第43ワ 本能。


 魔王城。その名を聞けば大半の人間は何者の居城であるかは想像がつくであろう。

 もしも、その城に侵入しようものならば、沢山の困難と恐怖が侵入者に襲いかかるはずだ。


 そして、万が一にも城の主たる魔王に遭遇でもしようものなら、彼の彼たる所以を侵入者は嫌でも味合うことになるはずだ。


 しかし、現在その城に主は不在である。

もしも、城を狙う者がいれば絶好の機会と言えよう。


 そう、ヴァイアスはそう思っていた。だが思わぬ誤算が生じたのだ。

 

 まさか勇者が居ようとは。

 そして、それが城の魔物達と協力し城を守っているのだから、予想外な事態である。


 ◇


 魔王城玉座の間。勇者は薄暗い室内の壁に背中を預けていた。

 彼の耳には、城内のいたる所で応戦している音や、アンデット達が蠢く音が聞こえていた。

 勇者としては、それらに対処したいところではあったが、流石の連戦続きで疲労の色が隠せなくなっていた。


「流石に少し休まないとキツイ」

「ええ、同感だは」


 誰かの返答が欲しくて、呟いた訳ではなかった勇者であったが、近くでペタリと座り込んでいたイリスが疲労困憊といった様子でそう頷いた。


「イリスさんは、ここで休んでていいですよ」


 肩を上下させながらも、呼吸を整えようとしていたイリスは、そんな勇者の言葉に顔を上げると疑問を口にする。

 

「どうするつもり?」


 勇者は、ぼんやりと見える玉座の方に視線向けると、一呼吸置き答えた。


「後は僕がなんとかしてきます」

「なによ、なんとかって」

「んーっとまあ、なんとかはなんとかです」

「だからなによ、そのなんとかって?」


 勇者はイリスの質問に腕を組むと、うーんと唸った後考え込む様な素振りをして黙った。


「なによ、早く答えなさいよ」


 勇者の答えを少し待ってみたイリスであったが、彼から返答がないので、痺れをきらして答えを催促してみる。

 勇者はそれでもなお返答せず、黙り込んだままだった。

 しかし、イリスの視線がだんだんと鋭くなるのを感じた勇者は、しぶしぶ口を開く。


「んー、なんと言いますか、僕って勇者じゃないですか?」

「…?」

「だからこそだと思うんですよね。やはりこうゆう状況を救ってこそだと」

「…なにを言ってるの?」


 困惑した表情のイリスはそっちのけで、勇者はさらに語りだす。 


「つまりですね、勇者として生まれたからには、本能が騒ぐと言うか、勇者としての意地とでも言うか、こうゆう状況を救いたいって言う、救いたい欲とでも言いますか、なんかこう、勇者本能が騒ぐわけですよ。そうゆう血でも流れてるんですかね、ハハ」


 勇者はそれだけ言うと、今度は真っ直ぐとイリスの目を見つめて、決め台詞かの様に言い放つ。


「ただ安心してください。絶対に僕がなんとかしてくるんで」


 少しだけ思考を働かせてみたイリスであったが、「あ、これは考えてはいけないやつだは」と判断した。

 しかし、勇者の眼差しから伝わってくる、謎の自信と熱意を感じると、若干顔を引きつらせながら口を開く。


「…ま、まあいいは、よく分からないけど。せいぜい死なないことね、私はお言葉に甘えて少し休ませてもらうは」

「ええ、そうしてください」

 

 勇者の返答を聞いたイリスは、壁に背中を預けると、緊張と疲労で少しやつれた表情を緩ませて勇者に話しかけた。


「しかし、可怪しな話ね」

「何がですか?」

「だって、可怪しいじゃない。あなたにとっては、本来敵の本拠地であるはずのこの城を、今から救いに行くなんて」

「言われてみれば確かにそうですね」


 二人はそんな会話をすると、お互い顔を見合わせ微笑んで見せた。

 連戦続きで気張っていた気持ちが、久しぶりに気が休まる瞬間だった。

 勇者は、「ふう」と一息吐くと、もう一度気持ちを入れ直してイリスに言う。


「それじゃあ、行ってきます」

「ええ」


 勇者は、イリスの声を聞くと、扉に手を当てて腕に力を入れた。

 しかし、勇者は部屋から出るのを躊躇する。

 そして、素早く後ろを振り返るのであった。


「どうしたの?」


 イリスは怪訝顔でそう尋ねた。 


 勇者には感じていた、玉座の方から伝わってくる邪悪な気配を。

 そして、それが確信に変わると身構え勇者は叫ぶ。


「誰だ!」


 玉座の方より一人の人影、暗がりで全体像までは把握できないが、ゆっくりと二人の方に歩み寄る影。

 そして、パチパチと小さく乾いた拍手が室内に響き渡った。


「人間ふぜいが随分としぶといな、勇者と言われるだけはある。褒めてやろう」


 近づくにつれ、その影の正体が明確になってゆく。

 イリスは困惑しながらも呟く。


「あなたは…」


 明らかに勇者の知っている彼の雰囲気ではなかった。

 邪悪な、そして『生』を感じさせない、しかし、その姿形が否が応にも勇者にその名前を呟かせる。


「…エノ?」


 名前を呟かれた、エノと呼ばれたは、首を横に振ると、やれやれといった表情で応える。


「人間は忘れっぽくて困るな。 クハハハ、儂だよ儂」


 そう言うとそれは、ニヤリと笑って見せた。


 勇者は自分の身体から血の気が引くのを感じた。

  

「クハハハ、いい顔だ。 そうゆう顔が見たかったのだよ。 なぁに、ちょっとした儂からのサプライズだよ」


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