人を置いて、敵を追うなんて」


 そういうゲネラに向かって、クラウは寂しそうに言った。


「アタイもそう思うよ。だから彼と、無理な作戦を押し付けた騎士団に復讐する為にここへ来たんだ。でも、でもなぁ」


 普段、見せない顔で、クラウが呟いたのを覚えている。


「立場が逆だったら、アタイも恋人を見捨てて、敵を追ったかも知れない。騎士っていうのは、そういうもんなんだよ」


 あの時、クラウの瞳に宿った憂いが、ゲネラを焦らせていた。


 クラウは、まだ元カレを愛している。

 口では決闘だの、殺すだの言っていても。

 憎悪は愛情の裏返し。


 ここで下手に元カレに会わせたら、くすぶっていた思いが、また燃え上がるかもしれない。

 絶対に、会うのを阻止しないと……。

 ゲネラは必死で、二人が落ちあうという廃ダンジョンに向かって走った。



 その頃、秘宝が掘り尽くされ、モンスターも狩り尽くされた廃ダンジョンでは。。

 一人の少女が、暗闇の中に立っていた。


「来てくれたんだね?クラウ」


 少女は、声がした方を見た。

 通路の奥に、小さな明かりが灯っている。

 ランプで足元を照らしながら。声の主は、クラウに近づいてきた。


「クラウ……会いたかった」


 鎧をまとった騎士が、闇の中から歩み出て来る。


「さぁ、僕と一緒に行こう」


 そう言いかけた騎士は、かつての恋人……クラウの姿を見て息を飲んだ。


「姿が変わっちまったので、ビビっちまったかい?」


 両腕に付けた手甲を見せなつけがら、クラウは言った。

 いや、違う。

 彼女の腕そのものが、鋼鉄で作られた義手だったのだ。


 ランプの光を反射し、鈍く光る、金属の腕を見て。

 深呼吸すると、騎士は言った。


「今日は俺、一人で来たんだ。悪事から足を洗ってくれ」

「うるせぇっ!アタイの両手を奪った連中の方が悪だろうが!」


 両腕の義手に、バチバチッ、と電撃を走らせながら、クラウは激怒した。


「反政府軍に寝返った元恋人を、王国に売り渡す気かい!」

 

 クラウが電撃をまとわせた両腕を振り上げた時、騎士は言った。


「元恋人、じゃない!俺はまだ、君を愛してる!」


 クラウが「え?」と思った時は、遅かった。

 振り下ろされた義手から稲妻が走り、直撃を受けた騎士が吹っ飛ぶ。


「しまった!」


 壁にぶつかり、床に倒れ伏す騎士に、クラウが思わず駆け寄った時。

 倒れていた騎士が、下から彼女の腕を掴んだ。


「お前、アタイの電撃を食らったのに……」

「ゴムという、南国の樹液から作った膜を、鎧の中に貼っていてね。これは電気を通さないんだ」


 立ち上がると、騎士はクラウを抱きすくめて言った。


「もう一度やり直そう。誰も知らない場所に行って」

「どうして……」


 涙声で、クラウは呟いた。


「どうして、あの時、見捨てたの?」

「ごめん、でも」


 クラウの耳元で、騎士は囁いた。


「君も騎士だから、わかるだろう」


 例え恋人でも。

 戦場においては、その力を信頼し、自分は任務を遂行する。

 それが王都騎士団の掟だった。


 そして悲しい事に。クラウはそれがわかってしまった。

 そう。逆の立場だったら、自分が彼を見捨てていたから。


「騎士なんかで……会いたくなかった」

「まだ終わりじゃない」


 騎士は、クラウの瞳を見据えて言った。


「騎士の身分を捨てて、誰も知らない土地で、二人でやり直そう」

「そんな事をしたら、あなたも追われる身になる」

「構うもんか。君が一緒なら……」


 暗がりの中、二人は見つめ合った。

 

 これは……キスをする流れだな。

 少し離れた物陰に隠れ、二人のやり取りを見ていたゲネラは固唾を飲んだ。


 廃ダンジョンに入り込み、二人を見つけたものの。

 話の深刻さに、割って入るタイミングを逸してしまった。 

 どうしよう、このままではクラウ様は、あの騎士と駆け落ちを……。

 いや、その前に、キスをしてしまう!


