別離の足音

1

 2学期初日、教室は「久しぶりー」と挨拶を交わす声が飛び交っていた。私も例に漏れず、亜美ちゃん以外の友達にそうやって声をかける。部活に入っていないと、夏休み中は本当に学校に来ることがないのだ。


「てかさぁ、見たよ。花火大会で。洗井くんと行ってたでしょ?浴衣で」


 私が「久しぶりだねぇ、元気だった?」と声をかけるなり、そう言ってきたのは佳穂だ。元気だった?という問いかけには、かなりおざなりに「うん」とだけ返してくれた。


 私を見れば、さっそく竜生くんとの話が出る。もちろん佳穂は友達として話題を出してくれただけだが。しかし夏休み前に感じていた、「あなたを洗井くんの彼女だとは認めない」という視線ややっかみが私の希望通りに収まってることは無さそうだな、と感じてしまった出来事だった。




 朝のチャイムが鳴るまでの間、亜美ちゃんを含めた友達数人と近況報告をしながら、私は竜生くんが教室に入ってくるのを今か今かと待ち構えていた。開け放たれた扉から人が入ってくるたび、そちらにチラチラと視線を送ってしまう。

 「洗井くんまだ来ないねぇ」と友達が茶化してくるぐらいにはわかり易く、気にしてしまっていたようだ。だって早く会いたいんだもん。

 あ、来た。登校日以来、久しぶりに見た竜生くんの制服姿は、かなりの破壊力で私の心臓を潰しにきていた。竜生くんにかかれば、なんの捻りもない白のポロシャツと黒のスラックスがオシャレな洋服に見えてしまうのだ。私服もたまんないけど、制服姿も乙なものだな、と舐め回すように見つめてしまった。

 そんな私の粘着質な視線に気づいたのか、竜生くんはクラスメイトからの挨拶に反応を返しながら、私の元へと歩いてくる。佳穂が「あ、彼氏きたじゃん」と私の腕を冷やかすように小突くものだから、なんだか照れてしまう。


「みんな久しぶり、おはよ。美琴、おはよ」


 私と一緒にいた友達たちにさらりと爽やかに挨拶をし、その後私だけに特別な笑顔をつけて挨拶をしてくれた。もうなんて言うか、完敗だし、お手上げです。

 さっきまで散々私たちのことを茶化し、話のネタにしてきた友達たちもだんまりである。

 みんながみんな口を揃えて「作り物みたいだね」と言うほどに整っている竜生くんのお顔は、もはや暴力であった。そんな美の暴力の権化である彼の至近距離での微笑みが、どれほどの破壊力を持っているのかよく考えてみてほしい。

 そりゃあ、時も止まるし、勝手に頬が赤く染まるってもんよ。一応の彼女である私でさえ、まだ慣れていないんだもん。仕方ないよ。誰も何も悪くない。

 美の破壊神こと洗井竜生くんはそんな胸中などつゆ知らず、「じゃ、また」と颯爽と体を翻し、自分の席へと向かって行った。


「美琴……あんなのと付き合ってて、よく心臓が持つね」


 あんなのとは失礼だが、しかし、言いたいことはよく分かる。私の心臓が他の人より丈夫に作られていて本当によかった。



 始業式が終わったので、後はクラスでのホームルームと大掃除を行い、帰宅するだけだ。帰宅部の私には直接関係ないが、明日から2日間に渡って実施される実力テストのために、部活動もないようだった。

 

 大掃除はいつものように、出席番号順の班で掃除場所を振り分けられた。竜生くんと私がいる班は図書室の前の廊下と階段だ。ほうきで埃を集めていると、「今日一緒に帰ろ」とちりとりを片手に竜生くんがやって来る。ちりとりを持ってる姿もかっこいいって、本当に何事なんだろ。


「やったぁ!部活ないなら、私も一緒に帰りたいって思ってた!」


 亜美ちゃんへ事前に「今日竜生くんと帰るかも」と伝えていたぐらいには期待していたのだ。

私が手放しで喜んでいる姿を見て、竜生くんも嬉しそうに笑う。なんだか子供みたいに思われていそうで、「さ、掃除頑張ろうね」だなんて急に態度を変えたものだから、竜生くんは呆気に取られた顔をしていた。




 ホームルームが終わると、亜美ちゃんと竜生くんが同時に私の所へやって来た。竜生くんの姿を確認した亜美ちゃんは「私、先に帰るね」とだけ告げて教室を後にする。お互いに視線も合わせない、挨拶も交わさないところを見て、本当に仲良くないんだな、と思う。

 だけど、真面目で誰に対しても平等に接し、相手を敬う心まで持っている竜生くんと亜美ちゃんが、いくら苦手だからと、こんな風にあからさまに避けたりするだろうか。なんだか逆にお互いを意識しているような……私はそこまで考えて、いけない思考に陥っていることに気付く。

 こんな風に疑心暗鬼になるのはよくない。自分の心の中で勝手に育てた不安で、2人のことを勘ぐったりしたくないのだ。どうしても気になるなら、直接聞けばいい話じゃないか。


「ごめん、お待たせ!帰ろ」


 明るく笑いかければ「よし、帰ろうか」と手を差し出された。こ、これは……やっぱり竜生くんは天然なのかもしれない。さすがに校内で手は繋げないよ。

 躊躇した私に気づいた竜生くんは「あ、ごめん。さすがに恥ずかしいか」とバツが悪そうに頬を掻いた。



 駐輪場で隣に並んだ自転車の荷台に、それぞれ通学鞄をくくりつけた。


「そういや、次の学活の時間に後期の委員会決めるだろ?美琴、何か入るの?」


 自転車を駐輪場の出口まで押しながら、竜生くんが聞いてきた内容について考える。正直、委員会は面倒そうだ。

 うーん、と悩みながら「竜生くんは図書委員続けるの?」と話を振れば「だな。続けられるなら」と即答である。竜生くんと同じ図書委員なら楽しそうだな、と思うが、付き合ってる2人が同じ委員会ってなんだかな、と思わないでもない。 

 立候補するにもあからさますぎて、色々な方面から反感を買ってしまいそうだ。それに純粋に本が好きな竜生くんのことを邪魔してしまいそうで、そこも気が引ける。

 付き合ったらなにをするにも一緒がいいと思うんだろうな、と漠然と考えていたが、どうやらそうでもないらしい。ずっと一緒にいたい。そのためにはずっと一緒にいちゃダメなんだろう。つまり、一人の時間も大切だということだ。


「私が入るとしたら文化委員かなぁ」

「後期の文化委員って、文化祭の運営とかだろ?やりがいありそうだよな!」


 軽い気持ちで言ったのだが、竜生くんが思ったより賛成してくれて満更でもない気持ちがむくむくと現れる。

 幸い?私は帰宅部で、部活動を行なっている子より余裕があるのだ。高校生活でなにか一つでもやり遂げたことが出来たなら、自信にも繋がりそうだしなぁ。うん!文化委員、いいかも!


 単純な私は、竜生くんと学校の裏手の坂を下る頃には、俄然やる気になっていたのだ。

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