第5ワ 魔王と勇者の5本勝負 前編。


 室内には魔王、勇者、魔将、おっさんという謎の構図の中、ザレンの疑問の声を無視して魔王と勇者は慌てふためき釈明していた。


「ち、違うんです! 今回は僕たちじゃないんです!」

「そ、そうなんだ! 我らは何度も止めたんだ」

「言い訳は聞きたくねえ」

「「本当なん(だ)です! 信じてく(れ)ださい!」」

「あぁん? じゃあ、誰だ」


 そう言われた魔王と勇者は、一斉にザレンの方に指を指す。

 突然自分に指を指され、なんのことか全く理解していないザレンを無視しておっさんは彼に問う。


「ほう、てめぇか。最後に何か言い残すことはあるか?」

「あん? なんだてめぇは?」

「そうか、それがお前の最後の言葉か」


 おっさんは音をその場に置き去りにし、炎の巨人をまとっているザレンの腹部に蹴りをくい込ませる。

 そして、遅れて聞こえてきた風音を耳にするころには、彼の身体は炎の巨人と一緒に後ろにふっ飛ばされていた。


 なにが起こったのか分からないザレンは、自分の腹部に衝撃を感じ、地面に転がるようにして止まった。そして、その衝撃で炎の巨人は消滅してしまった。


「ぐっ!? て、てめぇなにしやがった!」

「ふふっ。そんな怯えた顔するな、お説教はこれからだぞ?」


 そう不適な笑みを溢し言った禿オヤジの言葉が、ザレンの覚えている最後の記憶だった。


 ──そして、おっさんは『お説教』されボロボロになって気絶しているザレンを地面に放置して、魔王と勇者に一言言って帰っていった。


「こいつにもちゃんと伝えておけよ?」

「「はい。僕(我)からよく言い聞かせておきます」」


 そして、それから三日後。ザレンは目を覚ますと何かに怯えるように魔王城から去っていった。


 ──とある日の魔王城にて。

 テラスで座る、えんじ色のポニーテールが特徴の彼女は、机を挟み向かいに座る四天王の一人とティータイムを楽しんでいた。


「お久しぶりです様。お元気そうで何よりです」

「ええ、シュティも元気そうで何よりだは」


 紅茶を一口、口に含みこう答えた人物は、『氷の魔将』の異名を持つ。

 腰まであるダークブルーの髪色した彼女は、美人として知れ渡っている。


「イリス様が訪ねてくるなんて珍しいですね。今日は何かご用ですか?」

「今日はを渡すために来たの」


 そう言うと彼女は、胸元から小さな文字がびっしりと書かれた乾電池ほどの大きさの筒を取り出しシュティに渡した。


「『テクピト』? は何ですか?」

「私の領地の大まかな最近の出来事と領民についてよ」

「わざわざ、ありがとうございます。イリス様くらいですよ、こうやって自分の領地のことを知らせてくれるのは」

「まあ、後の三人はやらないでしょうね。そもそも『ザレン』や『アロス』に至ってはテクピト自体作れないでしょうけど」


 シュティがイリスから受け取ったこのテクピトというのは、文章や簡易な画像を記録できる魔道具でるある。

 ある程度の魔力をテクピトに触れて込めれば、誰でもその中に記録されている情報が脳内に浮かんでくる仕組みである。

 しかし、製作には高度で繊細な魔法の技術が必要なため、これを製作できる者はそう多くはない。

 

 訪ねてきた目的を果たすとイリスは伸びをして口を開いた。


「んー、たまにはいいものね、こうやってテラスでお茶っていうのも」

「気分転換になっていいでしょ?」

「……やっとお友達モードになったわね?」

「もう、お仕事終わったならいいでしょ?」

「別にいつもその喋り方でいいのに」

「ダメよ、一応、形式上は上司なんだし」


 彼女の言葉を聞いて少し不満そうな顔をした後、イリスは頬杖をつきテラスから下に位置する中庭に顔を向ける。


『最初はグー、じゃんけんポン!』

『くっそー! 負けた!』


「ところで、さっきから気になっていたんだけど、あの二人は何をしてるの?」


 イリスが言った二人とは、中庭でじゃんけんをしている魔王と勇者のことである。


「フハハハ! 勇者よこの勝負、我の勝ちのようだな!」

「次は、俺が種目を決める番だ!」

「いいだろう。さあ、なんでもよいぞ」


 勇者は少し考えた後、これでどうだと言わんばかりに声をあげた。


「……腕相撲だ!」

「腕相撲?……いいだろう受けて立ってやる」


 勇者の提案を受け入れると、魔王は軽く手を叩き近くにいる下僕に声を掛ける。


「そこの者、机を用意せよ」

『はっ! 畏まりました』


 下僕に机を用意させ、勇者と魔王はお互いに手を握り下僕の合図を待つ。


『それでは準備はよろしいですか?』

「ああ、俺はいつでもいいぜ」

「我もいつでもよいぞ」


『それでは……Ready……Fight!』


 下僕の合図を聞き二人は一斉に力を込める。

しかし、魔王の鬼気迫る表情とは真逆に勇者は余裕の表情で魔王に話し掛ける。


「魔王、どうした? それで全力か?」

「くっ! ならば見せてやろう。これが我の全力だ! ぬおぉぉぉぉおお!」


 雄叫びをあげて力を込める魔王に対して、机はカタカタと音を立てて揺れだした。しかし、勇者はそれでも表情を崩さずニヤリと笑って口を開く。


「そうか、それがお前の全力か……じゃあ、もういいな?」


 そう言うと勇者は力を込め、魔王の手を机に『バコーン』と叩きつけた。


「~~~痛ってえー!」

「俺の勝ちだな!」


 その様子を上から見ていたイリスは困り顔してシュティに尋ねた。


「ねえ、あれは何をしてるの?」

「ごめんなさい。私にも分からないは」


 そして、下では次なる種目に移ろうとしていた。


「これで一勝一敗だな。次はお前、魔王が決めろ」

「くっそ! おもいっきり叩きつけやがって! じゃあ次は……チェスで勝負だ!」

「チェスか……いいぜ!」


 そして、魔王は下僕にチェスを持ってこさせると、中庭でのチェス戦が幕を開ける。

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