ストロング・スカウト

「どうしてこんなことをしたんだ!?」


 ばんッ、と力強く机が叩かれる。

 鋼を思わせる色と質感。もちろん、そんなに硬くはない。

 今の一撃で、凹んだのかと思ってしまうくらいには、柔らかいだろう。


 わたしは衝撃で机から少し跳ねた黒い物体を見る。

 拳銃だ。弾は全て撃ち出されている。そう、わたしが撃った。


 撃った――、らしい。

 覚えていない。いや、覚えてはいるけど、実感がない。


 黒い囲いがある映像を見つめているような。

 映画を見ているような。


 自分とはなにも関係のない娯楽を見ているような感覚だった。


 それを言えば、目の前にいる刑事さんはきっとブチ切れてしまう。

 これ以上、相手の怒りを買うこともないので、言わない。口を閉ざす。

 でも、それがさらに相手の怒りを買ってしまっているのだけど、どうすればいいのだろうか。


 言ってしまった方がいいのか? いや、でもねえ……。


 自然と体が動いて、相手の眉間に銃口を押し付け、

 弾数分の引き金を引きました、と言ったら、どうなるだろう?


 危険人物としてわたしの眉間に銃口が押し付けられてもおかしくはない。

 ……はぁ、なんでこんなことに。

 これでもわたしは受験を控えている高校三年生なのだけど。どうしてこんなことに。


 どうして、こんなことをしてしまったのか、わたし。


 誰にも合わせる顔がないよ。


「結果的に、多くの人を救えたとして、だ」


 厳つい顔をして、もう長い年数、刑事をやっていそうな男が渋い声で言う。


「お前のおかげで銀行強盗の被害がゼロ。怪我人もゼロだ。

 それは確かに良い事ではある。一件落着とも言えるだろう。だが――」


 刑事さんがわたしを睨み付けた。わたしは、思わず逸らす。

 そんな強い瞳で見られたことがないので、耐性がなかった。

 もっと言えば、刑事さんにお世話になる耐性なんてなかった。全てが初めてだった。


 人を殺すのも、初めて。当たり前だ。

 わたしに前科なんてない。


「問題の強盗犯が死亡、しかも殺害したのは現役女子高生ときた。

 監視カメラを見たが、ありゃあ、正当防衛とは言えないぞ?」


 確かに無理だ。過剰以上に、過剰防衛だ。


 詳しくは覚えていないけど、あの時のわたしの動きは格闘家よりも俊敏で、アクロバティックだった。体育が2だとは思えないわたしの動き。スカートとか関係なく、股を開いたりもしていた。あれが世間に公表されるのかと思うと、素直に嫌だ。


 外、歩けないじゃん。

 いや、わたしは刑務所に入るのだろうか? 


 強盗事件を救っても、やっぱり、そうなるのかな?


 あーあ、これって、大学進学は無理っぽいなあ……。


 わたしは後々の事を考えて、現在から目を逸らしていた。


「おい! 聞いているのか、明花あけばな命火めいか!」


 また、ばんっ、と机が叩かれた。もうびくりともしなくなった。

 突然の音への耐性ができた。初めては驚くけど、何度も体験している内に慣れてしまう。

 わたしは、異常に早く克服できてしまうらしい。


 二度目で基本、克服する。昔からそういう体質だった。


 まあ、だからなんだって感じだけど。

 結局、初見殺しは防げないわけだし。


 わたしは、


「はい、聞いています」


 と答える。


「はあ、ったく。お前はなにをしたのか、分かっているのか?」


 分かっていますよ。人を殺したのです。


 犯罪者ですけど。


 こくんと頷く、わたし。

 呆れた様子の刑事さん。


 取り調べって、かつ丼とか出ないのかなー、とのん気に考えていると、

 いきなり、刑事さんが前に、ばたりと倒れた。


 え? わたし、なにかした? 


 疲れが溜まって、今、張った糸が切れたように、刑事さんの意識が途切れた?


