運命の相手
4
なんでわざわざデートなんかしたのよ!?しかもわざわざ観覧車で言うことなくない!?ってか、最後のキスは絶対しないでほしかった!!
竜生くんの理不尽な行動に対して怒ることで、私は悲しみを感じないようにしていた。
こんなカップルだらけの街中を振られたばかりで歩かなきゃいけないなんて、とんだ仕打ちだな!!涙なんて絶対流してやらない!!
竜生くんの気持ちに薄々気づいて心の準備をしていたとはいえ、一貫性がなさすぎる言動に一喜一憂し、私は疲れていた。このまま家に帰りたくない。思いっきり愚痴りたいと思ったが、生憎適当な相手がいない。
本当は礼人がいいんだけど、振っておいてこんなときだけ都合よく使うってどうなの?と思うし、そもそも今日は清田さんとデートしているだろう。大人しく帰るか、と私は最寄り駅で降りた。
私が近所の公園付近を通った時、男女の揉める声が聞こえてきた。え、まさか亜美ちゃんみたいなことになってないよね?とすぐに警察に連絡できるようにスマホを握りしめた。
声のする方に近寄ると、どうやら女の人が怒っているようで、ただの痴話喧嘩か、と安心した。安心したと同時にイラッとする。今は痴話喧嘩さえ妬みの対象になってしまうのだ。
「ほんとになに考えてるのかわかんない!どうせわたしのこと好きじゃないんでしょ!?」
どこかで聞いたようなセリフだと思った。女の人がここまで感情を露わにしているのに男の方はなにも発言しない。いや、なにか言ってあげなよ!と心の中で突っ込む私は、野次馬根性丸出しで聞き耳を立てていた。
「……もういい!別れる!」
あ、女の人がこっちに来る!と咄嗟にしゃがみ込んで隠れた。見つからないように自動販売機裏に隠れていたので、しゃがみ込まなくてもバレなかったと思うが身体が勝手に動いてしまったのだ。ガサッという音がし、逆にバレるだろー、と自分の行動を責めた。
しかし激昂していた女の人にはその音は届かなかったのだろう。ずんずんと後ろを振り返ることなく歩いて行く姿に思わず「かっこいー」とこぼしてしまう。私なんて何度も後ろを振り返ったのに……。竜生くんは一度も振り返らなかったけれど。……あ、泣くわ、これ。
私は声を押し殺し、存在を消すことに努めた。男の人がここから去って行くのを待っているのだ。早く出て行ってくれー、と願っていると、ブーブーと辺り一帯にバイブ音が響いた。はい、私ですね。まじで誰だよ!?と確認すると、ディスプレイには森脇礼人と表示されている。
ごめん、今出られないですー、と心の中で謝罪をする。一度切れたと思ったらまた着信がある。そしてまた切れたと思えば間髪入れずに着信。一回目で出なかったら諦めてよ、とスマホの電源を落とそうかと考えていたときだった。
「ここかよー」
と緩い声が上から降ってきて、私は「きゃー」と叫び声を出した。
「ちょ、ちょ、シーっ!俺、おれ!」
私の顔を上に向かせ、しっかりと認識させながらそう言った相手は礼人だった。
「な、なんだ、礼人か……びっくりした」
「や、俺の方がびっくりだからねー」
「電話したらバイブの音が微妙に聞こえてさ、まじでお化けかと思ったよ」と、礼人は身体を震わせる。お化けより生身の人間に襲われるかと思った私の方が絶対怖かった、と思ったが、驚きすぎて反論する元気もなかった。
「てか、なんでいるのよ?」
「えぇー?聞いてたんじゃないのー?」
暫しの沈黙の後、「えっ!?さっき振られてたの礼人か!!」と驚きの声を上げた。礼人は「にっぶー」と苦笑いだ。
「まーた振られたの?あんなにラブラブだったじゃん」
って、私も少し前まではラブラブだったじゃん……。自分の言葉で自分が傷ついてるなんて世話ないな、と肩を落とした。
礼人はどうやらそれほどでもないらしく「なー?おっかしいよなぁ?」とヘラヘラしている。 そんな礼人を見て、なんで笑ってられる?とイラッとする。今の私は触れるものみな傷つける尖ったナイフぐらいに、心がささくれ立っているのだ。
「はぁ……で、電話はなんの用事だったの?」
私が聞けば、礼人は言いにくそうに「あー」とか「うーん」とか唸り出した。続きを促すのさえ面倒になって、私はただ礼人を見つめて待つことにした。
私の冷めた視線に気づいた礼人が「洗井くんと別れた……よね?」と嘘くさい笑みを向ける。少しでも空気を和らげようとおちゃらけてみたのだろうが、最悪な手段だったと思う。なんてったって私の心はトゲトゲのチックチクなのだ。
「なんで?」
「……え?」
「なんでそう思ったのよ?!」
今日はクリスマスイブだ。腐ってもクリスマスイブなんだよ!!そんな日に誰が振られると思う!?あ、ここにももう一人いたわ!……ってコントか!!
