秘密の開示
3
告白する決意をしたのは良いが、どうやって呼び出すかなぁ?と私は絶賛頭を悩ませているところだ。
クラスのチャットグループはあるのだけれど、そこから勝手に個人の友達登録はしてはいけない。それは暗黙のルールというものだった。
「で、結局直接呼び出すことにしたのね?」
何度考えてもそれしか思い浮かばなかった。悲しいかな、私の通っている高校には上履きがなく、通学靴そのままで校内に入っていた。そうなると必然的に下駄箱がないのだ。ということは、だ!下駄箱に手紙をこっそり忍び込ませるという技が使えないということだ。個人の連絡先を知らない場合の呼び出しに使うランキング第一位の下駄箱がない!そうなればもう、直接声をかけるしかなくない?というのが私の考えだった。ちなみに、ランキングは私調べである。
「そう。もうそれしかないじゃん?幸い同じクラスだから、チャンスには恵まれてるしね」
「たしかに」と頷いた亜美ちゃんに私は「しかも」と続ける。
「今週から私たちは掃除当番なのでーす」
ぱふぱふー、とめでたいラッパの音まで真似をして告げれば、想像通り、亜美ちゃんは冷ややかな目を私に向けた。いいの、ちっとも辛くないから。
一週間ごとにローテーションしていく掃除当番は、出席番号順で班組みをされていた。明石と洗井は前後なのでもちろん一緒の班なのだ。たった10分だが貴重な時間である。本当に明石に生まれてきてよかった……お父さん、お母さんありがとう、という気持ちである。
「今までは緊張してあんまり話せなかったからさ……今日から頑張って少しでも仲良くなって、金曜日に呼び出すよ」
「うん。頑張ってね。……で、どこで告白するつもりなの?」
ん?どこで??亜美ちゃんの言葉を復唱し、ハッとする。「全然考えてなかったー」と誤魔化すように笑えば、「金曜日なんてすぐだよ」と亜美ちゃんが急かす。確かにそうだ。一日なんてあっという間。そのあっという間の一日がたった5回だ。
「今すぐ決めよう!亜美ちゃんアイディアお願い!」
私は瞬時に思考を放棄した。ほら、金曜日なんてすぐそこでしょ?一分一秒を争うなら、効率良くいかなくちゃね。
恋愛偏差値底辺の私より、美人でしっかり者で、クールに見えて実は情が深い亜美ちゃんに頼った方が、すぐに良い案が出ることは間違いなかった。
亜美ちゃんは「仕方ないわねぇ」と言いながらすでに考えてくれているようだった。ほんとに優しい。大好き。私が男だったなら、亜美ちゃんを彼女にしたい。
「洗井くんて部活入ってたっけ?」
「バスケだよ、バスケ!」
洗井くんの知っている情報なら、私は瞬時に答えることができる。
「じゃあ、19時終わりぐらいか。それまで私の家で待って、近くの公園に呼び出したら?」
「いいのっ!?」
「期末テストも終わって時間あるし、いいよ」
「亜美ちゃん、大好きっ!」
ひしりと亜美ちゃんに抱きつけば、私の大袈裟な反応に苦笑いを漏らした亜美ちゃんが「応援してるよ」と口にした。優しい。好き。
亜美ちゃんの家から近い公園、それ即ち、洗井くんの家からも近い公園、ということである。なぜなら、亜美ちゃんと洗井くんは幼馴染だからだ!……うらやましい。
亜美ちゃんに言わせれば、「ただ小さい時から知ってるってだけで、たいして仲良くないよ」ということらしいけれど。それでも、私が望んでも手に入らない特別ポジションを持っている亜美ちゃんのことが、心底うらやましい。
だって、幼稚園の洗井くんも、小学生の洗井くんも、中学生の洗井くんも、見たかった。
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今日のこの時をどれだけ心待ちにしていたことか。机を持ち上げて移動させている洗井くんの姿をチラリと盗み見た。掃除当番の生徒以外にも帰宅部の子が何人か残っており、気が向いたのか掃除を手伝ってくれている。ありがとう。
だけど真剣に掃除をしている洗井くんに、なんて声をかけて近づけばいいのか……私は考えあぐねていた。そうこうしているうちに、今日の掃除が終わろうとしていた。後はゴミ捨てをして、日直の子が鍵と日誌を職員室に持って行けば、さよならだ。
「ゴミ、俺が持ってくよ」
ゴミ箱を持ち上げようとした瞬間、洗井くんが私の手からゴミ箱を取り上げた。いきなりのチャンス到来に、気持ちの準備ができていなかった私は、洗井くんが思わず笑ってしまうほど動揺していたらしい。
「ごめん、びっくりさせちゃったね」
紳士的な振る舞いで私を気遣ってくれる洗井くんに、またしても胸が高鳴る。ぶんぶんと音が鳴りそうなほど首を横に振って否定をすれば、洗井くんはより一層笑みを深くした。
一見すると冷たい印象を与えかねない、横幅の広い切長のアーモンド型の目元が、優しく細められる。笑うと随分と幼く見える顔が、私をまた虜にさせた。ギャップ……ごちそうさまです。
「でも分別一人だと大変でしょ?洗井くん、部活もあるし。だから一緒に行こう!」
だから私が行くよ、とは言わない。そんなこと言ってしまって、万が一にも洗井くんが受け入れてしまったら……せっかくのチャンスが台無しだ!