 思い切り机に頭突きをした刑事さんの後頭部には、小さな穴。


 弾痕。


 血が噴き出る瞬間、靴底で防がれていた。


 わたしの目の前、のっぺらぼうの仮面を被った、ギザギザ頭の男の人が突然、そこにいた。


 刑事さんの後頭部の上で不良座りをする彼は、

 くるくると持ち手が長い拳銃を指で回しながら、


「初めまして明花命火さん。ようこそづき一族へ!」


 両手を広げてそう言った。


 とりあえず不審者なので、わたしは咄嗟に机の上にあった拳銃を持っていた。

 そして空砲だと知りながらも、仮面越しに、銃口を押し付けた。ただの力で、彼を押す。


 体勢を崩した彼の手を掴み、武器を使用不能に。


 一瞬で弾を全て抜いた。


「ありゃ?」


 と言う彼の表情は読み取れない。仮面、被っているのだもの。


「ちょ、待って待って!」


 彼の言葉は無視。わたしは引き金を引く。


 弾はもちろん出ない。彼は、


「知っていたよ、空砲ってことくらいは」


 そして、


「僕の爪の間に、小さな銃が仕込まれている」


 わたしの腕を掴み、深爪を立てる。


「至近距離での発砲は、それでも充分な威力さ」


 ぶしゅっ、とわたしの腕から血が噴き出る。

 両方とも。

 だらん、と力が入らない腕がバランスを阻害し、彼の蹴りをまともに喰らってしまう。

 わたしは壁に激突、息を漏らし、尻もちをつく。


 そんなわたしの目の前、仮面の彼。


 仮面を取り、


「――僕は敵じゃないよ。ただの勧誘者」


 にこやかな表情で言う。

 線になっている目が、胡散臭さを倍増させる。


 信じちゃだめだろ、これ。


 でも、ついていくしか、わたしに道はなかった。


「刑事さんが死んでいる、この状況は、さて、誰のせいになるのでしょうか?」


 嫌な男、とわたしは思った。


 思わなくとも、脅されなくとも、きっとわたしはついて行ったのだろうけど。


 どっちみち、こんな体質じゃあ、わたしは普通の世界じゃ生きられない。

 未練もなかったし、まあいいかな、と。


 わたしはまたもや、世界に流された。


 ―― ――


「制圧完了っと」


 彼は取調室から出て、警察署の出口に行くまでに出会う警官の全てを、戦闘不能にした。

 しかも気づかれず、騒ぎも起こさずに。


 爪の間に仕込まれた銃が効果を発揮していた。


 音もない。ステルスに特化されている。


 警官一人を殺してしまったこの状況をどうするのだと考えていたわたしは、拍子抜けだった。


 思考を返せ。ちょっとの気力を使ってしまったじゃないか。


「さて、こうして外に出たら、お腹が減ってきたな。

 命火さん、そこの店でいま限定のハンバーガーがあるらしいから、それを食べようよ」


「まあ、いいですけど」


 警察から逃げるなんてことをしておいて、

 この人はなんてのん気なものなんだと思ったが、まあこんなものか。


 焦っても仕方ない。

 してしまったことは取り返しがつかないし。


 変に挙動不審になっているよりも、平気な顔して近くのお店でハンバーガーを食べている方が、大事にはならないのかもしれない。


 こんなものは気持ちの問題だけど。



 お店に入り、レジの前。

 メニューを見ながら、


「命火ちゃんはどれにする?」

「名前を基準に少しづつ距離を縮めているのはなにか意味でも?」


「いやあ? ただ単に信頼関係が出来上がってきているから」


 はあ。

 早過ぎだろ。


 これはもしかしてナンパかなにか?

 いや、出会い方を考えたら、ナンパとしか思えない。


「では――、1450円になりまーす」


 するとレジのお姉さんがそう言った。

 彼が二人分を注文していてくれたらしい。もちろん、限定のハンバーガーである。


「あれ?」


 隣に彼がいなかった。

 顔を動かすと、右方向の階段の上で、


「席、取っておくから」

 と声がする。


 あいつ。さり気なくわたしに会計を押し付けやがった。

 仕方ないから今は払うけど……あとで絶対に請求してやる。


 予想外の出費でわたしの財布はすっからかん。帰るための電車賃もなかった。

 銀行にいけばいいけど、銀行はあまりいきたくない。


 かと言って、コンビニというのも。手数料がね……。


 そんな庶民的な思考をしながら階段を上がり、フロアの隅にある四人席へ。


 今はちょうど空いているので、四人席を二人で使っても迷惑ではない。


 おぼんを置く。すぐさま、ハンバーガーを開いた目の前の男。

 そんな彼に、レシートを突き付ける。


「返してください」

「無一文さ」


 ハンバーガーにかぶりつきながら言われた。

 うわ……、殴りてぇ。


「そんな顔しないでよ。可愛い顔が台無しだよ?」


「お世辞はいいです。返してくれないとわたし、帰れないんですよ。電車賃もないですし」


「お世辞じゃないんだけどなあ。電車賃については安心して。

 命火たんが望めば送ってあげるさ。でもねえ、あの状況を救ってあげた分の働きは、このハンバーガー以上にあると思うけどねえ」


 にやにやにやにや。そんな表情。

 確かに、そうかも。あの状況を助けてくれたのは、この人だ。


 ハンバーガーの一つくらい。セットの一つくらい、いいじゃないか。


 それに送ってくれるというのならば、そこは甘えよう。


 電車を使わず歩いて帰れる距離でもないし。疲れるの、嫌い。


 指摘するのも疲れるので、わたしの事をたん呼ばわりしたのは、見逃してやろう。


「どうぞ食べてください」

「ありがとー。いただきます」


 いただいている最中に言われても。まあ、細かいことか。


 わたしもハンバーガーを開く。かぶりつく。

 男の子みたいに豪快にはいけなかった。こう見えても少しだけ化粧をしている。


 ま、変わらない程度だけど。じゃあなんの意味が?


 化粧をしているという事実がステータスになるから。


 あ、そう言えば。


「ふおへ、ふぁはなはひっふぁい――」

「食べ終わってから話そうよ」


 常識的な事を言われた。常識的ではない人に。

 ふぁい、と頷き、ハンバーガーに集中。おいしかった。


 口元を拭き、彼と向き合う。


 わたしはかけていたメガネをくいっと指で上げる。


 意味はなかった。


 でも、それがきっかけになったので、それが意味となった。



 ―― 新しい魅奈月編 完 ――(……、to be continued)


 収録タイトル

『チェイス【飛竜ver.】【飛沫ver.】』

 https://kakuyomu.jp/works/16816452218859143656

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