私の感情はジェットコースターのように乱高下していた。なんでここにきて我慢していた涙が出てくるんだろう。
わぁわぁと子供のように泣きじゃくる私を、礼人が躊躇いがちに抱きしめる。ポンポンと心地良いリズムで背中を叩かれながら、私は礼人の腕の中で涙が枯れるまで泣き続けた。
▼
私が泣き止むと「飲み物飲むかー」と自動販売機の表に回った礼人が買ってきたココアを、私に差し出した。
前も思ったが、礼人の中での私の好きな物の情報は小学生辺りで止まっている気がする。現にココアを好き好んで飲んでいたのは小学生までだ。中学生になると紅茶を飲むようになったし、最近はほぼお茶と水しか飲んでいない。
一番長い時間を共有している友達、という認識は事実として間違っていないが、気付かぬうちに距離は広がっていたのだろう。きっと私も同じように、今の礼人の知らないことなんてたくさんあるんだろうな。
「ん?いらねーの?ココア」
「……いる」
いつまで経ってもココアを受け取らない私を不思議に思った礼人が首を傾げる。「ありがと」と受け取れば、満足げな笑みを浮かべる礼人を見てなんだか心強く感じる。誰か一人でも私のことを想ってくれているという事実は、私の支えになっていた。
「まーた振られたわぁ」
寒空の下そんな悲しいことを言うものだから、聞いた私も切なくなりそうだが、礼人の明るい声が悲壮さを微塵も感じさせない。それどころか最初からそうなることが分かっていたかのような口振りだ。
「だーかーらー、ほんとに好きな子と付き合いなよって言ったよね?」
礼人が買ってくれたココアは徐々に温かさを失ってきていた。
「付き合ってるときはまじで好きなんだよー?もう俺にはわからん、お手上げー」
空を仰ぎながらそう弱音を吐いた礼人はすぐに姿勢を正し、「てか、美琴にはそれ言ってほしくないわ」と悲しげに顔を歪めた。
清田さんに振られた後はあんなにあっけらかんとしていたのにーーもちろん私の手前、ということもあるだろうがーー、私のたった一言に心底傷ついた顔を見せる礼人を見て、私のこと本当に好きなんだなぁ、と感じた。なんだか人ごとみたいに聞こえるが、実際に礼人が私を異性として好きだということを、本当の意味では実感したことがないのだ。
「ご、ごめん……」と咄嗟に謝ったが、途端に空気が湿っぽく重くなる。さっき大好きな彼氏に振られた私には些か辛い空気だ。
「ま、いーけど。てか、鞄の中にあるのってクリスマスプレゼント?」
礼人は空気を変えるつもりはないのだろうか?なぜ暗くなった話題を切り上げて、また次の暗い話題へ移る?
私にのみデリカシーが欠如した礼人は私の鞄を覗き込み、竜生くんのために用意したクリスマスプレゼントを指差した。
「そーだけど?手袋買ったけど、結局渡せなかったの!」
「へぇ。俺なんてプレゼント渡して振られたからね!」
なーんにもおもしろくない!あっはっは、と豪快に笑う礼人に冷ややかな視線を送った。けど、そんなことなんでもないよ、と笑う礼人に釣られるように私もおかしくなってくる。礼人の笑い声に釣られて私も声を出して笑う。
クリスマスイブの夜の公園で大声で笑い合う男女って、さぞかし不気味だろうな。私は目尻に涙を浮かべながらそんなことを思った。
「それ捨てるんなら俺にちょうだいよ?」
落ち着きを取り戻した礼人が真面目にそんなことを言うものだから、私の目が点になる。それ本気で言ってるのかな?でもこれは竜生くんに選んだやつだしなぁ……。もう絶対渡すことはないだろうけど、竜生くんを想いながら選んだこの手袋を礼人に渡すことは気が引けた。そもそも礼人はこれを渡されたところで、気持ち良く使えるのかな?