「俺が行こうか?」
私たちがゴミ箱を持って教室を出ようとしたとき、他の男子が私に気を使ったのか、今さらそんなことを言い出した。大丈夫。むしろ私が行きたいから!!
「大丈夫だよ。ありがと」
丁重にお断りをして、改めて私は洗井くんとゴミ捨て場に向かって歩き出した。幸せ。
「そういえば、この前いきなり帰ってごめんね。せっかく本おすすめしてくれたのに……」
ずっと気にしていたことを謝れば、「気にしないで」と、洗井くんは空いている方の手を顔の前で振った。
「また借りに行くね」
「うん。あ、なんで魔性の女が出てくる本が読みたくなったのか聞いてもいい?」
洗井くんはあの日を思い出すように笑った。そんなに面白かったのだろうか?
「……恥ずかしいんだけど、私好きな人がいて、その人に振り向いてほしいの」
私の告白に洗井くんは「へぇ」とだけ呟いた。それ以上発言しないところを見ると、話しの続きを待っているのだろうか。それとも私の好きな人の話には興味がないのだろうか。嫌な汗がつぅ、と背中を流れる。一人で勝手に気まずくなって、私は焦ったように話を続けた。
「私、恋愛経験がほんとになくて……。だから魅力的な女の人が出る小説を読んで、勉強しようかなぁ、って」
私の話をそこまで聞くと、洗井くんが突然「ごめん」と謝った。なにに対してのごめんなのか、まったく見当がつかない私は瞬時に嫌な妄想をしてしまう。
ごめん、明石さんの恋愛話は興味ないんだ、ってこと……?いやいや、優しい洗井くんがそんな辛辣なこと言うはずないじゃん。……だけど、優しい洗井くんがそう言うのを我慢できないほど、私の恋愛話に興味なかったら……?
被害妄想に青ざめている私に、洗井くんの低めの声が優しく響いた。
「その目的なら、俺がおすすめした小説は相応しくないかも」
「……え?」
思わぬ話の流れに、きょとんとした表情を隠しきれていない私へ、洗井くんは丁寧に説明を始めた。
「あの小説に出てくる魔性の女の人って、ファム・ファタール、宿命の女ってやつでさ。ちょっと駆け引きが上手くて、男を手玉にとりますってレベルじゃないんだよね」
ちんぷんかんぷんである。ふぁ?ふぁむ?洗井くんの話を聞きながら、徐々に首が傾いていく。つまり?どういうこと?
「つまり、男を破滅へ導く女の人のことなんだよ」
は、破滅……。聞き慣れない衝撃ワードに、首を傾けたまま固まる私を見て、洗井くんはまた爽やかに笑う。
しかし、破滅へ導く女なんて……恐ろしい。
「でも破滅させることができるなんて、よっぽど魅力的なんだろうねぇ」
「うーん。かなぁ?……自分の人生を捨ててでも手に入れたいと思う人ってことだもんな」
洗井くんは「ちょっと俺には理解できないわ」と揶揄するように鼻で笑った。今まで見たことのないその笑い方に、私はどきりとする。
かっこよくて、優しくて、真面目で、紳士的な洗井くん。私の知っている洗井くんは、噂でしか彼を知らない礼人と大差ないのだ。
もっと知りたい。誰も知らない洗井くんを。私だけに見せてほしい。
さっきのあの笑い方は見間違いだったのかな?そう思ってしまうほど、「夏休み楽しみだよなぁ」と笑う洗井くんはいつもの、みんなが知っている洗井くんだった。
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