「そこにいるのは誰だ!」


 騎士の声に、ゲネラは自分が見つかったのかと思ったが。

 反対側の通路から、女性の澄んだ声が聞こえて来た。


「我が名はエリス・ワイゲルト。魔法ギルドに所属する魔導士です」

「エリス?なんでここに?」

「クラウ、君の知り合いか?」


 なんだか一人、置いてきぼりにされた様な気分で。

 ゲネラは、三人の様子をうかがった。


 新しく現れた魔導士は、火の属性らしかった。

 凜とした美しい顔を、腰まで伸びた赤い髪が彩る。


「お久しぶりね。クラウ。あなたが騎士団入りして以来かしら」

「そうだけど、エリス、なんでこんな所に……」


 戸惑うクラウの前で。エリスは上に向けた両の掌から、ゴウッ、と炎を噴き出した。


「貴女を取り戻す為よ。その男には渡さない」

「なんだって!?」


 いきり立つ騎士に向かい、エリスは吐き捨てる様に言った。


「私たちは幼馴染。私は、ずっと昔からクラウを見ていた。なのに、途中から現れた貴方が、横からクラウをかっさらった」


 エリスの赤い髪が宙を舞い、彼女の周囲に火の精霊が舞い始めた。


「クラウ、私のいる魔法ギルドには、王都の捜査権は及ばない。私といらっしゃい。そんな男を……。あなたの両腕を奪った男を捨てて、私と幸せになりましょう」


 息を飲んで、様子を伺っていたゲネラは思った。

 これは、つまり、アレか。

 恋愛対象が女性である女性という奴か。

 当のクラウも、炎の魔法を発動しようとしているエリスの前で戸惑っていた。


「え~と、その。アンタはいい友達だし、アタイも、そういう事には理解があるつもりだよ。でも」


 チラッ、と騎士の方を見やってから、クラウはエリスに言った。


「アタイが愛しているのは、この人。エリスの事は、親友としてしか見れない」


 エリスの表情がこわばり、全身から炎が噴き出した。


「ならば……。その男を焼き殺して、力づくで連れて行く!」

「ダメだっ!」


 考えるより先に身体が動き。

 ゲネラは、隠れていた物陰から飛び出すと。

 クラウと騎士を守る様に立ち。

 エリスの放った炎の前に、自分の発明した携帯型の防御壁をバッ、と広げた。


 一枚の金属板が扇子状に広がり、エリスの放つ炎を食い止める。


「ゲネラ?なんでここに!」

「逃げて!長くはもたない!」

「ガキが!誰だか知らないが、そんなオモチャで我が炎を防げると思うか!」


 邪魔が入って不機嫌になったエリスは、炎魔法の出力を上げた。

 強烈な炎を浴び、ゲネラの防御壁が次第に溶かされて行く。


「そいつと逃げて!姉さんがそれで、幸せになるのなら!」


 その言葉に。

 クラウは鋼鉄の拳を、握りしめた。


「ごめん」


 炎魔法を食い止めるゲネラを見つめたまま、クラウは騎士に言った。


「今は、行けない」

「え?」


 騎士がその言葉の真意を問う前に。

 両腕の義手に電撃を纏わせて、クラウはエリスに襲い掛かった。


「仕掛けて来たのはソッチが先だ!恨みっこなしだよ、エリス!」


 クラウの放った稲妻がダンジョンの壁や天井を破壊し、瓦礫が崩れ落ち、砂埃が視界を遮った。



「ここは……」


 気絶していたゲネラが目を覚ますと。

 夜の草原を、自分を背負ったクラウが走っていた。


「目を覚ましたか。大丈夫か?」

「あいつらは……」

「ちょいと目眩ましでビビらせた。あれくらいで倒せる連中じゃねぇよ」


 しばらく黙り込んだ後、ゲネラはクラウの耳元で呟いた。


「邪魔を……しちゃった?」

「え?」

「あの騎士と、行った方がよかった?」


 フッと笑うと、クラウは夜空を見上げた。

 雲の影から月が顔を出し、月光が草原を照らす。

 その柔らかい光を見ながら、クラウは呟いた。


「そしたら、誰がアタイの腕を直すんだよ」

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