「あ!手袋欲しいなら、家に来てよ!礼人にも買ってあるんだ!」
私は棚の中にしまい込んだハート柄の手袋の存在を思い出した。今度は礼人の目が点になる番だった。「まじでー?」と嬉しそうに破顔した礼人は「ほら、行くぞー」なんて言いながらもう立ち上がり歩き出そうとしていた。
▼
私が家に帰ると、出迎えてくれたお母さんは礼人の顔を見て驚いていた。そりゃ、彼氏とクリスマスデートしてくる、と言って家を出た娘が、幼馴染を連れて帰ってきたのだから驚きもするだろう。
「あらー、礼人くん!!びっくりしたわ」
「お邪魔しまーす。おじさんは?」
「お酒飲んで酔っ払ってるわよー」
礼人はそれを聞いて楽しそうに笑った。そしてリビングの扉を開けてお父さんにも「こんばんはー!」と挨拶をした。このまま放っておいたら世間話が長々と続きそうだったので、「部屋に行くよ!」と礼人の服を後ろから軽く引っ張る。
「おー。じゃ、おじさんまたねー」とお父さんに緩く挨拶をした礼人が振り返った。その姿を見て「なに、その格好流行ってんの!?」と思わず大きな声を出してしまう。公園は薄暗かったし、そもそもそんな所まで見ている余裕などなかった。今改めて確認した礼人の服装は、図らずとも竜生くんと同じ黒パンツに黒ニットのタートルネック合わせだった。礼人はその上に、ミリタリーテイストのオーバーサイズのカーキ色のダウンを羽織っていたので、竜生くんとは雰囲気が全く違うけれども。
「へ?なにが?」と戸惑いを見せた礼人の反応は正しいだろう。急に大声を出されてさぞ驚いたと思う。
「ごめん、全くどうでもいい話だわ。部屋に行こう」
私は気を取り直し礼人を部屋に通した。礼人が私の部屋に入るのは、あの日ーー私が礼人をきっぱりと振った日ーー以来だった。
「お邪魔しまーす」だなんて、前までは絶対に言わなかったのに!どことなく緊張している礼人に引っ張られ、私までドキドキしてきちゃったじゃない。
「その辺りに座っといてよ」
と私がテーブルの近くを指すと、礼人は素直に従い腰を下ろした。
クローゼット内にある棚を開けるとお目当ての物はすぐに見つかった。「あったあった」と言いながら取り出し、手持ち無沙汰にキョロキョロ辺りを見回している礼人に「はい」と手渡す。
礼人は恭しく両手でそれを受け取り、「ありがとう。開けていい?」と柔らかに微笑んだ。
プレゼントを目の前で開けられるのって、こんなに緊張して、こんなに恥ずかしいのか……。私は初めての感情を礼人に向けていた。
丁寧に包装紙を開けた礼人はハート柄の手袋を見て「かっわいー」と叫んだ。「俺のキャラにピッタリじゃんねー」と早速いそいそと手袋をはめている姿は微笑ましい。
「美琴、ありがとー。すっげー嬉しい」
手袋をはめた手を私に見せながら、礼人は目を細めた。本当に嬉しそうな顔をするのだからこっちまでその気持ちが伝染してしまう。喜んでくれてよかった。私は安心と共に息を吐いた。
最悪で悲しいクリスマスイブだったけれど、一つでも喜ばしいことがあって本当に良かった。自然と上がる口角に気づき、私はそう思った。
ニコニコする私の顔を見ながら幸せそうに笑った礼人。だけどその顔が切ないと感じるのは、下がった眉のせいだろうか。それとも瞳の奥に感じる憂いのせいだろうか。いや、礼人の気持ちが私と重なるからだ。本当に好きな人は自分に振り向いてくれない。
私は礼人に残酷なことをしている。それは竜生くんが私にした仕打ちよりももっと残酷なものだ。
「何一ついらないと思ってたのに。手に入るかもと思えば、どうしても欲しくなるよ」
やっぱり礼人は切なげな瞳で微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます