第45ワ 葛藤。
勇者の瞳には、少年から放たれた光の魔法が迫ってくるのが映っていた。
人間、命の危機を感じた時、周りがスローモーションに見えると言う。
勇者は今まさにその体験をしていた。
魔法は勇者のすぐ目の前まで迫っていた。
流石の勇者も死を覚悟したが、その覚悟は杞憂に終わる。
『
突如として勇者の目の前に壁が出現した。
そして、それは光の魔法の衝撃を受け止める。
氷で形成された壁は、パキパキと音を立てながらも、しっかりと魔法を防いでいた。
壁の内側では魔法の光が屈折して、まるで大きなサファイアが輝いているかの様に美しい光景を作り出している。
しかし、今の勇者とイリスに感情に浸っている暇はない。
光の魔法はそれ以上進めなくなると威力を失い消滅した。
そして、それと同時に氷の壁もひびが入り瓦解していくのだった。
「一人でカッコつけるのは勝手だけど、あまり見くびらないでもらえるかしら」
勇者が後を振り返ると、声の主が少し不満気な表情を向けていた。
「助かりました、イリスさん。ありがとうございます」
「勘違いしないでもらえるかしら、別に自分を守っただけで、あなたを助けたわけじゃないは」
「いえ、それでもありがとうございます」
勇者が、真っ直ぐな眼差しをイリスに向けると、イリスは少し恥ずかしそうに、プイっとそっぽを向いた。
「面倒な小娘だ、先にお前から始末してやろう」
少年が腕を広げると、大小様々な光の玉が出現し、一斉にイリスに襲いかかった。
もちろん、攻撃を防がなくては、イリスはひとたまりもない。
しかし、今の彼女は魔法を使ったばかり、そればかりか、今までの魔力消耗で、魔法はおろかその場から動けないのだ。
勇者の行動は迅速だった。
咄嗟にイリスの元へ駆けつけると、彼女を抱きかかえ、通り過ぎて行く無数の魔法を肌で感じながらも、寸前の所でかわして見せた。
「大丈夫ですか、お怪我は?」
「あ、ありがとう、助かったは」
背中から、イリスの声が聞こえると、胸を撫で下ろす勇者。
「ほー、まだそんな動きが出来るとは、喜べ褒めてやろう」
心にもなく少年は、小馬鹿にするように拍手して見せる。
「ふざけやがって」
勇者が睨み付けると少年は広角を上げる。
「いい目をしている、憎しみの目だ。儂への殺意に満ちている」
「貴様ッ!」
「どうした、攻撃してこい、己の感情に従ったらどうだ?」
攻撃してこいと言わんばかりに、腕を広げる少年。
勇者の目に映るのは、中身は違えど姿形はエノの姿、攻撃できるわけもなく、拳を強く握りしめるだけで、奥歯をキリキリと噛み締める勇者。
「クッ、どうしたらいいんだ!」
勇者が声を荒らげると、少年はニヤリと笑うのであった。
「お前に一ついい事を教えておいてやろう」
「いい事だと?」
「お前がそうやって、抵抗すればするほど苦しむのはこのガキだぞ」
「どう言う事だ」
「見ろ」
そう言うと少年は勇者に背を向けて見せた。
勇者は、敵の意図の分からない行動に、注意を払いながら、とりあえずエノの背中を注視してみた。
すると、彼の腰の辺りの服に不可解なシミが出来ているのに気づく。
そして、それが彼の血液だと分かったとき、勇者は自分の身体から、血の気が引くのをおぼえる。
「分かったか、このガキを苦しませないためにも早めに諦めたらどうだ? まあ、貴様等が力尽きるか、このガキの命が先に尽きるか比べてみるのも面白そうだが」
「貴様あぁぁッ!」
「クハハハ、さあ、どうする、考えている暇はないぞ」
……そんな中、イリス思っていた。
いつまでこのままなのだろう。降ろしてほしいと。
しかし、言い出す気を逃してしまった。
状況が状況だけに、勇者も目の前の敵に集中していて、気が回らないのだろう。
勇者が、怒りに身体を震わせているのが、担がれているイリスにも伝わってくる。
こんな状況だ、言いづらい。
しかし、いつまでもこのままでいいはずがない。
イリスは意を決すると、勇者の背中を恐る恐るつついてみた。
「……あのー」
勇者からの反応は無い。
つついた力が弱かったのかもしれない、声も聞こえなかったのかもしれない。
イリスはもう一度気を引き締めると、さっきよりも強く、そして大きく声をかけた。
「ちょ、ちょっといいですか!」
突然の背中からの刺激、そして声にビクッとする勇者。
「え、あ、はい!?」
「そ、そろそろ降ろしてくれると助かるんだけど……」
「あ、ああ、すいません!」
慌ててイリスを降ろす勇者。
「すいません、気づかなくて」
「大丈夫よ」
とりあえずの問題を解決し、胸を撫で下ろすイリス。
しかし、本当の問題は彼女と勇者の前の敵である。
これを解決しない事には、本当に胸を撫で下ろす事など出来ない。
そんな最中、勇者は違和感を感じていた。
こんな状況にありながら、何か光のような、そして温かみを微かに感じる。
それが、どこから来るものなのかは分からないが、確かに感じ取っていた。
「な、なぜあの女が」
少年はボソッと呟くと勇者達を睨みつけた。
「貴様らと遊んでいる時間は無くなった」
「は?」
突然、雰囲気が変わった少年に、困惑する勇者達。
「な、なに?」
「分からない、でもアレはヤバそうですよ」
少年の手のひらに膨大な魔力が集中している。
暫くすると魔力は魔法に、ドス黒い巨大な球体が頭上に出来上がった。
「終わりだ」
勇者達は構えた。
しかし、魔法は放たれなかった。
なぜか、頭上で出来上がった魔法の球体は飛散し効力を失ったのだ。
「ぐおぉぉぉッ!」
「エ、エノ!?」
少年は、その小さな体躯からは想像も付かないうめき声を上げると、頭を抑え悶え苦しみながら、その場に崩れ落ちた。
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